ずっと欲しかったもの

さくら

第1話 MtX、バイセクシャル、性別違和

「……んん、朝……?」


窓から差し込む朝日で目が覚めた。

カーテンの隙間から覗く太陽は、すでにギラギラと憎らしい光を発している。


ベッドを抜け出そうとすると、隣から腕が伸びてきて抱きしめられた。


瑠衣るい……もう一回しようよ」

「だめだって……十分ゆうべしたでしょう」

「足りないよ……ほら、俺のこんなになってる」

「こ、こら……仕事に遅れる」

「瑠衣だってこんなにってるじゃないか」

「ちょ……あっ……」


こういう風に求められるのは嫌いじゃない。

私が、私でいいんだって思わせてくれる。


それが、男でも女でも。


なんとか振り払って、軽くシャワーを浴びて出勤の準備をする。

誰かと寝てから出勤するのも、もう何度目なんだろう。

セックス依存かもしれない、と思うほど、私は誰かを求めてしまう。


――瑠衣。綺麗だよ――

――瑠衣。愛してる――


昔の思い出が、脳裏をよぎる。

苦い、遠い記憶に、顔をしかめる。


あの低い声が好きだった。あの声で、名前を呼ばれて求められるのが好きだった。

でも、結局は酷い捨てられ方をして、それ以来深い関係に進めなくなっている。


それでも身体を求めることは止められずに、言い寄ってくれる人たちと、こういう表面だけの関係を続けてしまっている。


「……はぁ……綺麗だよ瑠衣……ん、んんっ!」


結局、流させるままにもう一度抱かれてから、仕事に出ることになった。





「あいつ……遠慮なく口ん中に……ったく」


まだ栗の花のような匂いが口内に残っている気がして、途中の自販機で缶コーヒーを買う。

口でする事自体は好きだけど、無理やりされるのは気分が萎える。


今日の相手みたいな、自分勝手な奴はほんとに嫌いだ。


だいたいが自分のことしか考えてないし、こっちをよくするなんてこれっぽっちも考えてない。こっちの都合なんてお構いなし。


喉の奥が粘ついていて余計に苛つく。


「はぁ……」


コーヒーを取り出していると、背後からかけられる声に振り向いた。


「市川センセー!おはようございまーす!」

「あ、瑠衣ちゃんだー!おはよー!」

「こらー、ちゃん付けはやめろっつったろー?」

「あはは、ごめんなさーい」

「ったく……」


そう言いつつ、生徒たちの元気な声を聞くと、最悪な気分も少しは晴れるから不思議だ。


缶コーヒーを飲みながら、挨拶をしてくる生徒たちに手を振る。


「さて、今日も仕事か」


飲み終えて、私も勤務校に向けて足を進めた。





私はこの私立高校で働く教員だ。


採用されてもう何年になるだろうか。

一旦は一般企業に就職したものの、瞬く間に英語力が衰えていくことに耐えられず、英語の教員になる道を選んだ。


それから非常勤講師を経て、無事専任講師へと採用されたのが、数年前だ。


比較的偏差値が高く、適度に真面目な生徒もやんちゃな生徒もいるこの学校は、私にはとても居心地がよかった。


そう。生徒たちはすごくいい。


こんな私にも、眉をひそめることなく明るく接してくれる。

思春期真っただ中のはずなのに、私という異物を受け入れてくれていると感じるからだ。


でも――


「よ、市川先生。今日も綺麗だね。男だけど」

「……はぁ。おはようございます」

「なんだよ。つれない返事だなぁ。せっかく褒めてやってるのに」

「失礼します」


朝からこうして無遠慮に突っかかってくる、同僚の男性教員。


私のような、男なのに髪型をボブにしてたり、スーツは辛うじて着ているものの、ネクタイも締めずいつもセーターかカーディガンを着てたりするような男に対して、いつも馬鹿にしにくる。


男連中は、決まって私に男らしさを強要する。短髪をバカの一つ覚えみたいに勧めたがる。何より、女っぽいとせせら笑う。


飲み会のたびに。

校長室に呼ばれるたびに。


ほんっとにしつこい。


酷い時だと、生徒の前でわざと言われることだってあった。


幸い、そのときは生徒がかなり私をかばってくれて、後から特に女子生徒が一丸となって抗議してくれたから、その教員は処分を受けることになったんだけど、それ以来、特に女子生徒たちとの距離が縮まった。それが唯一、いいことだったけれど。


小さな頃からこうだったから、こういう扱いは慣れていた。


結局は、典型的にカテゴライズされる性のあり方のほうが有利な立場にあって、その下位に私がいるという構図は変わらないってことを突きつけられてる気がしてイラッとする。


こんな同僚ばかりではないのも事実だけれど、大半がこういう反応だから、いちいち腹を立てていたらきりがない。


無視するのが一番だ。


「おい無視すんなよ、また職員室で吊るし上げられたいのか?」


だが、私にも限界はある。


踵を返して、そいつの胸ぐらをつかんで耳元で脅した。


「――調子に乗るな。そしたらテメェが私に言い寄ってきてた事実を暴露してやるからな」


スマホの録音機能を立ち上げ、音声を再生する。

すると、以前、私に交際を強引に迫るそいつの肉声が響き渡った。


「お、おい!なんでそんなのが……!」

「はは、どうなるだろうなぁ。楽しそうだ」

「け、消せよ!消してくれ!なぁ」


くそったれ。

だから男は嫌いなんだ。


自分の身体を、誇らしく思ったことなんか、一度もない。


喚くそいつを残して職員室へ歩き始めた。

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