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 キュッキュとホワイトボードにペンを滑らせて、伊沢がその名前を書き出していく。

 

 その様子を他所に、ふと、


百目鬼ドウメキでは、ないのですか?」

 と誰かが疑問を呈した。



 

 百々目鬼どどめき


 先ほど捜査官が挙げた百目鬼と名前がよく似ている。


 もし、百目鬼と同じ怪異である場合、捜査官たちは今回の怪異の正体に納得できないと考えていた。



「百目鬼の場合、かつて県外で報告があった怪異ですよね?


 当時、怪異に精通していた者による対処報告が残っていますが……。

 あまり、今回の怪異と一致するところがあるとは思えません」


「あちゃー……。

 課内でも混同してるんッスねぇ。


 通りで、思ったより今回長引いたわけッス」

 


 と、伊沢はわざとらしく額に手を当てた。

 その後、尤もらしく、うんうんと頷いて、説明を再開する。


 

「そっちは俵藤太伝説で語られる百目鬼ッスね。


 こっちの百々目鬼は、確かに、どうめきと呼ぶこともあるッスけど、一般にはどどめきと呼ばれる別の怪異ッス。

 

 うーん。


 ……じゃあ、百々目鬼について、少し話しましょう」

 

 

 伊沢は持参していた荷物から、カレンダーのように丸めた紙を取り出すと、皆に見えるように広げてみせた。

 

 そこには、頭から布を被り、着物を着た女性が描かれている。


 ……腕にびっしりと目が描かれていなければ、ただの美人画だと一蹴していたかもしれない。

 


「これは、百々目鬼を描いた図になるッス。


 当時の人間が、表向きは『今昔画図続百鬼』という作品の一枚として描き、後世に怪異の存在を伝えるために遺した……と、言われてるッスね」


 

(あの時の女だ……)

 

 遠山は、路地裏で見かけた不審な女性を連想した。

 

 

「この怪異は、〝盗みを働いた人間の女が、祟りで妖怪になった者〟と語られてるッス。

 

 ただ、〝盗みを働いた人間を、百目の存在にする者〟____つまり【祟り】と語られる部分が怪異……と、解釈できそうだとは思いまセンか?

 

 なぜならば、百々目鬼は、〝盗みをすると化け物になる〟という教訓として語られる妖怪。


 その背景には、〝盗みをさせないようにする、もしくはやめさせる〟という願いが基盤になっているッス。

 


 そう……、この怪異において重要な部分は【祟り】なんス。



 望まれたのは、百々目鬼というただの百目の怪異ではなく、盗人を百の目にするという怪異。

 

 まさしく、今回、この上なくピッタリの怪異。



 【百々目鬼】以外、あり得ないッス」

 

 

 反論するものは、誰もいない。

 此処に居る全員が、この考察で間違いないのだと、確信を得たからだ。

 

 

「……決まりだな。


 怪異の正体が掴めた今、漸く怪異に対して直接対応ができる。


 問題は、どうやって怪異の出所を特定するかだが……」


「あ、それなら簡単ッスよ」

 

 あっけらかんとした様子で、伊沢は、彼曰く〝簡単な方法〟を披露した。



 それまで、納得した表情を浮かべて静かになっていた捜査官の面子の殆どが、非難の声を上げた。


 

 曰く、危険すぎると。


 

「うえぇー。


 今んとこ死傷者出てないし、多分そういう風に変質もしていないから大丈夫ッスよぉ。


 意外と、肝が小さいっすねぇ」

 

 と赤毛が拗ねたような声を出す。

 二班のまとめ役は咳払いをして、彼らを諌めようとする。


「静かにしないか。


 コイツは、専門家としての提案をしたんだ。

 実際にやるとは言ってない」

 


「と言っても、これ以外の方法はないッスよね?


 盗難被害が多発しているところに張り込んで出現を待つ方法もあるッスけど。


 これ以上長期戦になるのはまずいんじゃないッスかね?」

 


 ……まさに、誰も何も言えない、ぐうの音も出ない正論である。



「……分かった、実行は俺がやろう」

 

 という館の意見は、


「多分力仕事になるッスから、いい歳の洋士には無理ッスよ。


 最近腰やってたし」


 と、伊沢に却下された。


 勿論、猛反対する人間のなかに、立候補する奴がいるわけもない。




 ……そんな状況下で、


「俺がやります」


「僕がやろうか?」


 と、遠山とノア____ふたりの奇特な捜査官が手をあげた。




「おー、ひよこ捜査官と噂の天才捜査官、やる気ッスねぇ」


 感心する伊沢の横で、


「……ノア。

 お前は怪異にから今回の作戦には向いてない」


 と、館が首を振った。



「あれま、残念だね。

 弟も言ってるよ」


 本当に、心底残念だと、ノアが眉を下げる。

 館が難しい顔をして、もう1人の部下を見た。



「確かに、お前なら、今回の作戦には適任だが……」



 会議室がザワついたまま収まらない。

 奇異なものを見る視線が、遠山ひとりに注がれる。



「マジかよ」「コネ山が?」「やめとけよ、アイツ、志願組だろ?怪異に耐性があるわけでも能力持ちでもないじゃん……」「いや、でも。確かにアイツなら、何かあっても痛手はないよな」



 下世話な言葉にも眉ひとつ動かさず。

 遠山は、いつも通り氷の様に固い表情で答えた。


 外野が好き勝手に話すのは、彼にとってはいつものことであった。



「俺がやります」



 遠山の決意に、伊沢がニヒッと口角を上げた。



「他に立候補者無し。


 今度こそ、決まりッスね」



 伊沢が、スッと右手を差し出した。



「改めて、よろしくッス。

 くん」



「……仕事ですから」


 涼しい顔のまま、遠山はその握手に応えた。

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