第3話

 丘頭が玄武宅を訪れご主人の死亡を伝えると、奥さんは非常に驚いて「えっ」と言ったまま目を大きく見開いて口を手で押さえたまま固まっていて、やがて大粒の涙を零した。

そして手をブルブル震わせながら「せっかく無事に刑事人生を全うし、退職できたとホッとしたばかりなのに、どうして・・・」そう言って泣く。私は黙ってハンカチを差し出した。

夫人は頭を下げ「今までお前をほったらかしだった分、これからはお前と二人の人生を楽しみたい、と言ってたのに・・・」そう言ってまた泣いた。子供がいないから余計にそう思ったのだろうと丘頭は思い差しぐむ。

 それでも奥さんは、夫が東北へ行った理由などについて、涙をこらえて私に答えてくれた。

「丘頭さん、主人は言ってたんです。田浦鴻明の哀園るり殺害事件だけが刑事人生で唯一悔いの残る捜査だった、と」

私は驚いた。「その事件なら私も関わってますけど、田浦鴻明は警察にも、検事にも、裁判所でも異論を挟まなかったし、服役中も模範囚と言われるくらい真摯に反省をし7年間の務めを果たしたと聞いていたのに。理由は?」

 奥さんは頭を振って「訊いても、それは言ってくれなかった」とだけ答え「だから、田浦鴻明にもう一度会って話がしたいんだ。これまでの調べで東北地方の保養所にいるらしいことまでは掴んだから、あとは現地で探したい。すまないが半月程行かせてくれ。それでダメなら諦めるから、そう言ったんです。それが、まさかこんなことになるとは・・・」そう続け、その後は涙で言葉を詰まらせていた。

 私は、今はここまでかと思って「現地へは行かれますか?」と話を変えた。

「今、解剖してるんですよね?いつ頃戻されるんでしょう?」流石刑事の妻、こんな時にも、と思う。

「明日中には戻されると思います」そう答えた。

「じゃあ、明日、向かいます。妹が近所に居るので一緒に行って貰います」奥さんは目頭をハンカチで押さえながら話した。

「じゃあ、盛岡に着いたらここに電話を入れて下さい。案内させます」私は佐藤刑事の名前と携帯番号を書いたメモを渡した。

 そして署に戻り佐藤刑事に妻の言葉を伝え、調書情報を盛岡でも閲覧可能にした。

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