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 格納庫を臨む部屋で、ハズミは革張りの椅子に深々と腰かけていた。天然資源の乏しい今、このような椅子を新しく作ることはできない。よく似たものを生産できたとしても、それはCASTLE内のプロダクトアーカイブから抽出した情報を基に、無人産業地区のロボットが作り上げた模造品でしかない。

 この時代は、全てが紛い物でできている。それが反CASTLE集団〈ストレイゴート〉のリーダーであるハズミの持論だった。

「リーダー」

 部下の男が話かかけてくる。彼はパイロットスーツに身を包んでおり、その顔はスモークバイザーで隠されているため伺えない。

「CESが餌に引っかかりました。カンヴァス地区の幹線道路の映像です」

 部下の持つ携帯端末には、街頭防犯カメラからくすねた映像が映し出されていた。

 七台の民生用トレーラーを、サンドカラーのウォーカー・ブレードが襲撃している。その左肩には、銀の幾何学模様とCESの文字。管理執行局に雇われた傭兵の一人だ。

 最後尾の車両からWM-210〈ルベン〉が出現し、そのままサンドカラーの機体と戦闘を開始。高架下へと飛び降り、二体は周囲の障害物を薙ぎ倒す。

 このトレーラーとルベンは、ストーム社がハズミからの指示で用意したダミーだった。本来の〈商品〉は、レイヤードネストの地下に張り巡らされた作業管を通って届けられた。

 格納庫に並ぶ機体が、その商品だ。ストーム社製試作型ウォーカー・ブレード、WM-230〈レビ〉。WM-200〈ヤコブ〉の改修機であり、レビという愛称ペットネームは聖書におけるヤコブの三番目の息子の名に由来する。その外見はヤコブとほぼ変わらないが、内包している操縦・駆動システムが大きく異なる。

 ヤコブをはじめとしたWM-200シリーズは、既存のウォーカー・ブレードと同じくコクピット内での操縦桿やペダルを用いた操作で動く。しかしレビは、パイロットの神経系を機体に接続し、念じるのみで操縦を可能とするD.M.C.S(Direct Manupirate Combat-mobile System)を搭載している。原型機を凌駕する反応速度を有し、パイロットの神経伝達を補助する特性OSの働きから、その機動性は「現行機の10年先を行く」とさえ言われる。

 しかし同時に、パイロットの神経経路を強制拡張するシステムは開発途中であり、一歩間違えれば大事故に発展する。それ故に門外不出の技術として扱われて然るべきだ。そのような機体がテロリストの手に渡るのは、ストーム社とストレイゴートが到底クリーンとは言い難い関係にあることを意味していた。

「我が社の虎の子を5機。本社の意向とは言え、開発側としては手痛い出費です」

 ワイシャツ姿の男が、角ばった眼鏡を押し上げながら言う。胸元の名札にはストーム社の社章と、ディア・ルーベンス技術大尉の文字。レビを開発したストーム社技術研究所の幹部だ。

「ルーベンス大尉。俺たちが使うのでは不満か?」

「そういった訳では。しかしハズミさん、これをCASTLEへの反抗の切り札とするには、いささか不安要素が多いかと」

「ふむ、理由を聞こうか」

「この機体に搭載されているD.M.C.Sは、確かに最高峰の品質を誇ります。試作段階初期における搭乗者への負荷も大幅に減少しました。とはいえ出力と機敏さに不安定な部分があり、我が社のテスト環境を以てしても解決には相当の時間がかかります」

「それは百も承知だ。しかし大尉。我々は、CASTLE、あるいはCESを上回る戦力を常に必要としている。技術的問題点は実戦の中で改善するほかない」

「しかし最悪の場合、戦闘中のハードウェアへのダメージ累積によってD.M.C.S対応OSにバグが発生することも考えられます。そうなれば、機体は機能停止。被撃墜はもちろんのこと、鹵獲ろかくされるかも」

「ならば通常の機体をバックアップに付けるまでだ。それでも不安は残るが」

「そこで、我が社から一つ提案が」

 ルーベンスは自身の部下に指示を出し、小型のアタッシュケースを受け取る。それをハズミに向かって開き、中身を見せる。銀色の記憶媒体が一つ、ケース内に収まっていた。

「これは」

「こちらが我が社の提案です。D.M.C.Sフィードバック・デバイス。こちらも試作品のため正式な型番ではありませんが、XS-00と呼んでいます」

「フィードバックだと」

「はい。これをレビの制御ユニットに接続します。すると、我が社が機体情報をリアルタイムで収集・解析できます」

「戦闘中の情報が、ストーム社に全て筒抜けになるというわけか」

「主にD.M.C.Sの活動情報に限定されますが、そう考えて頂いて問題ありません」

「俺たちになにか利点は」

「実戦におけるD.M.C.Sの詳細情報を共有し、適切な運用に繋げることが可能です。技術的問題の他、パイロットへの微細な影響をモニタリングでき、次の戦闘へデータを丸ごと持ち越せます」

「つまり、開発元にも前線にも、それなりの利益が生じると」

「その通り。そちらにとっても、悪い話ではないと思われます」

 ハズミは腕を組み、窓から格納庫を覗く。直立した5機のレビ。各機の横には、専用に開発された27ミリ高速機関砲〈フォールレイヴン〉とレーザー照射装置〈月光〉が懸架されている。

 曲線が多用された人型機動兵器に光が反射し、バイザーの奥に位置する複合センサと視線を交差させる。

「よかろう、その案に乗った。XS-00を取り付けてくれ」

「契約成立、ということで」

「そうだ。二度も言わせるな」

 ルーベンスは部下に促し、機体へのデバイス組み込み作業を実行するため格納庫へ入る。

「リーダー、良いのですか」

 ハズミの背後にパイロットスーツを着た女が立つ。

「あぁ、これでいい。お前には申し訳ないことをした。俺の一存で、怪しげな機器を追加するなど」

「そのようなことはありません。私は与えられた機体で、与えられて任務を遂行するだけです。全ての先を往く兵器を扱えることは、なによりも喜ばしいことですから」

「ありがとう。だがマドカ、無理はするな」

「分かっています。私は死にません」

「それでいい」

 ハズミはマドカに向き直り、彼女の赤みのある髪をかき上げる。マドカは照れたようなそぶりを見せ、目線を床へと落とした。

迷える山羊ストレイゴートに」

「......迷える山羊に」

 二人は合い言葉を交わし、メンテナンス中の機体へと向き直る。

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