第21話 こんな俺でも




 次の日の朝。

 俺はいつも通りの時間にいつも通りの道で学校へと登校する。


 気だるげなまなこであくびを一つ。

 何とも眠い朝だ。


 それでも、教室に入るのが楽しみな俺がそこにいた。

 それはきっと話したいことがあったからだ。

 少し前では考えられなかったのに、俺も変わったものだな。


 俺はいつも通り前の扉から教室に入り、挨拶をするため小鳥遊さんを見る。


 だけど......


 クラスに入った瞬間何だか嫌な違和感を感じた。

 クラス中の生徒がどこかざわざわしているといった感じだろうか。


 小鳥遊さんに関してはいつもの凛とした姿勢はどこにいったのか何とも覇気がない。


 何だ......?


 俺が驚き立ちすくんでいる時、こちらに視線を送る楽人と目が合った。

 俺は楽人のアイコンタクトに導かれるように自分の席を目指す。


 その途中、


『まさか小鳥遊さんが......』『そんな事するはずないだろ? でもなぁ......』『写真だってあるし、案外......』


 などという言葉が聞こえてきた。

 その言葉に俺の心臓が悪い意味で早まるのが分かった。


 俺は席に着く。

 着いてすぐに楽人に話しかける。


「楽人、何があったんだ」


「今日の朝、オープンチャットでちょっとな......」


 そう言われ楽人にオープンチャットの履歴を見せられる。

 俺はそれを最初から最後まで目をとおして──


 信じられないほどに困惑──激怒した。


「何だ......これは......?」


 その中に書かれていたのは小鳥遊さんに対する誹謗中傷の嵐だった。そのどれもこれもがでっち上げの嘘ばかりで見るだけで非常に気分を害する。

 普通ならばこんな虚言誰も信じるはずがない。


 だけど......


「ふざけてる......」


 そのメッセージと共に添付されていたのは彼女の写真だった。

 それはまともに撮ったものではない。多分だが、彼女に隠れて──盗撮されたであろうそんな胸糞悪いものだった。

 そんなふざけた言葉と写真も相まって、一部の生徒に悪い誤解が生じているようだった。


「誰だこんなふざけた真似をした奴は......?」


「メッセージを送ったのは......」


 俺は楽人の視線をなぞり、一人の人物を見つける。

 そいつはざわつく教室の中、満足そうにニヤついた顔を晒していた。


「......白井だと思う」


「そうか」


「玲二、俺もこれは悪質な悪戯だと分かっている。だから今から白井の────って玲二!?」


「楽人。止めてくれるなよ」


 俺は楽人の言葉を遮り、席を立つ。

 俺はもう自分を制御できないくらいにはらわたが煮えくり返っていた。


 教室の視線を集めているのが分かる。

 だけど、そんなもの関係ない。


 俺は白井の前に立つ。

 そして、そのふざけた表情に問いかけた。


「こんなふざけた事をしたのはお前か......?」


「ふざけた事~?」


「惚けんな。お前だろ小鳥遊さんの嘘を書き込んだのは」


「嘘? 俺は本当の事を書き込んだだけだ。それに嘘じゃないって証拠なんてないだろ?」


 そんなナメた言葉を吐いて白井は認めようとはしない。


 俺は拳に血が滲むほど力を入れ、語りかける。


「恥をかかされたからか......?」


「あ?」


「彼女にフラれたからか......?」


「てめぇ......」


「何でお前は人の気持ちを考えられないだよ!? こんなダサイ事してんじゃね── 」


「うるせぇ!!」


 直後、俺は白井に殴り飛ばされる。

 机を何個も薙ぎ倒し、俺は地面に転がった。


「────玲二っ!!」


 視界の端には俺を助けるために駆けつけた楽人の姿が映る。


 でも......


