貴方なんて嫌いです。

 部屋に戻って、制服を脱いでごろんとベッドに寝転がる。


「……なんのために、頑張ってるんだろう」


 ぎしり、とベッドがきしむ。


「セレナ・ステラレイン。会長。連合生徒会長」


 呟いて、思わず笑ってしまった。


 なんて薄っぺらい肩書だろう。



 ―――魔法は、憧れだった。


 小さいころ、突然現れた魔物に襲われそうなとき、その人は魔法で私を救ってくれた。

 泣いてる私の頬を拭って、「よく頑張ったな」って頭を撫でてくれた。


 そしてもう死ぬしかないと思った私の前で、迫る絶望を夜と一緒に斬り裂いた。


 カッコよかった。胸が跳ねて、頬が熱くなって、頭の中は「あんな人になりたい」って気持ちでいっぱいになった。

 だから、誰かを助けられる『魔導師』になるために学園都市『アウロラ』に来ることを望んだ。


 必死に努力して、それで連合生徒会に入れるまでになった。


 でも、そんな場所で私についているあだ名は『孤高の生徒会長』。


 ひとりぼっちの生徒会長。

 魔法も上手く使えない。ついて来てくれる他の役員もいない。


 憧れてたようにはなれなくて、それでも逃げることだけはしたくないって駄々をこねている。


 それが私。セレナ・ステラレインという人間だ。


「勉強は、しないと」


 勉強は嫌いじゃない。ただ覚えればいいだけだから、魔法と違って才能が全てじゃない。努力でいくらだって補える。


 カバンから教科書を取り出して、今日の教養科目で出たレポートを終わらせようとすると、教科書の間からするりと一枚の紙が滑り出た。


「これ、報道委員会の新聞」


 そういえばクラスで報道委員会が「刷りたてです! 号外!」とか言いながら新聞を配っていた気がする。

 もらった記憶はないけど、やたらと配っていたせいでカバンに滑り込むか、教科書の間に挟まるかしてしまったみたいだった。


「相変わらず適当なことばかり、書いてるなぁ」


 新聞にはあることないこと並び立てたいつもの報道委員会らしい記事が並んでいる。唯一普段と違うところを上げるなら、そこに並んでいるのは自分の名前と、あと赴任したばかりの新任教師の名前であることくらいか。


―――君、行くとこないならウチ来るか?


「……嫌いです、貴方なんか」


 私なんかに優しくするあの人。それが大人だから、なんてカッコつけて。


 魔導師じゃないくせに先生になっているあの生き方も、煙草を吸って遅刻すれすれになるだらしなさも、初日にもかかわらずゆるいネクタイも、のらりくらりとしたつかめない態度も、君はすごいなとほめてくれる声も、眼鏡越しのあの優しい笑顔も、ぜんぶ嫌いだ。


 人を好きでいようとすることは、辛い。

 誰かの期待に応えられなくて、私なんかじゃどうにもできないと教えられて。

 それで人は私から離れていく。


 それなら、最初から嫌っていた方が楽だ。

 私から嫌っていれば、最初から期待されることも、信じてもらう事も無い。


「だから、嫌いです。嫌いで、いたいんです」

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