第4話「本気解放!」


「バリアンビースト!?」


 俺達の前に現れたバリアンビーストは黄色い嘴を大きく縦に開き、耳を劈く咆哮を轟かせた。

 鼓膜を震わせる振動が眼前の存在を虚飾ではなく現実だと認識させ、それが間違いなく俺達を脅かす存在であることを確信する。


 バリアンビーストは地球浄化を銘打つバリアントの尖兵であり、その全てが常人では太刀打ち出来ない異形の獣。

 東京の平和を乱し、人々を殺す破壊の権化だ。


 そして倒せるのは、メテオキックだけだ。


「くそっ、なんで学校に……!」


 大抵、奴らは都心や人が多い場所に現れるはずなのだが、今回はどうしてか俺達の学校に現れた。

 理由は色々考えられるが、まずは目の前の怪物から逃げることが先決だ。

 大丈夫。いつかこうなることを想定して心構えだけはしてきた。

 防災訓練の発展形だと思え。

 

 逃げる方法は二つ。

 窓から飛び降りるか、ビーストの横をすり抜けて扉から逃げるかだ。

 前者はすぐ教室の外へ出られるが、四階から飛び降りて無事でいられるかどうかは怪しい。

 後者は廊下の狭さや教室を使って撒くことが出来そうだが、扉はビーストの背後。

 そもそもこの空間を脱出できるかどうかすら怪しい。


 どちらが生存の可能性が高いか。考えろ。考えろ。考えろ。


 脳をフル回転させていると、隣にいた綺羅星がその場ですっくと立ち上がった。

 そして何を思ったか、綺羅星は俺を庇う様に一歩前に出て、こちらを睨むバリアンビーストと正面から対峙したのだった。


 俺は綺羅星の行動が信じられず、完全に呆けていた。


「き、綺羅星? なにして……」


「天下原、アンタは早く逃げて。こいつはアタシがどうにかする」


「はぁ!? 何言ってんだよ!」 


 またしても綺羅星の予想外の言動に思わず叫んでしまう。

 だが綺羅星は意に介さない。

 綺羅星の立ち姿は堂々たるもので、そこに恐怖の色は全く見えず、彼女は眼前の脅威をまっすぐ見据えていた。


 本気でこの状況を自分の力で打破しようとしているのだ。

 ただの女子高生にはない度胸だ。


 しかし、気持ちだけでどうにか出来るほどバリアンビーストは優しくない。

 俺はすぐさま綺羅星の手を掴んだ。


「一緒に逃げるぞ!」


「ちょ!? だ、大丈夫だから! アタシのことはいいから、早く――」


「いいわけあるかっ! っていうか綺羅星の方こそ先に逃げろ!」


『フシュゥ~、クルァッ! クルァッ!』


 ビーストは長い尾を床に叩きつけ、これから襲わんとばかりに口を開いて俺達を威嚇している。

 すぐにでも襲い掛かってきそうだ。言い争っている場合じゃない。

 とにかく綺羅星だけでもここから逃がさなければ。


 目の前で誰かが傷つくのは、もう見たくない。


「~~! ああもうメンドクサイなぁ! 天下原! 危ないからあっちにいて!」


「え、ぐおっ!?」


 突如、俺の体に衝撃が走り、体が宙を舞った。


 それはまるでフットボーラーに突進された様な衝撃であり、そのまま俺の体は数メートル弾き飛ばされて教室の端に転がる。

 着地した瞬間になんとか受け身を取りつつ、素早く体を起こして綺羅星の方を見やる。

 おそらく綺羅星に押し飛ばされたのだろうが、どちらかといえば華奢な彼女からは信じられない力だった。


 だが次に俺が目にしたものは、それ以上の衝撃だった。


 なんと、綺羅星の全身が金色の光で輝いていたのだ!


 そして鋭利になった藍色の瞳はバリアンビーストを捉え、綺羅星は右手首に巻いたスマホウォッチの様なブレスレットを顔の前にかざした。




本気解放マジモード!」




 綺羅星が左手でブレスレットの表面を叩いた瞬間、彼女の全身が眩い光に包まれ、形を変えていく。

 腕や肩、脚や背中など全身の各部が倍以上の大きさに膨れ上がり、背丈は二メートルを超えた。

 やがて光が拡散するように消失すると、そこにあったはずのJKギャルの姿は消えていた。

 代わりに現れたのは、頭にバイザー付きのヘルメットと全身にプロテクターを纏うムキムキマッチョマンの姿だった。

 とても見覚えのあるその姿を目にした俺は、唖然としていた。


 それは、東京の守護者にして、最強の個人。

 バリアンビーストを撃滅するスーパーヒーロー。

 

「バリアンビースト! 貴様ら害獣は、私が粉砕してやる!」


「メ、メ、メ、メテオキック!?」


 バリアンビーストを指差して決め台詞を言い放ったその巨漢は、間違いなくメテオキックその人だった。


 まさか綺羅星がメテオキックに変身するなんて、俺は夢でも見ているのだろうか?

 それとも幻覚の類だろうか?

 混乱と現実逃避の板挟みにされつつも、ちゃっかり撮影を始めていた手元のスマホ画面を確認すれば、間違いなくメテオキックの姿が映っている。


 つまりこれは現実だ。


 さらに困惑しているのは俺だけではないらしく、メテオキックが現れた途端にビーストが怖気づくかのように後退りをした。

 自分の前に現れた存在が脅威であることを本能で感じ取ったのだろう。


『ウゥゥゥ……クゥルルァーーッ!』


 しかしビーストは翼を大きく広げ、鋭い爪を振りかざしてメテオキックに飛び掛かる。

 それは恐怖に駆られた故の排除行動か、あるいは生存を懸けた決死の強襲か。

 嘴からは涎をまき散らし、双眸は追い詰められた野獣の如く血走っている。


 対して、メテオキックはその場で右足を後ろに下げる。

 それは必殺の一撃を繰り出す構えだ。


流星一蹴シューティング・ワン――シャァッ!」


 メテオキックは灼熱の気迫を纏い、迫り来るビースト目掛けて上段蹴りを繰り出す。

 振り抜いたはずのその蹴りは、軌道が全く見えなかった。


 気付けば、メテオキックはビーストに背を向けている。

 それは既に蹴りを繰り出した後の残心。

 もう動作は終わっているのだと気付いた。


『グゥエアッ!?』


 ――パァン!


 一拍遅れてビーストが悲鳴を上げた直後、破裂音を伴ってビーストの上半身が爆散した。

 目にも止まらぬ速度で放たれたメテオキックの回し蹴りが、驚異的な威力でビーストの上半分を木っ端微塵に砕いたのだ。


 粉砕されたビーストの残骸が青い体液と共に教室に散らばり、残った下半身はゆっくりと後ろに倒れて行く。

 青い血溜まりの上に鳥人の下半身が転がる音を最後に、教室は静寂を取り戻した。


 こうして人類の脅威は突如として現れたスーパーヒーローによって、瞬く間に屠られたのだった。

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