「来るな楽人!!」


 俺は楽人を手で制し、それを許可しない。


 俺は痛む頬を押さえて立ち上がる。

 頭がくらくらしてまともに姿勢を保てやしない。

 口の中は血の味が酷く不快で、口内がかなり切れている事が分かる。

 それに背中、腰、足、身体中が痛い。


 白井に一撃を食らっただけでこのざまだった。


 ここで楽人が手を貸してくれれば白井に勝てるかもしれない。


 でもそんなんじゃ意味がない。


 こいつはきっと楽人の参戦を理由にして自分を正当化するだろう。

 自分よりも相手が強かったから。そう言ってまた同じことを繰り返すだろう。


 それじゃダメなんだ。


 それに元はと言えば俺の責任でもあるんだ。

 俺が消極的で、そんな俺のために小鳥遊さんが怒って、それで......


 だから譲れない。譲ってやれない。俺はこいつが罪を認めるまで倒れてはやれない。


「......っ!」


「どうした~雑魚が?」


「......全然効かねぇな」


「あ?」


「白井、お前弱いんじゃないか?」


「──っ!」


 俺の挑発で怒りを露にする白井。

 そんな風に白井は一瞬熱くなったが、すぐにニヤついた顔をして俺に話しかける。


「そうか、お前そうなんだろ?」


「何が......?」


「お前、小鳥遊さんにイイ事してもらったんだろ?」


「......は?」


「最近よく話してたもんなぁ! 可笑しいと思ったんだよ。どうせお金を渡してたんだろ?」


 こいつは............


「良いなぁ! 俺もお金でイイ事してもらえば良かったなぁ!?」


 ............何を言っている?


 こいつはその言葉が彼女をどれだけ傷つけるのか分かっているのか?


 どれだけ彼女が悲しんでいるのか本当に分からないのか?


 小鳥遊さんがどれだけ今頑張っていて──これからだったんだ。彼女が前を向こうと決心して、これからだったのに。


 それをどれだけ台無しにしたのかお前は............分かってないのか?



「......っ......」


 そんな中ふとすすり泣く声が聞こえた。


 それは俺達を囲む大衆の中から聞こえた。

 どこか懐かしいような最近ずっと聞いていたような。



 それは押し殺したような泣き声だった。



 だから俺は気になって反射的に見てしまう。



 瞬間──見つけてしまう。



 最近仲良くなれた少女──小鳥遊さんの姿を。



 彼女の身体は震え、そこにいたのは完璧な人間なんかじゃなくて、ただ一人の少女で。



 彼女は泣いていたんだ。目を真っ赤にして。



 今まで見たことないような悲しい顔をして。



 俺はそんな彼女と目が合う。いや、合ってしまう。



 その刹那、彼女は鈴のような声で



「......ごめんね......れい君っ......」



 と涙を流したんだ。



「............っ!」



 その瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れ落ちた。



「お前は雑魚だからなぁ?」



「ふざけんな......」



 俺は白井を睨み付ける。

 にへらと嘲笑うその汚顔を。



「クソ陰キャだからなぁ!?」



「黙れよ......」



 俺はふらつく足取りで白井に近づく。



 学校のペナルティ......?

 それがどうした。


 停学するかもしれない......?

 だからなんだ。


 俺じゃ白井に勝てない......!?

 どうでもいい。ふざけんな。そんなもの糞食らえ!!



「どうせお前はやり返せないもんなぁ!?」



 あぁ、そうだ。

 俺は陰キャで雑魚でコミュ障でダメダメな奴だ。自分がどんだけ苛められようがやり返せないヘタレだよ。


 だけど、自分が正しいと信じること──己の信念は譲れない。他人の痛みが分からない奴を俺は許してはおけない。



 小鳥遊さんが泣いている。



 悪くないのに、心を痛めているのに俺に謝って。



 それだけは許せない。許しちゃいけない。



 俺は白井を──このクソ野郎を絶対に許せない。



 だから俺は────










「何してくれてんだよクソ野郎オオオオオオオオオオオオオォォーーーーー!!!!」









 ──力の赴くままにクソ野郎を殴り飛ばした。

 


 










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