8の月第2週7日目(日記より)

 見慣れない天井と、暑いけど乾いた空気に、異国の地に来たのだと妙に感慨深い朝だった。バルバ助教せんせいはすでに着替えて、開いた窓から外を眺めていた。


 本当は、引率があっても入学初年度の泊まりがけのフィールドワークは禁止されている。それを「私的な旅行」と押し切って、わざわざ夏休みに『炎の平原』へとやって来たのだ。首謀者バルバ助教は悪びれもせず子供のように楽しそうだ。僕はまだ少し後ろめたい。

 「これで新たな発見があれば、ゼミの人数も増えるに違いない!」なんて無邪気に言われれば、確かにそうかもとは思うのだけど。

 ちなみに教授は、別の地に生えるアッケンデーレに似た特徴の木が本当にそうなのか確認しに行っていて別行動だ。


 『炎の平原』は立ち入り禁止ではないが、火災発生の多い場所なので、足を踏み入れる際には届け出が推奨されている。推奨であって義務ではないから、面倒臭がって出さない人も多いらしい。バルバ助教がどうしたのか……こうしてテントにいると若干の不安が湧く。

 何しろテントを立てるのにも気を使う場所なのだ。

 昔の火山活動の名残で平原のどこを掘っても、なんなら地表にも焔石ほむらいしが落ちている。クズ石も多いが、鳥や動物が咥えて落としただけでも炎が吹き上がる。それが燃えやすいアッケンデーレに燃え移ったりしたら、調査どころではない。だから、僕たちは比較的平原入口の草地を選んでペグを打ち込んだ。


 本格的な調査は明日になるが、ざっと歩いてみたところ、平原入口側のアッケンデーレの密集度は高くなく、小規模な群生が点在しているという感じだった。火がついて全体が燃えてしまうのを避けるためかもしれない。

 乾燥してひび割れたところもある地面だが、思ったよりは別の植物も見かけた。

 地に咲く黄色い花が目を楽しませてくれるダヒューリカ(他の植物に半寄生する)。

 すこし背の高いのはスマイク。白い花を中心に鳥が羽を広げたような葉を持つ。荒野に咲く美しい花だけれど、毒性が強いのでうっかり触れるのは避けたい。

 ハーブ系の品種もいくつか。サボテンらしいサボテンは見かけないが、多肉植物はいくつか見かけた。

 遠くを見やれば、点在するアッケンデーレの赤い花々が、木々から吹き出す炎のようだった。

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