二日目

(つーか俺、どうしたんだろ?色々おかしいぞ、なんか)


 日常生活は何不自由なく送れてはいたけれど、記憶と感覚がどこかズレている気がする。

 例えば、俺の名前は『唐田とうだ 歌詩うたし』だけども。

 まずそこからして、モヤモヤするのだ。

 本来の俺の名前では、ないような気がして。


『とうだー』


 と呼ばれても


「なに?」


 って、体が勝手に反応するし。


『うたし!』


 と呼ばれても


「はいはーい!」


 なんて、口から勝手に言葉が出てくる。

 そう。

 口から、勝手に。

 俺らしくない言葉が、勝手に出てくる。

 だいたい、俺の一人称は【俺】のはずだ。

 なのに、口から勝手に出てくる一人称は、【僕】。


「おはよう、歌詩うたし。朝ごはんできてるわよ」


 にこやかに笑う母ちゃん。

 ・・・・俺の母ちゃんて、こんなだったっけ?


(つーか、時計見ろ、時計っ!時間ねぇって!)


「ごめんね、お母さん。もう時間無いんだ。勿体ないからそれ、夜に食べるからね!」


 母ちゃんにそう言うと、俺は急いで学校に向かった。



(てかさ、俺の学校って、ブレザーだったっけ・・・・)


 制服は俺の体のサイズにピッタリだ。間違いなくこれは、俺の制服なんだろう。

 だけど。


(俺の制服、学ランじゃなかったか・・・・?)


「おはよっ!どした、歌詩?朝から眉間にシワ寄ってるぞ?」


 通学途中に仲のいいクラスメイトが声を掛けてくる。


「えっ?えへへ、ちょっと考えごと。おはよ」

「今度は、なに考えてたんだよ?」


(今度は・・・・?俺、そんなにいつも考え事なんかしてたか?)


 クラスメイトの言葉に思わず首を傾げると、彼は笑いながら言った。


「歌詩って、たまにぼんやり思考に沈むよな。そんで、その後にはいっつもおかしな事言い出して。なぁ、今度は何考えてたんだ?」


(誰と間違ってんだ?そんなはずねぇだろ)


 とは思いつつ。

 俺は一応、制服の話をしてみた。


「うちの学校の制服ってさ、前からブレザーだったっけ?って思って」


 俺の言葉に、クラスメイトはポカンと口を開く。


「歌詩、さぁ」

「ん?」

「そんなにセーラー服が着たかったのか?」

「・・・・へっ」


 今度は、俺の口が阿呆みたいにポカンと開く番だった。


 せっ、せーらー服だとぅっ?!

 何故そうなるっ?!


「この間も、『僕の制服、前からこんな長ズボンだったっけ?』って言ってたよなぁ?他校の女子のセーラー服見ながら」

「いっいやいや、そう言うことじゃなくてっ」

「オレ、姉ちゃんからセーラー服借りてきてやろうか?」

「だっ、だいじょうぶっ!ありがとっ!」


 全力でクラスメイトの優しい申し出を断ったものの、まだ気遣わしげに俺を見ている彼は、ものすごくいい奴だと思う。

 思う、けど。


 俺の感覚は、こんな奴知らないと叫んでいた。

 こんなにも普通に、いや、普通よりもずっと親しく話しているコイツを。


(なんだ?この感覚・・・・)


「あと5日だなっ!」


 腹の底がゾワゾワとするような落ち着かなさを感じている俺の隣で、さっきのことなんてまるで無かったかのように、クラスメイトがウキウキとした声を上げる。


「え?なにが?」

「なにって・・・・アレだよっ あのドラマっ!オレもう、待ちきれねぇよっ!早く最終回観てぇなぁ」

「うんっ、そうだねっ!」


 俺の口も、腹のゾワゾワなんて無いかのように、浮かれた声を発する。

 あのドラマの最終回が楽しみでたまらないのは、確かなんだけどな。

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