第3話 鴉守り


最近、友人の満寛みちひろを見ていると胸騒ぎがする。

決して、変な気があるとかそういうことではなく。虫の報せに近いような。自分で考えて縁起でもないな。それと同時に、美しい黒色のからすの姿が頭に浮かぶ。何だろう、と思いつつ、鴉の何かをお守りに渡せば良いのかとも直感的に考えた。こういう感覚は、本当に説明しようが無いから困る。

昼休み。

満寛と、学食で焼きそばパンを食べていた。

「今週末の土日、田舎の親戚の家に行く」

満寛の言葉に、胸騒ぎが急に強まった。少し、動悸がする。

「おじいちゃん家とか?」

「いや。父方の遠い親戚。何か亡くなって、身寄りがなかったから、辿って辿ってうちに来たわけ。本当はうちが行かなくても良いんだけど、周りに押し付けられた」

よく分からないけど大変そうだ。胸騒ぎがやばいけど、満寛の家の話はあまり聞かないから、好奇心も強い。満寛は、行くの怠いなと呟いて、パンの残りを口に押し込んだ。

学校帰り。

僕はぶらっと、ファッションビルや商業施設が多いエリアへ向かった。鴉のキーホルダーか何かを探す為だ。あるか分からないけど。賑やかな通りを歩いていると、下の方からカァ、と鳴き声がした。ハッとその方を見ると、鴉がいる。鴉はもう一声鳴くと、その場で羽ばたいた。低空を飛んで、じっと僕を見ている。

「……付いて来い、とか?」

いやいや、そんなまさか。オカルト話の読み過ぎだ。鴉は少し飛んで、僕を振り向く。付いて来るのを待っているみたいに。周りを見渡して、あれ、と思う。いつの間にか人通りが無くなっていた。誰も居ない。夕暮れ時に、鴉と僕だけ。身震いしそうになって、ようやく足を踏み出した。僕がちゃんと付いて来ると分かったのか、鴉はそれからは振り向かずにゆっくり飛んだ。鴉しか見てなかったから、道の詳細はあまり見てないけど、いくらもしない内に神社に着いた。小さいけど、ちゃんと社務所に人がいて、綺麗な場所。鴉は社務所の前に降り立った。どうやらゴールらしい。

そこにはお守りがいくつか並んでいる。何となく見ていると、鴉の根付お守りを見つけた。探しに来てあれだが、本当にあるんだ。僕は迷わずそれを手に取り、社務所の人に渡す。そこにいた初老の男性に、笑って聞かれた。

「ここまで、鴉に案内されて来たでしょう」

「えっ、」

言葉に詰まる僕に、男性は更に笑った。

「鴉に案内されて来た方は、必ず鴉のお守りを求めて帰られますからね。皆さんそうなんですよ」

思わず、足元にいる鴉を見る。鴉は知らん顔でそっぽを向いていた。

「そ、そうなんですか……」

僕は他に何と返せば良いか分からず、何とかお礼だけ伝えて社務所を離れた。もちろんお参りもした。何の看板も無かったから、どんな神様が祀られているのか分からなかったけれど。日が落ち掛けての参拝なのに、不思議と心が落ち着いた。

帰りも鴉が案内してくれて、見慣れた繁華街まで戻って来る。

「ありがとう」

くるりと背を向けた鴉に、自然と言葉が出た。鴉はまた僕をじっと見て、頷くように首を上下させると、あっという間に飛び去る。僕はそれを、夕闇に消えるまで見送った。


次の日。

僕はお守りを手に、今更悩んでいた。満寛はざっくり言うと、オカルトを信じていない。話は聞いてくれるけど。お守りを受け取ってもらえるだろうか。

そもそも、何て言って渡せば良いんだ?

放課後になってもずるずる悩んでいたら、目の前にペットボトルのお茶が置かれた。机の前に、相変わらず不機嫌そうな顔をした満寛が立っている。

「ありがとう」

とりあえずお茶を飲む。

「一日仏頂面で何考えてたんだ?」

「仏頂面だったかなあ」

顔面のことを考える余裕は無かったけど。満寛がため息をつく。僕も考えるのに疲れて来た。

「あのさ。親戚の家に行く時、持って行って欲しい物があるんだけど」

「ん?」

神社で入れてもらった袋ごと、お守りを渡す。満寛にしては珍しく、呆気に取られた顔をしていた。見て良いか聞かれたから、頷いた。

「鴉?」

根付を持つ満寛の顔には、何で?と書いてある。何と説明したものか。僕は少し考えて、結局全部話すことにする。話しながら、何を一番言いたかったかようやく分かった。

「満寛が心配だから。僕の胸騒ぎとか鴉とかは信じなくても良いから、お守りは持って行ってよ」

黙って僕の話を聞いていた満寛は、しばらくして珍しく笑った。今日は満寛の珍しい表情ばかり見る。

「オカルトは信じてないけどな。お前の話を信じないとは言ってないだろ」

全部僕の気休めだ。だけど、胸に安堵感が広がる。

「持ってく。……ありがとな」

「大袈裟かな、やっぱり」

「そしたら来週笑い話にしようぜ」

今度は僕が笑う番だった。


週明け、「これのおかげで助かった」と紐が千切れたお守りと共にとんでもない土産話を満寛から聞かされることになるが、それはまた別の話。




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