第19話

 二人の写真を持って剣が崎保養所に向かったけど、私は緊張で一杯だった。

なんて喋ろうか、何を訊こうかずっと考えていたが混乱して纏まらないまま着いてしまった。私がもじもじしていると、彼が「さぁ、行くよ」と背中を押してくれた。

面会室でどのくらい待ったかしら、車いすに乗った男性をヘルパーさんが押してくる。

 私の緊張はピークに差し掛かった。

ヘルパーさんが「田浦鴻明さんです」と言って頭を下げて戻って行った。

私は、もう泣いていた。

そんな私を見て、彼が「こちらが、あなたの娘さんの下藤ほのかさんです」と紹介したので、慌てて「私、下藤ほのかです。初めまして」とだけ言った。

田浦鴻明さんも泣いていた。

「お会いできるとは思っていませんでした。すっかり綺麗なお嬢さんになった」そう言って零れる涙を拭っている。

 彼が「僕は愛里仁といいます。この度下藤ほのかさんと結婚することになりました。それで、お父さんにご挨拶に来ました」そう言うと、田浦鴻明さんはじっと私を見つめた。

「はい、私がしたこと、お父さんが私を庇って警察に捕まったこと、全部話したんです。それでも、結婚したいって、私がそれで幸せになるなら、その重荷も一緒に背負うと言ってくれて、それで決心したんです。いけませんでしたか?」私は言葉を詰まらせながら言ったの。

お父さんは聞きながら何度も頷いて目頭を押さえて嗚咽していた。

暫くしてから「そうか、良かった。君のような素敵な彼氏ができて本当に良かった・・・」そう言ってまた泣くの。

「でも、下藤ほのかさん。すまなかったね、俺のせいであなたにとんでもない重荷を背負わせてしまった。あんな立派なお父さんがいるのに、まさかと思ったんだが、下藤ひとみさんがそうだと言ったので、一回は下ろしてくれと頼んだ。すまない。ちゃんとした夫婦の間でこそ子供は幸せになると考えたからなんだ。だが下藤ひとみさんは、出来た子は下藤爽太夫婦の子として育てます、と言ったんだ。それで俺も承諾したんだ。ただ、二度と会わないという約束をしてな・・・で、事件のとき俺は荒れた生活をしていたんだ。妻と死別して、仕事も辞めて、ずっと酒浸りの日々だった。そんな時、下藤ひとみさんから、大変なことが起きたと電話があって、子細を聞いた俺は迷わず自分が代わろうと思ったんだ。務所に入ったら三食でるからな」と言ってお父さんはにやっとした。

「だから、そのことは気にするな。あなたは、自分が幸せになること、それが俺への一番の恩返しと思ってくれたらそれで良い。愛里仁さん、ありがとう、この娘を末永くよろしくお願いします」そう言って苦しそうに肩で息をした。

「ありがとうございます。時々寄せて貰います」彼が言うと「いや、ここへは来るな。公には他人だ、どこで誰が見ているかも知れんから、孫でもできたら写真でも送ってくれたらそれで良いから」お父さんは苦しそうにそう言って、呼び鈴を鳴らした。

 私は泣きながら、「お父さん!」と叫んで抱きついた。そして写真を手に握らせた。少しして彼が「迎え来たから」と言って私の肩を抱いて立たせた。お父さんは「ありがとう」とか弱い声で言って涙を拭きながら戻って行った。

 

 

「ほのかぁ」と呼ばれ肩を叩かれて我に返った。

「あ~ごめん、昔の事思い出してた」気付くといつの間にか涙が流れ出していた。

「ふ~ん、何かあったの?」

「今日、東京の刑事さんと、探偵さんとその奥さんが来たの」

「何しに?」

「あの事件のときの刑事だった玄武勇さんが殺害されたようなの、で、玄武さんはこっちへ来て田浦鴻明さんを探してたんだって、事件のことをもう一度訊きたいと言ったそうなの」

「えっ、だってあれもう裁判も終わって、今保養所だよね?」

「だから、あの事件をもう一度調べ直そうとしているのよ。私、怖くて・・・ねぇ、どうしたら良い?」

仁は私に目線を合わせ、正視して「愛里ほのか!君はもうお母さんになるんだ、しっかりして!お腹の子供の事だけを考えるんだ。気持ちが乱れると何か影響があるかも知れないだろう?それに、君が幸せになることは、ご両親と、もう一人のお父さんの願いだし、君の責任じゃないのか?迷っちゃだめだよ」そうはっきりと言った。

「うん、でも・・・」まだ迷っている私に「それに、玄武勇さん殺害事件には誰も関わってないんだから、調べられても、アリバイ有るし、そもそも動機が無いでしょ。その刑事さんが言った通り、全員に一通り会って話を訊くってことだと思うよ」と優しく説明してくれた。

「安心してていいの?」

「おう、勿論だ」

「分かった。ありがとう」

「いや、何か困ったら何でも話してね」仁は微笑んで「じゃ、俺風呂入るけど、背中流してやるか?」

と優しく言ってくれる。

「うん、頼むかな。今準備するわね」

「いいよ、俺準備するから先に入ってて」

「ありがとう」私は、本当に仁と結婚して良かったと思う。彼の優しさに涙が零れた。

 

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