工具選びはクルマ好き女子の嗜み?(前編)

ツーリングから数日後の放課後、凛子は新しいオーディオを取り付けるため、真希の家に遊びに来た。

真希はツナギを着て、銀マットを地面に敷いてジャッキアップしたプジョーの下に潜り込んでいる。


「真希〜きたよ〜。あれ、車の下潜ってなにやってんの?」

「あ、おつかれ〜。いまセルモーター交換してるの〜。」プジョーの下に潜ったまま真希が答える。

「セルモーター?そんなの壊れるんだ。」

「この車では定番の故障みたい。うちの車も距離嵩んでるし、先に交換しておこうと思って。」

「下潜ってなんて大変そう……」

「うーん、ちょっと面倒だけど、取り付けに調整とか必要なくて付くように付ければいいし、こんなのカンタンな部類よ。」


真希は車の下から這い出ると、今度はビールケースを踏み台にするとエンジンルームに上体を突っ込み、ラチェットレンチでギコギコとボルトを締めつけた。

凛子は小柄な真希がプジョーに食べられてるように見え、また真希の大きい胸が引っかかったりしやしないか、面白がって眺めていた。

「んしょ、んしょ、うん、よし。これで取り付けできた。エンジン掛かるか試してみましょ。」


キュッ、キュッ、キュッ、ブオォォーン……


何事もなくエンジンが掛かるのを確認して、真希はエンジンを切ってふう、と息を吐いた。

「はい、一丁あがりね。これで出先でエンジン掛けられない〜なんて不安もなくなって一安心だわ。」

「真希、顔、汚れてるよ。」凛子がハンカチを差し出すが、真希はいいって、と助手席に置いてあるタオルで顔を拭った。


「それじゃ、少し休憩したらオーディオやろう。見て見て、これ買ったのよ。」

凛子は通販の段ボールに入った新品のオーディオを取り出した。

ラジオとBluetooth、USB接続に対応したシンプルなパイオニアのオーディオだ。

「おお〜新品サラのオーディオはいいわねん。あたしのスピーカーも見て、中古で買ったけどいい感じじゃない?」

真希のスピーカーはシンプルなコアキシャルタイプで、裏のマグネットにはFOCALというメーカー名が書かれてる。

「へえ〜良さそうな感じ!部品って中古とかでも買えるんだ?早く取り付けてみようよ。」

「そうそう、札幌市内にいくつか店あるから、今度見にいきましょ。まあ、早速始めましょっか。」


真希は工具箱からトレーにドライバーなど必要な工具を取り出して作業に取り掛かる。

プジョーのフロントスピーカーは内装パネルを取り外さないとアクセスできない造りになっていた。

「事前に調べてたけど、純正のスピーカーはリベット留めなのよね、面倒ね。」


真希は文句を言いながらも、電動ドライバーにドリルを取り付けると、手慣れた様子でリベットの頭をもいでスピーカーを取り外した。

「おおーっ、外れたね。あとは付け替えればいいのかな?」

「もうひと工作必要ね。端子を汎用のものに付け替えないといけないから……ちょっとー!純正のカプラー切り飛ばしたら配線の残りがギリギリなんだけど!」

「これがフランス車の洗礼ってやつなのか笑」

「……ええいっ、やるしか無いわ!」


真希はドアの狭い隙間を縫うように電工ペンチを器用に使い、端子を圧着した。

スピーカーを仮付けして車のラジオを点けると、無事音楽が聞こえ、二人は安堵した。


「やったね、あとはねじで固定して内張を戻せばいいのかな。」

「まだ片方だけだから、反対側もやらないとよ。」

「あ、そっか。スピーカー替えるだけでも結構大変だね。」

「ま、失敗しても車が動かなくなるわけじゃなし、なんもよ。要領は掴んだからチャチャっと反対も終わらせて凛子のオーディオやりましょ。」


真希は宣言通り、反対側は流れ作業でものの数分で交換完了し、プジョーの音響が格段に改善された。


「元のスピーカー、ボロボロっていうかもう風化してるじゃん笑」

「ひどい品質よねw フロントは良くなったけど、リアもダメになってるから、そのうちに交換しないとね。後ろは前よりさらに面倒みたいだから、また今度一人でやるわ。」

「お疲れさま!じゃあ今度はジェミニの番だね。」


息つく間もなく、二人は凛子のジェミニのオーディオ交換に取り掛かる。

「これなら留め具をドライバーでちょっと外しちゃえば引き出せるわね。変換ハーネスは用意してるよね?」

「うん、教えてもらった通り買っておいたよ。いすゞのハーネスまだあるのか不安だったけど、見つかってよかった。」


凛子は古いオーディオを抜き出すと、車体側のハーネスも一緒に引っ張り出されてくる。

純正のハーネスを外し、変換ハーネスを接続して新しいオーディオに接続する。

「スピーカーと同じように、電源入るか確認しましょ。」

「そうだね。おおっ、パネル光った!ラジオは……あれ?周波数合わせてもなにも聞こえないな。」

「アンテナ線が抜けかけてるかも。グリグリしてみ。」


〜♪〜♪


「あっ、聞こえた!やった!」

「ふう、接触不良でよかった。じゃああとはこれをしっかり収めれば作業終了ね。」

「助かったよ〜、ありがとう!」

「こんなの、朝飯前よ。」


「二人とも、お疲れさま!」作業が終わったころ、美佳が真希の家に到着した。

三人は真希の部屋に移り、コーヒーを淹れたり、動画を流しておしゃべりしたりとくつろぎ始めた。


「ねえ、あたし『名車再生』見たいんだけど!」

「えー私はベスモがいい。」

「ここあたしん家よ?!コーヒーだって、なにあたしの豆勝手に淹れて〜!」


二人のいつものやり取りを聞きながら、凛子は真希の工具箱を眺めていた。

「ねえ、真希の工具っていつから使ってるやつなの?」

「ん?んーとね、中学上がったときにオヤジに貰ったやつよ。いくつかはあとから買い足したりしてるけどね。」


「そういえば凛子は自分の工具って持ってるの?」

「メンテは内藤さんのとこに出してるし、お祖父ちゃんが持ってそうかなあ、ていうか真希みたいに自分で車いじることないから……」

「お互い古いの乗ってるんだから何があるかわからないでしょ、簡単な工具くらい自分の持っておいたほうがいいわよ。」

「工具っていくらくらいで買えるんだろう?真希のバイト先って工具店だったよね。」

「うちのお店は高級品が多いのよね。そうねえ……ピンキリなんだけど、国産メーカーのものは比較的安価で信頼性も十分だと思うわ。」


「工具って普通はホームセンターで買うことが多いよね。週末に近場のホームセンター行ってみない?手頃な価格のものもあるかもだし、実際に見てみないとわからないよね。」キッチンで真希の秘蔵のクッキーを食べながら美佳が提案した。

「おい!まーた人のもん勝手に食って……確かに、そっちの方があたし達のお財布事情には合ってるわね。」

「そうだね、わたしも一人だと選べなさそうだから、真希が付いてきてくれると助かる。」


(中編に続く)

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