初ツーリング(前編)

真希、美佳との出会い、アルバイトの始まりからしばらくは忙しくも単調な日々が続いた。

昼間は講義を受け、それが終わったらアルバイトに行くか、真希と共にカフェ・ゴトーへ行きバイトをする美佳を冷やかしながら課題に取り組むなどする。


凛子たちはすっかりカフェの常連になり、後藤マスターや凛子たちの車に関心を持ったお客さんから声を掛けられることもしばしばだ。


中間考査を控えた6月のある金曜日。


「中間考査ももうすぐじゃん。大学入って初めての試験キンチョウす〜るう〜」真希は両手で自分の顔を挟みクネクネと悶える。

「そうだねー。理系は履修科目多いから大変だよね、わたしは試験ある科目は半分くらいかな。あとはレポート。」凛子はストローでカフェラテの氷を弄びながら答える。

「うわ!そういうの出たー。んもう、終わったら絶対気分転換いきたいよねえ〜〜!」


美佳は仕事中のため、積極的には会話に参加できないが、時々近くを通るたびにちらりと話の内容を聞いている様子だった。

二人はカフェのテーブルで話をしながら、美佳の働く姿を時折見ては微笑んだ。


「後で美佳の状況も聞くかあ。いつもの調子だとヤバそうだけど……」

「追試とか追加課題食らわないようにしてもらわないとだよね笑」二人は小声で示し合わせた。


「じゃあ、行き先は余裕のあるわたしが候補考えるから、真希は試験勉強に集中してよ。グループLINEに送るでいい?」

「わ!やさし〜。いいよいいよ、あたしは試験前とか気にせんで送ってくれてだいじょぶ。」


「美佳はどうー?」タイミングよく美佳が近くを通りかかったので、凛子は声を掛ける。

「んっ、お任せします。」美佳は仕事モードだからか、妙な言葉遣いで短く返答をした。

「ぶはは、『ンッ、オマカセシマス』だって笑」すかさず真希が茶化す。

「っさいわねえ……伝票一桁増やすわよ。マスターに聞いてみようかと思ったけど、あの人の金銭感覚じゃそれこそ私たちの予算の二桁は多そうね。凛子、よろしく。」

「まかされた!じゃあ今日はこの辺で一区切りにしよう。また来週〜。」


凛子と真希はコーヒー代を支払い、お互いの車に乗り込んでその日は解散することにした。


    ◇


アルバイトを始めたことに加えて、今日のようにカフェ・ゴトーへ寄り道したり、帰りが遅くなることも増えた。

凛子は居候の身であることを改めて意識し、少々罪悪感を覚えながら家路を急いだ。


とはいえ、夜も深まったこの時間のドライブが凛子は好きだ。

北海道は夜が早い。それは日照時間の話だけではなく、人の営みについても言えることだ。首都圏の実家では深夜もコンビニやガソリンスタンドは営業し、道路に車が行き交うのが当たり前だった。一方、北海道では20時も回ると街中でも人影を見なくなり、幹線道路すら車の台数がまばらになる。

しんと静まった夜闇の中で車を走らせていると、エンジンの音、タイヤのロードノイズだけが耳に入り、色々な思考が湧いては消えを繰り返す。


この楽しい時間が来年も、再来年も続いてほしい、でも四年が終わればいずれ自分は大学を出て、次のどこかへ向かうことになる、それはどこ?


