黎明の瞳

月山律

中学1年生

入学式

 入学式は昼過ぎから行われる予定だった。採寸以来で袖を通す制服の生地は固く、まだ肌寒い四月初旬の風を防いだ。桜久(さく)の通っていた小学校からこの中学に入学する者は少ない。中学校で権力を握るのは、学年の八割を占める他の小学校からの入学者だろうということは見当がついていた。

 正門で名前を名乗り、クラス票を受け取る。桜久は四組だった。クラスに着くと、すでにクラス内は騒がしい。幅をきかせている小学校出身の者達が思い思いに喋っているようだった。

 喧噪にたじろいで、誰とも話せないまま入学式の行われる体育館へ向かう。

 環境の変化は苦手だった。膝下丈のプリーツスカートがまとわりついて、桜久の足取りを重くする。

 吹奏楽部が演奏する威風堂々が体育館に響く中、用意されている椅子に座った。校長は声の大きい人で校歌を在校生の声がかき消されそうな程の声量で歌い、マイクなしで挨拶をした。眠くなる隙は全く無かった。式も終盤に差し掛かった頃に新入生代表挨拶。同級生が話すというのは興味をそそられるものだ。知らない人であっても、校長やPTA会長の話に比べればずっと興味深い。

壇上に登ったのは、華奢な少年だった。制服はぶかぶかで手の甲まで覆われて、学ランのズボンの裾も引きずるギリギリの長さだった。

「私たちは、本日この第一中学校に入学いたしました」

声変わりのすんでいない高い声。背は桜久と同じくらいだろうか、160ないくらい。オーソドックスな挨拶を終えてこちらに向き直った彼を見て、「不思議な人」と心の中で呟いた。

 さらさらの黒髪から覗く瞳は何を考えているのか分からなかった。大役を務めた誇りや緊張の色もない。一重瞼と切れ長の涼し気な目元は、冷たそうにすら見えた。


 彼が席に戻る時、開け放たれていた体育館の扉の横を通った時。ぶわっと桜が舞った。柔らかい蒼穹に数え切れない花弁が躍る。

 花びらの影が清潔な横顔にはらはらと落ちていった。

 春の陽光は、静かに彼の背景になる。


 数多の生徒の中、彼の輪郭だけがくっきりと桜久の脳裏に焼き付いていた。


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