第2話 強


 授業が終わると、俺はすぐに近所のスーパーへ直行。買い物をした後、帰宅する。

 俺と妹香が住む愛の巣は、市内でも有名な高層マンション。

 所謂、タワーマンションというやつだ。


 一階には豪華絢爛なエントランスがあり、受付には24時間コンシェルジュと警備員が待機している。

「お帰りなさいませ。剛田ごうだ様」

 紺色の制服を着た受付嬢が律儀に頭を下げる。

「ただいま。何か荷物は届いてませんか?」

「それでしたら、いつも通り、妹香様宛てのファンレターが山のように届いております。ダンボールにして5箱ほどです」

「またか……」

「あとでお部屋にお届けしますね」

「うん。いつもすみません」

「いえ、お仕事ですので」

 なんて笑顔で答えられる。

 

 今の住まいに暮らしだして、早5年。


 俺の両親は、幼い頃に交通事故で死んだ。

 本当ならその時、親戚のおじさんに引き取られるはずだったのだが。

 経済的な理由から、俺と妹香は引き離されることに……。


 俺は渋々、その案をのもうとしたが、妹香が断固として拒否。

 兄である俺といることを強く望んだ。

 それ以来、元々趣味でやっていた芸能活動を本格的に仕事として、死に物狂いで励むようになった。

 俺と一緒に暮らすためだけに、妹香は全てを捨てた。

 青春も、恋愛も……。

 兄妹の平和を、幸せを望んだのだ。


 その象徴こそが、この建物と言えよう。

 エレベーターのチン、という音がエントランスに鳴り響く。

 俺が押したボタンの数字は、37だ。

 このタワーマンションは、地上161メートル、37階建て。

 俺たち兄妹が暮らしているのは、その最上階だ。

 そんな高級マンションを、妹香が一括で支払ったのだ。


 別に俺としては、ここまで豪華な建物じゃなくても良かったのだが、アイドルして警備やプライベートを隠す必要性があるからと、妹香が選んだ。



 目的地である37階に着く。

 廊下には誰もいない。

 なぜなら、この最上階は、我が家しか存在しないからだ。

 エレベーターもカードキーがないと、ここまで辿りつけない。

 カードを持っているのは、俺と妹香。それに芸能事務所のマネージャーさんぐらいだ。

 あとはコンシェルジュや警備員が、たまに来るぐらい。


 厳重なセキュリティの中、俺たちは二人だけの空間を楽しんでいる。

 高校生には有り得ない生活。

 それも妹香が日夜、仕事を頑張っていてくれるからだ。

 俺の学費も、生活費も全て……彼女が稼いでいる。


 ドアを開けると、玄関の目の前にある空気清浄機の電源を入れる。

 左右に二台。

 ピッ、ピッ、と電子音が鳴る。

 加湿機能もついている。

 センサーは青。

 クリーンな空気が漂っていることを証明している。


「よし」


 そこから奥の廊下に並べられている空気清浄機のスイッチを次々とオンにする。

 今の段階で、8個は起動した。


 手を洗いに洗面所へと向かうが、そこでも2つの空気清浄機を起動。

 その後、自室にカバンを置きに行く。

 もちろん、俺の部屋にも大型の空気清浄機が1つある。

 スイッチオン。


 先ほど、買ってきたスーパーのビニール袋を持って、リビングに向かう。

 20畳もある広々とした空間。

 真ん中にハート型のテーブルが1つ。向い合わせにハートのイスが2つ。

 カーペットもピンクのハートの形をしている。

 妹香の趣味だ。

 だが、その周りに似つかわしくない黒い物体が……。

 そうだ。先ほどから俺がスイッチを押しまくっている空気清浄機が、リビングに合計で10個もある。


 キッチンに立って、買ってきたジャガイモを洗い出す。

 今日は近所のスーパーで安売りしていたから、50個も買ってきた。

「よし! 妹香のために腕を振るうぞ」

 勉強も仕事も、ろくにできない俺だが、料理の才能だけは人並みにある。

 だから、妹のために家事は全て、兄である俺が全てこなしている。


 ~3時間後~


 料理を作り終えて、自室で勉強しているとスマホのブザーが鳴る。

 妹香からだ。

『もしもし、お兄様! 大変ですわ! た、助けてください!』

 酷く脅えた声だ。

 だが、俺はうろたえることはない。

 いつものことだからだ。

「妹香。落ち着け。今どこだ?」

『今、マネージャーさんの車に乗ってますわ。あと3分ほどでマンションに着きます』

「なら、任せておけ。受付の人にエレベーターを留めておくように伝えておく。ドアのカギも開けておくから。すぐ入れるように」

『わ、わかりました……怖いですわ、お兄様……』

「安心しろ、俺がついている」


 ~5分後~


 チンとエレベーターが到着する音を知らせると、ダダダッ! と激しい足音が鳴り響く。

 サングラス、ハンチング帽を被ったトレンチコートの小柄な女が、俺目掛けて走ってきた。

「おにーさまぁっ!」

「妹香っ! 早くおいで!」

 俺の胸に飛び込んできた妹香を、両手で受け止める。

 勢いよく扉を閉めて、鍵をかける。

 次の瞬間。


「ぶおおおおおおおお!」


 凄まじい破裂音が、玄関と廊下に鳴り響く。

 近くにあった空気清浄機が、レッドアラームを発動。

 センサーが反応したようだ。ソレを有害物質と判断した機械が、風量を最大にする。

 二台の空気清浄機から、強く冷たい風が放たれた。


「ただいまですわ、お兄様」

 サングラスを外すと、そこには天使の笑顔が見えた。

「ああ、妹香。疲れたろ? 今日はお前の好きな料理だぞ」

「ふふ。お兄様、大好きですわ」

 なんて頬にキスする妹香。

 俺が兄でなければ、このまま花嫁にしたいぐらいだ。

「お前に比べたら、俺なんて大したことをしてないさ。さ、手を洗っておいで」

「はい」


 そう言うと、スキップしながら、洗面所まで走っていく妹香。

 だが、彼女が歩く度に、廊下に配置された空気清浄機が怒るように、レッドアラームを発動。

 物凄い音で強風を吹き出す。

 帰宅して安心した妹香の小さな尻からは、常に屁が漏れているからだ。


「ぶっ、ぶっ、ぶーーーっ! ぶっ、ぶおおおお!」


 止まることがない。

 もちろん、臭いも強烈だ。

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