第8話「ブッ飛ばすって決めた」


 綺羅星の表情からして、父親に対する嫌悪が偽りではないことが分かる。

 どうやら相当嫌いらしい。


「ホンッッットウザイのアイツ!」


 綺羅星は壊さないくらいの強さでテーブルを叩いた。


「アタシが中学校に行きたいって言ってもゼッタイダメだって行かせてくんなかったし! アタシの服装にもいちいち文句つけるし! とにかくうるさいの! 洗濯も分けてって言ったのにさ! あーもう! 今思い出してもホントムカつく!」


「そ、そうか」


 思っていたよりも一般的な父と娘の確執だった。

 悪の組織の親玉といえども、娘との接し方に悩むのはどこの父親も変わらないらしい。

 父親への鬱憤を吐き終えた綺羅星は、ほんの少し晴れやかな表情を浮かべた。


「ふう。なんかちょっとスッキリした。ま、普段からそんな感じの中でママが出て行くって言ったから、アタシもママと一緒に出て行ったの。でもパパはそのあともバリアンビーストで東京の人達に危害を加え続けて、ママは犠牲になった人たちを見るたびに何度も泣いてた」


「優しい人なんだな」


「うん。いつもはけっこう厳しいけど、優しいよ、ママは。でもアイツ、アタシにだけは戻って来いって言ったんだ。まるでママなんてどうでもいいみたいな。アタシが一番怒ってんのはそれ。アタシどうしても許せなくって、だから――」


 綺羅星は拳を作って見せる。


「ブッ飛ばすって決めた」


 綺羅星の瞳には煌々と燃え盛る炎が灯っていた。

 きっとそれこそが、綺羅星がメテオキックとして活動するための原動力なのだろう。

 母の涙を拭うため、ろくでもない父を殴る。

 なんとも母親想いのギャルだ。


 もっともメテオキックのパンチ力で殴られれば、あのスペクター・バリアントとてひとたまりもないだろう。


「でもまぁ、時間を守ってるあたり、ちょっとは反省してるのかもしんないけどさ」


「時間?」


「うん。ヒーロー活動始めたばかりの頃、高校に入ってすぐかな。朝昼夜どの時間にもビーストを暴れさせるからその度にアタシが倒しにいくことになるんだけど、さすがに忙しすぎて寝不足になっちゃって。肌は荒れるし、ベンキョーにも支障が出るから、パパに言ったんだ。『放課後以外に活動したら絶交する』って」


「もしかして、バリアンビーストが夕方しか現れない理由って」


「アタシの言ったこと守ってるからだと思う」


「えぇ……」


 スペクター・バリアントに対する印象が一八〇度変わってしまった。

 娘に嫌われたくないがために活動時間を限定する悪の組織なんて、聞いたことがない。


「で、それからは放課後のヒーロー、メテオキックとして活動してるって感じ。みんなを守るついでにパパを殴るためにね」


 綺羅星はウインクをしながら、可愛らしく力こぶを作るポーズをしてみせる。

 俺は可愛らしさとは裏腹の容赦ない彼女の強さを目の当たりにしているので、苦笑いしか出来ない。


 そういえば、メテオキックのあの強さはどこから来ているのだろうか。


「綺羅星は、生まれつきあんなに強いのか?」


「たぶん。アタシもよく知らないんだけどね。アタシの力には『粉砕』っていう名前がついてるんだけど、物心ついた頃からしょっちゅう物壊してたっぽい。そのおかげで今は力扱うのに不自由してないけど」


「あれだけの力だしな。もしかして、スペクター・バリアントは綺羅星の力を利用しようとしたのか?」


「分かんない。けどアタシを取り戻したいのも、そのためかもしんないね」


「それは……」


「心配しなくてもダイジョーブ! アタシがパパのところに行くことなんてゼッタイにあり得ないから。アイツらがどんな手を使って来ようが、一蹴りで砕いてやるし!」


 そう言いながら綺羅星はニッと笑う。

 俺はまたしても苦笑いしかできない。

 なぜなら、もしも東京の守護者たるメテオキックが心変わりでもしてバリアント側に着いてしまえば、奴らを止められる者はいなくなってしまうからだ。


 東京全土を壊滅させることさえ、メテオキック一人いれば事足りるだろう。


 そう考えると、バリアントは綺羅星を最終兵器に据えていたのかもしれない。

 ならばスペクターが綺羅星に戻って来てほしいと願うその想いは果たして愛する娘だからか、それとも強力な兵器としてか。

 本人のみぞ知ることだが、出来れば前者であってほしい。

 少しでもスペクターに人の心があると願いたい。


 なぜだか俺はそう思った。


「アタシの話はだいたいこんな感じ! さ、次は天下原の番!」


「え?」


「アンタが言ったんじゃん、お互いのことを知るべきだって。だから天下原も話してよ」


「ああ、そうだな。うーん……これ、自分のこと話すってなるとちょっと悩むな」


「っしょ? だからアタシも質問したげるよ。そうだなー、まずはぁ」


 楽しそうに悩む綺羅星、対して俺は頭の中で答えの準備をする。

 自分のことを話すのは流星高校に来た日以来だ。


 俺は小さく息を吐く。大丈夫、慧斗達に話したのと同じ内容を話せばいい。

 自然と背筋を伸ばした俺は、綺羅星からの質問を待ち構える。


「天下原ってさ、二年で流星に転入してきたじゃん? その前はどこにいたの?」


「前? 前は、都内の私立高校にいたよ。海雲高校ってとこ」


「ふーん。なんで都内なのに転校したの? あ、前の学校でヤンチャしたとか……?」


 綺羅星は怪訝そうに聞いて来る。

 前の学校でなにか問題を起こしたからやむを得ず転校した、という話が裏にあるかもと彼女は察したのだろう。


 もちろん、そんな背景はない。

 そういう話にしてもいいが色々都合が悪くなりそうなので、首を横に振って否定し、予め用意していた回答を告げる。


「経済的な理由で、学費が安い公立の高校に編入することになったんだ」


「あ……ごめん」


「綺羅星が謝ることじゃないよ。バイト代でなんとか生活出来てるし」


「バイト代? ちょっと待って。天下原、自分で生活費稼いでるの? 親は?」


「あそうか、言ってなかったな」


「?」


 俺はなるべく重い空気にならないよう、笑顔で答える。


「俺、災害孤児だから親はいないんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る