第四章 メインヒロインの兄が登場しないの場合、既に敵対フラグは完成している

「そっちは? 見つかったか⁉」

「ダメだ、二階にはいないぞ、海人!」

「一階も残念ながら……」

「探索範囲を外へ拡大するのはどうー?」

「海人の思い当たる場所とか……」

「……見当もつかないぞ」

 リーナ失踪発覚から既に三十分が経過していた。今はリーナを捜索した報告結果とメア達を待つべく、一階リビングルームの長テーブルへ座り話している。

……出ていくなら、せめて置手紙や言伝で知らせてくれたって良いだろうに。

空き部屋状態と遜色ない、生活感を失う部屋。

短時間で自身のみならず彼女の私物、本棚を含む全ての痕跡が綺麗さっぱり消失し、俺達を残したまま失踪。

 ……俺が見た限り、リーナは誰かに部屋ごと転移させられたとしか思えない。

「誰かに連れ去られたのであれば、争った痕跡が残るはず。だがしかし、彼女の私物である本は棚ごと消失し、リーナ本人の存在も消えたと。だとすれば残る選択肢も限られると思わないか? ポセイドン」

 右横の椅子へ静かに腰を下ろすホームズが冷静に尋ねる。

「ただいまくらい言ったらどうだ? 驚いて心臓が止まりそうになったよ」

「すまないね、ポセイドン」

「倉庫や地下を調べて来たけど、リーナは……居なかったわ」

 予想通りの結果で、焦るどころか一歩引いて状況を分析する自分が居た。

「なあ、ホームズ。だとしたら同意して居なくなった可能性も……」

「本棚には別世界の知識が詰まっている……だとすれば?」

「何者かがリーナという異世界人の知識を欲した者がいて、そいつとリーナは交渉をしたと、そう言いたいのか?」

 ニタリと、ホームズは口角を少し上げる。悪い考えを吹き込む大人みたいな顔だ。

「なら、リーナさんは誰と交渉をしていたのでしょうか?」

「そもそも交渉する必要はあるの? 海人やテレシア、アメリという仲間がいながら……」

 目の前のテレシアとレイナが抱いて当然の疑問をホームズへ投げる。

「その疑問は、ガラスト王国中心都市アルラトの時計塔へ向かえば多少なり解消するはずだ。リーナ失踪前夜に彼女から手紙を預かっていてね。なんせ翌朝、全員へ内容を伝えろと言われてね」

「そこへ行けば……分かる」

 右手の震えと力強く握られる左手、思い至る予想。

 もしリーナが誘拐されたとなら助けてあげたいけれど、仮にコチラを裏切る為に、意図して失踪したなら。

 ……俺は、リーナを。

「怖い顔するなって、海人! お前らしくないぜ?」

「戦闘になれば妹の私が仕方なく、お兄ちゃんの代わりに戦ってあげますよーだ」

「大丈夫ですよ、海人さん! みんな付いていますから」

「どんな事があろうと、海人を信じていくわ」

 アルラトへ半ば冒険気分で挑む俺に対し、右隣のホームズだけは――

「私とツンデレは遠慮しておく」

 ――おもむろに立ち上がりリビングルームの扉、ドアノブに手を回した。

「ホームズどうしたんだよ」

「お前達がリーナを探すのであれば私たち二人はココを死守せねばならんのでね。参加できないだけだ、他意はない。追加で言えば、そこの女が気に入らないのも理由でもあるが……」

 ホームズの指さす方向にはアメリが居た。まあ、ホームズの厳しく真面目な性格とアメリの自由人かつ拗らせ妹属性が合わないのは当然だと思うし、なんならここ数日喧嘩もせず共存していた事が奇跡なくらいだ。

