第20話「いつから狙ってた?」


「そぉ~れっ! ケイト! そっち行ったよ~!」


 麓山のレシーブが高く上がり、ビニールボールが慧斗の頭上に落ちて行く。

 半身が水に浸かっているため動きにくく、慧斗は後ろに下がりながらボールを返す。


「っと! あっ、綺羅星さん! 悪い!」


 しかし手元が狂ったか、ボールは砕華から三メートル右に離れた場所へ飛んでいく。


「おけまる水産っ!」


 謎の掛け声とともに砕華は素早く移動し、水面から飛び上がって鋭いスパイクを繰り出した。


「くっ! させるか――がぼぼぼっ!?」


 前方の水面へ叩きこまれるボールをレシーブすべく、俺はヘッドスライディングで飛び込んむ。

 しかし、むなしくも手は空を切り、そのまま俺は顔面から水に突っ込んだ。

 溺れないようすぐさま水から顔を上げると、目の前にはボールが水面を漂っていた。


 一方、スパイクを打った砕華は体勢も崩さず、顔は一切濡れていない。

 そして俺に向かって得意げにピースサインを作り、ニカッと笑う。


 そんな砕華の見事な動きに、慧斗と麓山が絶賛の声を上げた。


「キラっち~! すっご~い!」


「綺羅星さんって運動神経良いんだな。なんかプロのバレーボール選手みたいだったな」


「そう? これくらい楽勝だし」


 実際、砕華のポテンシャルなら先程の動きぐらいは楽勝だろうが、褒められてまんざらでもないらしい。頬が少し赤く見える。

 一方、肩で息をする俺に気付いた慧斗が俺の肩にポンと手を置いた。


「衛士、大丈夫か?」


「死ぬかと思った……砕華のやつ、全部俺の方にスパイクしてきやがって……」


 男子対女子のチーム分けで始めた水中バレーボールは、はじめこそ俺達男子側が優勢と思われていた。

 だが砕華が力加減を理解し始めると、途端にワンサイドゲームと化した。


 なにせ砕華がどんなボールでも拾い、どんなパスでも受け止めて全て鋭いスパイクに変え、そしてそれら全てが、なぜか俺の方へ飛んで来るのだ。

 最初は必死に食らい付いていたが、さすがに十五回もやるともうヘトヘトだ。

 気兼ねなく打ち込めるという意味で俺が一番狙いやすいのだろうが、さすがにもう勘弁してほしい。


「ちょ、ちょっと……休憩……」


 バテた俺はプールサイドに上がり、仰向けに寝そべる。

 すると砕華もプールサイドに上がって来て、膝立ちで俺の顔を覗き込んで来る。


「ゴメン、ちょっとやりすぎたし。大丈夫?」


 白銀の髪が水に濡れてきらめき、水を弾く砕華の小麦色の肌が光を照り返す宝石の様に輝いている。

 加えて、いつもより艶っぽく見える砕華の表情に、大胆に開いた胸元から覗く魅惑的な谷間。

 それらが目に入った瞬間、俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じて、咄嗟に視線を逸らした。


「大丈夫。でも、少し休憩させてほしい」


「アマエイ、もうへばったんか~? 仕方ないなぁ。じゃあ次どうしよっか?」


 からからと笑う麓山が砕華達に意見を求めると、砕華がスッと手を挙げた。


「アタシ、スライダー乗りたい」


「お、いいね~! 私も行く~! ケイトはどうする?」


「俺もここで衛士と休憩してるわ。あのスライダー、たしか二人乗りだったはずだし。あぶれて一人で乗るのヤダ」


「オッケ~。じゃ、私とキラっちはスライダー行ってくるね~」


「またあとでね、衛士」


「ああ。楽しんできて」


 砕華と麓山は手を繋ぎ、和気あいあいとウォータースライダーの方へ駆けて行った。

 どうやら砕華と麓山はすっかり友達になったようだ。

 麓山は気のいい奴なので、今後とも仲良くしてやってほしいものである。


 こうして、むさくるしい男二人だけが人工の波打ち際に残された。


「慧斗、なんで砕華たちと一緒に行かなかったんだ?」


「ん? まぁ、女子は女子同士、男子は男子同士で積もる話があるだろうって思ってさ」


 なるほど、慧斗なりに気を遣ったらしい。本当によく気が回る男だ。

 ただ、慧斗の魂胆は見え透いている。


「で、何が聞きたいんだ?」