答えのない思索をしているうちに自宅の近くに差し掛かり、凛子はエンジンの回転数を低く保って静かに車を停める。

帰宅すると、祖父母はすでに寝ているようだ。

凛子はラップされた夕飯を電子レンジで温め、音を立てないように手早く食べることにした。


「おお、凛子、帰ったのか。」


食事を終えた凛子が皿を洗っていると、悟が声を掛けてきた。


「おじいちゃん起こしちゃった?ごめんなさい。」

「なんも大丈夫って、年寄りはトイレ近いっけ、寝ててもすぐ目が醒めるんだよ。」


「それに俺も若い頃はよく夜中、日によっちゃ夜明けまで遊びに出ていたから、気持ちはよく分かるよ。」悟は麦茶をコップに注ぎながら話し始めた。

「そうなの?おじいちゃんは若い頃、どういうことをしていたの?」

「車は昔から大好きだったよ。俺の若い頃は今より車で遊ぶ若者も多くて、俺もいろいろとやったものさ。」

「ツーリングとか?」

「そうだな、遠乗りも好きだったけど、峠に集ってドラテクを競ったり、そうしてるうちにサーキットに通うようになったりな。」

「ええっ、おじいちゃんがそんなことしていたなんて想像できないよ。ジェミニで走ってたの?」

「いや、あれは随分後になってから、万次郎がエンジンを組んだものを買ったんだよ。だからあの車はそういう乗り方はしていないんだ。」

「そうだったんだね。じゃあ私も大事にジェミニ乗らないといけないね。」

「それは気にしなくていいんだ。車はあくまで楽しむための道具だからな、凛子があの車でやりたいと思うことがあるなら自由にやりなさい。ただそうだな、峠を走ったり、速さを競うのは最近は取締も多いし、何より危ないから、ほどほどにな。」


そう言うと悟は先に椅子を立ち、寝床へ戻っていった。

凛子は祖父母を起こさないようシャワーは翌朝入ることにして、軽く洗顔だけ済ませて眠りにつくことにした。


翌朝、凛子が起きると、いつものように祖母が朝食を準備し、悟は隣でコーヒーを淹れていた。


「おばあちゃんおはよう!最近夜が遅くなってごめんね。」凛子が祖母に声を掛ける。

「そうねえ、連絡してくれてるから心配はしていないけど、やっぱり晩ごはん一緒に食べられないと寂しいわあ。」

「ははは、大丈夫だよ。凛子、若いんだから、楽しいことをたくさん経験しないとね。」祖母が寂しがる一方、悟は気にせずといった様子で笑い飛ばす。


「でも、やっぱり居候させてもらっている身分で心配かけてごめんね。試験期間は家で勉強する時間も増えるから早く帰るようにするよ。」

「あら、そうなのね!じゃあ何か食べたいものはある?記憶力のアップする献立考えちゃうわ。」


朝食を食べ終え、悟の淹れたコーヒーを飲みながら、凛子は試験後のツーリングについて悟に相談を持ちかけた。


「おじいちゃん。中間考査が終わったら、前に話したクルマ友達と一緒に温泉ツーリングに行こうと思ってるんだけど、道内でどこかおすすめの場所はないかな?」


「それはええね。北海道は広いから、色々おすすめはあるけど……凛子たちが行きやすい場所なら、登別は有名で、クマ牧場なんてのもあるね。あとは、ニセコやルスツあたりもいいかもしれん。」

「おじいちゃん、ありがとう! 登別温泉とニセコ、ルスツか。どこも車で半日もしないで行ける距離だし良さそうだな。」

「そうだね、最短で向かうだけだと単調な道になっちゃうから、色々ワインディングを経由するようにルートを工夫すると楽しめるよ。みんなで楽しんできてな。」


課題をこなす合間にツーリングのことを調べよう。

凛子は悟に感謝し、試験後の楽しみにワクワクしながら一日をスタートした。


    ◇


【グループLINEのやり取り】

凛子:ドライブも楽しめる場所っていうと登別やニセコ、ルスツが良さそうなんだけど、真希行ったことある?

真希:登別は子供のころに行ったよ〜でも何回入ってもサイコーなお湯だしあたしのことは気にしないでいいよ!登別に1票かな!

美佳:私も土地勘ないし、真希がそう言うなら登別でいいかな。泊まりにする?

真希:せっかく行くなら泊まりで美味しいもの食べようよ!クーポンとかは地元向けのを調べてみるよ

凛子:わーありがとう!わたしが探すって言ったのにごめんねm(_ _)m

真希:大丈夫よ〜登別と決まれば泊まるべき宿は絞られるから!

美佳:さすが道産娘


・・・・・


真希:ほい〜こんなのどう?ディナー・朝食バイキング付き、学割で1泊12,000円だって!

凛子:おお……地獄谷を望む展望風呂、部屋も豪華でいいね!

美佳:ディナーメニューやば!朝食も道内の海鮮やハム、ベーコン、朝からこんなに……

真希:5月の連休とかだと倍はするプランだから良さそうじゃない?

美佳:これは今から断食してコンディション整えて望むわ

凛子:楽しみすぎでしょ笑 美佳はほんと食べるの好きだよね〜。

美佳:普段摂生してるからね……笑

真希:じゃあ三人分であたし立て替えて予約しておくね!当日お金よろしく。

凛子:なにからなにまでありがと〜〜

美佳:ありがと、了解



(中編へ続く)

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