12.死にも勝る

 赤毛の暴露ばくろに驚くジョシュアの反応が随分と予想外だったのか、赤毛はほんの少しねたように言った。


「ねぇちょっと、反応薄いんだけど。笑い飛ばしてよ、コレ俺の一番の鉄板ネタなんだから!」

「いやいや……色々と、何重にも笑えない」

「ええー? 俺にしたらそんなに大した話じゃないんだけど」

「…………」

「つっまんないのー……んじゃ、続けるよぉ。そんでねぇ、つまり俺が言いたいのは、姐さんと共に行動すんなら最低でも俺とサシで殺り合えるくらいには強くないと。じゃなきゃさ、殺られるか好き勝手にされるよーって事。姐さんて意外と人気者だからさぁ、吸血鬼ん中でも吹っ掛ける奴多いわけよ。クソ強いから無敗だけども」

「……俺が一緒に行動するようになってからは、まだそういうのは見てないな」

「あー、うん、それはねぇ……何百年前だったかな。何をしたんだか、バカな挑戦者が姐さんの怒りに触れちゃってね。それ以来、挑戦者は全員皆殺しなわけだよ。本当の意味で」

「…………」

「んで、挑戦者は減ったけど、逆に恨みも多少は買いましたよと。そういうのもあって、ついでだからと姐さんが狂った同胞どうほう殺しをやってくれてると。いつかは誰かがやらないといけない役目だから」

「なる、程。……前に彼女と話した時、『探し物』があると言ってたが。それも関係あるのか?」


 赤毛と話す内に、ジョシュアは思い出していたのだ。以前ミライアが口にした『探し物』の話を。旅の目的のひとつでもあると。


 その時はミライアに日々付いていくのに必死で、ジョシュアはそれが何かなど考えもしなかった。けれどこうして知る内、ジョシュアも知るべきだと思うようになったのだ。

 ミライア程の吸血鬼が、眷属けんぞくとして成り立てで弱っちいジョシュアを預けたのであれば、赤毛は彼女の信頼をそれなりに得ているのだろう。

 それほどミライアに信頼されているのであれば、赤毛は何か知っているのではないか。ジョシュアがそれを聞いたのは、そんな下心したごころあっての事だった。


「うーん……多分違うんじゃないかな。俺らってつるむ事はしないけど、集まらない訳じゃあないのよ。姐さんは始末屋みたいなのやりつつ、他にも探してるモノがあるらしいから」

「……そういえば前に、言っていたな。家宝かほうのようなものだと」

「あ、多分それそれ。世界中探してるけども今のところ収穫なしってね。それもホントかどうかは知らないけど――」


 と、つらつらとそう話し終えたところで。突然、赤毛が急に黙りこんだ。

 一体何事だろうかと、ジョシュアは首をひねり背後を見上げる。すると赤毛は、何とも言えない、困ったような表情で彼を見下ろしていたのだ。そこから何かを感じ取り、ジョシュアは咄嗟に身構えた。


「な、何だ、言いたい事があるなら言ってくれ」

「……ねぇ、君さぁ……前っから言おうと思ってたけど。人の話とか色々、何でもかんでも真に受け過ぎじゃない? あとベラベラと他人の事勝手に話し過ぎ」

「!」

「元々はハンターやってたんでしょ? よくやってられたねぇ。そんなんじゃだまされてぶん取られて終わりなんじゃない?」


 ジョシュアは黙り込んだ。図星だったのだ。人間だった頃の苦い経験を言い当てられ、眉間に皺が寄った。

 昔ほど酷く騙される事もなくなって久しかったが、けれどもゼロではなかった。彼のような単純な人間にとっては、何とも世知辛い世の中なのである。

 そんなジョシュアのあからさま反応に、赤毛はニヤリと笑いながら言った。


「そんな経験、実はめっちゃあるんでしょ。うわぁ、ほんっと良くやってたね」

「……」

「まぁ、そんなボケボケしてると大丈夫かなコイツーって毒気抜かれるってのはあるかもね。五分五分でカモられそうだけど」

「大きなお世話だっ!」

「あっはは!」

 

 揶揄からかうように言った赤毛に、ジョシュアは思わず声を荒げた。その羞恥しゅうちから顔を逸らし、床に突っ伏すように額を押し付ける。これ以上何かを言われれば溜まったものではない。ジョシュアはすっかり沈黙してしまった。

 けれども幸い、赤毛がそれ以上追及する事もなかった。


「あはは、冗談は兎も角ね、姐さん狙いの連中に付け狙われたりするかも知れないから、アンタ極力しゃべっちゃダメね。表情イカつめに作っといて無口をよそおっとけばたぶん寄って来ないよ。顔は元々厳いかつい方だし。ああ、あと話せないフリしときなね、絶対ボロ出るから」

「…………」

「そしてその分、実力も伴わなくちゃねぇ……うわさはすぐに広がるから。――さぁてさて、今日は何回、死ぬのかなぁ……?」


 赤毛の言葉に更なるダメージを受けつつも。

 突然声音の変わった赤毛に、彼が本気でそう言った事がジョシュアにも理解できた。


 かれの放つ殺気やら何やらで、ゾワゾワと首筋を中止に肌が粟立ち、心臓が嫌な音を立てる。ミライアの時とはまた違った緊張感に押し潰されそうになりながらもしかし、ジョシュアは手にしたナイフの柄を握り締めたのだった――。