「私⁉ ホームズってもしかしてツンデレなのー? 妹の私がいくら可愛いからって、恥ずかしがることはないよー?」

 キャラクターの性格的に、そう反応するよな。

「ま、そう言う事だから。私もホームズと一緒に残るわ」

 なんにせよ、今はリーナが文面で指示したアルラトへ向かうだけ。

「さあ、早くリーナちゃんを見つける為にも外出準備はなるべく早くだよ!」

 ポンッと、アメリが俺の背中を軽く押した。


 何週間ぶりの中心街だろうか。空気や雰囲気はもちろんのこと、いつもと変わらない出店の数と比例することのない人口は、両手を横に広げたまま何処へ行こうとぶつからない場所が存在しないほど密度が高く、繁盛している。

俺達の拠点も中心都市アルラトに属するが、場所はアルラトの中でも比較的に落ち着きのある場所で、中心街へ行くのも年に数回程度。

それが原因だろうか――

「凄いーこの時計塔高いよ! やっほー!」

「あまりはしゃぎすぎては周囲の方に迷惑ですよ、アメリさん」

「待てーこれは俺が最初に触った防具だぞ、よこせ!」

「私達と、はぐれない範囲で買い物してよね。全く、世話が焼ける」

 ――御覧の通り、みんな浮かれていた。

「おい、お前達。ココへ来た目的はなんだ!」

 俺はリーダーでもあって言い出しっぺだ、その俺がアイツらのように娯楽へ走ってはダメな気がする。

……それに今日は妙に胸騒ぎがするし。

「時計塔周辺を偵察、待機する事だよね。理解しているから安心して、海人」

「テレシア。悪いけどさ、アメリをココ――時計塔正面口まで連れて来てくれないか? 俺の手に二人は余る……」

 右方向、数百メートルの距離には目を光らせ、一人盛り上がり武器を買うガウト。逆方向には興奮交じりに時計塔の全体を携帯電話のカメラ機能で撮影するアメリがいる。

「確かに……ですね。分かりました、アメリさんは私に任せて下さい」

「頼んだぞ、テレシア。俺は武器屋でニヤニヤするアホを連行してくる」

 

「時計塔の裏側に到着したー」

 やっと街の中心に聳え立つ時計塔の裏側、目的地に到着。

 というのもレイナはガラスト国の次期女王なので、あまり目立つ場所に居られない。

 ……以前、間違って集合場所をガラスト王国城前に設定した際、こっぴどく王族の側近に怒られたのを思い出したのだ。

「ありがとね、海人。私の為に時計塔の裏へ場所を移してくれて」

「気にしないでくれ、レイナ。失敗から学ぶのは当然のことだから」

 雲一つない晴天を仰ぎつつ俺は返答した。

 ……今更だけど天に届きそうな高さの時計塔を、当時の人々はどうやって作ったか気になる。

 さすが中心都市アルラト、全ての技術と魔法、美術と戦力が集う場所。

 時計塔の建設技術もさることながら、中心都市アルラトに住まう人々の住居はレンガ造りで統一され、水道や灯り等のインフラも整備される環境は、正にガラスト王国中心都市と言わざるを得ない空間だ。

「それに道路も凹凸なく、歩けるし」

「リーナのアジトとは大違いだよ」

「ああ、全くもってレイナに同感だぜ」

「それに武器屋と防具屋、マジックアイテムショップもすぐそこに!」

「街中、いいやガラスト城さえ一望可能な時計塔もありますし!」

 ハイテンションのままアメリとガウトは互いに見合うと子供のように、はしゃぐ。

 ……元気なのは良いけど、ガウトの装備がガチガチの全身赤鎧姿なのが気に食わない。

 今日、アルラトを訪れた理由が消息を絶ったリーナの手紙に書かれた指示で――内容を信用する者、罠と感じる勢力が混在する状況下。

 ……俺とアメリ以外が戦闘服を身に付けているけど、多少はリーナを信用してもらいたいぜ、全く。

「上、危ない! 海人さん!」

 頭の中で思考した直後、中心都市全体へ広がる爆音と共にテレシアの紫髪が、目の前で流れていくのを見た。

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