「おっ! 質問させてくれんの?」


「そのために残ったんだろ? 分かるよ」


「さすが」


 慧斗は楽しそうに笑う。

 慧斗が残った理由は、俺と砕華の馴れ初めについて聞きたいからだろうとすぐに分かった。

 さすがに砕華と麓山の前で語るのははばかられるが、慧斗だけなら気が軽い。


「そうだなぁ、まずは……綺羅星さんのどこら辺が好き?」


「気持ちいいくらいの直球だな。何個言えばいい?」


「下手するとのろけ話になりそうだから、とりあえず一つで」


「一つか……ああ見えて実はかなり誠実なところ」


「おっ、そりゃギャップだな。てっきりけっこう遊んでるかと思ってた」


「だよな。でも超いい子。あと初心でめっちゃ可愛い」


「マジか」


 俺も最初は外見通りのギャルなのかと思っていたが、実際の砕華はギャルっぽい言動に反してとても真面目だ。

 しかもあの母親綺羅星 彩華がいるので、夜遊びなどしていないことも知っている。


「それで、どっちから告ったんだ?」


「俺から」


「だろうな」


「なんだよ、それ。砕華から俺に告白するのはあり得ないってか?」


 自嘲気味に笑うと、「そうじゃない」と即座に否定された。


「お前なら絶対自分から告ったんだろうな、って思ったからさ。そういうチャンスとか、見逃さない性格だろ? 衛士って」


「そんなしたたかなイメージか? 俺って」


「強かっていうか……普段は誰かのために動いてるけど、ここぞって時のチャンスは絶対逃さないっていうオーラ? みたいな。そういう雰囲気を感じる時があるんだよ」


「……自分じゃ、あまりよく分からないな」


 そう答えつつ、俺は慧斗から視線を逸らした。

 俺の内側を見透かすかのような不思議な感じがしたからだ。

 たとえ友人にだって、理解されたくないものがある。


「まぁでも、うちのクラスで彼女作るとは思わなかったな! 正直、あの中で衛士の良さが分かるやつは千裕以外にいないって思ってたし」


「しかも毎日叫んでたしな……俺……」


「それな」


 今思い返すと、なんとも笑える光景であり、頭を抱えたい気分だ。

 なぜ俺はあんな馬鹿なことをやっていたんだと。

 いや、もはやあれは過去の話。失敗は次に生かそう。


 ……さて、ここまで俺の回答に嘘はない。


 俺は砕華が好きだ。

 秘密を守るための取引とはいえ、俺の嘘に付き合ってくれて、初めての彼女を演じてくれている。

 甲斐甲斐しく、献身的で、とてもいい子だ。


 だからこそ俺の心は、今朝見た夢という名の記憶の棘に突き刺されてひどく痛む。


「それで、ぶっちゃけいつから狙ってた?」


「いつから? あー……」


 続けて慧斗が質問を投げて来たので、俺はちょうどいい回答を探す。


「いつからだったかな……あれ……?」


 ところが、なぜだか思考がまとまらなくなった。

 おかしいな。


「衛士?」


 俺は、いつから砕華を狙っていたのだろうか?


 確か流星高校に入学してすぐ……いや、もっと前だ。

 確かバリアントにいた頃――。


 いや、待て。おかしい。


 狙ってた?という質問の意味は「いつから彼女にしたいと思っていたか」という意味のはずだ。

 ならばそれは、砕華がメテオキックであることを知ったあの日、砕華の秘密を守る代わりに彼女(仮)になってもらおうと思い付いた時だ。

 それまで俺の中には、砕華を彼女にしようという選択肢はなかったはず。


 はずなのに、俺はなぜかもっと前から砕華のことをように感じている。

 だがそれはあり得ない。


 俺が砕華のことを知ったのは流星高校に入った後だ。

 メテオキックのことは知っていたが、その正体までは知らなかった。スペクターから知らされていなかったはずだ。


 いや、違うのか?

 俺は、本当は知らされていたのか?

 ならば、なぜ俺はそのことを覚えていない?


 記憶に欠落があるのか?

 分からない。思い出せ。


 俺はいつから砕華のことを知っていた?






 ――俺は、いつから


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