 ミライアの戦い方はどちらかと言えば「剛勇ごうゆうな」、と形容されるようなものだった。こちらが攻撃していようがいまいが、反撃が当たるのも恐れず突っ込んでくる。

 吸血鬼であるが故、深手も恐れぬそのような戦い方なのであろう。そしてそれは、ジョシュアにとって最も相性の悪いタイプなのである。


 そもそもジョシュアは斥候せっこうを得意とし、小賢こざかしい撹乱かくらんやら小技やらで相手を翻弄ほんろうしがちな戦い方をする。そして、それらの全く通じない程に実力差のあるミライアとの戦闘においては、ジョシュアはまるでお話にならないのである。


 ジョシュアがミライアの反撃に合えば、ただただ蹂躙じゅうりんされるだけ。あの日、ジョシュアが初めて彼女と出会った日。

 彼がミライアへと一時でも反撃出来たのは、ただ単に彼女にその気がなかったからというだけの話。以前ミライアにしごかれた際にも、ボロボロになりはしたが、事なんてほとんどなかったのだ。


 では、“赤毛”の場合はどうなのかと言えば。


「はーい、さんかいめー」


 嬉しそうな顔を隠しもせず、赤毛は平気でジョシュアの手脚をぎ腹に風穴かざあなをあける。人間だったならば、とっくの昔にジョシュアは死んでいただろうに。


 床にへばって傷口を押さえるジョシュアを前に、赤毛は笑いながら真っ赤に染まった手に舌をわせていた。


「そろそろ殺す気で来ないと! ほんとそんなんじゃあ、いつまで経ってもお許しは出ないよ」


 そうして、へばるジョシュアのそばにしゃがみ込んだかと思えば、赤毛は自分の腕に爪をギチギチと立て、傷口からしたたる多量の血液を、無理矢理ジョシュアの口へと押し付けるのだ。


 ジョシュアの体内に取り込まれたそれは、彼の体へ瞬く間に力を与え、風穴も欠損けっそんも全てたちまち治ってしまう。この日ほど、ジョシュアは自分が人間でない事をまざまざ自覚させられた日はかつてなかった。痛いやら驚きやらで、不思議と感傷のようなものはない。


 ミライアなど比較にならぬ程の鬼の所業しょぎょう茫然ぼうぜんとして、しかしそれでもボーっと突っ立ってなどはいられない。

 何せ、少しでも動きを止めれば、瞬く間に赤毛によって手脚を捥がれてしまうのだから。


「ッ!」

「おおう? 避けられちった」


 赤毛は強かった。

 戦闘が苦手なぞとどの口が語るか、と思うほどだ。当たる、と思う事もあるのだが、それすらもことごとくナイフの軌道きどうからするりと逃げ出してしまって、ジョシュアはかすり傷ひとつ付ける事も叶わない。


 ミライアが「剛勇」ならば、赤毛は「柔靭じゅうじんな刃」だった。抜き身の危険な刃はのらりくらりと攻撃をかわし、隙を見つけてはジョシュアに避け難い一撃を食らわせる。

 長いリーチから繰り出される一撃は、強靭きょうじん柔軟性じゅうなんせいんだ。


 それでも何とか致命を避け、ジョシュアは傷付きながらもここぞという瞬間を狙う。我慢して我慢して我慢して、ようやく狙った位置へと攻撃を誘い込む事に成功する。その後はもう、ヤケクソだった。


 赤毛のそれを真似て、やった事もない動きをぶつけ本番でしてみるのだ。どうせ腹に一撃を食らう事になるなら、どう足掻あがこうが変わらぬと。


 地をうかのように低く沈み込み、その脚部きゃくぶを狙う。浅くても良い、攻撃の手が緩めばこちらのもの。

 彼の思惑おもわく通り、赤毛が避けようと体勢をわずかに崩したところで。その胴体に一撃を入れようとした。


「へあぁ!?」

「クソッ」


 だが、赤毛はそれを食らうほど甘くはなかった。足下への攻撃どころか、胴体への一撃ですら完璧に避け切ってみせたのだ。


 赤毛はそのまま一瞬でひらりとジョシュアから距離をとってみせると。体勢をあっという間に立て直し、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて容赦ようしゃも無く言い放つ。


「今の、良かった。もしや慣れてきた? ふふふ、んじゃま俺もちょーっと本気でいっくよぉ」

「――ッ!」


 そこでジョシュアは初めて気が付いた。

 赤毛は、これっぽっちも本気などでは無かったのだ。殺し過ぎてしまわぬよう、これまで限りなく抑えて抑えて、ジョシュアの相手をしていたのだ。


 そんなだから。突然本気の殺気を向けられて、ジョシュアは僅かに怯んで動きを止めてしまった。ほんの一秒程だ。それでもその一瞬は、赤毛にとって十分過ぎる時間だった。


「あ、が――ッ!」


 あっという間に攻撃を貰い、反対側の壁へと叩きつけられてしまった。幸いにも武器で受ける事は間に合い、腹部に風穴が開く事こそ無かったが。狙われた部分は特に、酷い痛みを訴えていた。


 軋む壁からずり落ちつつもしっかりと地に足を着け、痛いのをこらえて床を踏ん張る。ここ数日程で、ジョシュアは身に染みたのだ。普通の人間ならば攻撃の手を緩めるところ、しかしこの男にそんな常識は通用しない。

 何せ彼は、人間では無いのだから。


「やるねぇ」


 ニタリと笑みを絶やさない赤毛が、ジョシュアに向かって利き手を振り上げながら悪魔のように言い放つ。

 まるで地獄からの使者のごとき男の殺意に、彼はひとつ確信を得た。


 今後いくら生きようとも鍛えようとも、この男を超える事は出来ないだろう。体格もセンスも思考も何もかも、この男は格が違い過ぎる。


 一生分にも等しい恐怖を植え付けられ、人生で何度目かも分からぬ敗北を思い知りながら、ジョシュアは辛うじて赤毛に食らいつくのだった。

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