サガシモノ

西羽咲 花月

第1話

風が強く吹いていた。



今夜は嵐になりそうだ。



校舎裏にそびえる山は唸り声を上げて木々の葉を揺らしている。



真っ暗な空から我慢しきれなかったように雨粒が落ちて来た。



一粒、ふた粒。



あとは数える暇もなく、バケツの水をひっくり返したような大雨になった。



周囲の音は遮られ、雨粒が地面に叩きつけられる音だけが絶え間なく聞こえて来る。



そんな中校舎の二階に人影があった。



生徒たちはとうに帰った遅い時間。



人影はゆっくり、ゆっくりと左右に揺れていた。



ギッ……ギッ……。



古い木造校舎の柱にロープをくくりつけ、首を吊っている一人の少年。



ギョロリと見開かれた白目はすでにどこも見ていない。



垂れ下がった体に力はなく、廊下には糞尿が広がっていた。



彼がここにいるという微かなキシム音さえも、雨音がかき消していたのだった。


☆☆☆


市立図書館の中は空調がよく聞いていて、自分の部屋にいるよりもずっと快適だった。



「あぁ、涼しいねぇ」



図書館に足を踏み入れた瞬間、友人の金井栞(カナイ シオリ)は目を細めてそう言った。



「ほんと、家にいるよりもずっといい」



あたしと同じ事を考えて口に出したのは、中居渚(ナカイ ナギサ)だった。



2人ともあたしと同じ椿山高校1年2組の生徒で、一番仲がいい子たちだった。



今日は夏休み1日目ということで、先に課題をすべて終わらせてしまうためこうして3人で市立図書館に集まっていた。



「咲紀、あっちに席開いてるよ」



「うん」



あたしは頷いて、栞たちの後に続いた。



あたしの名前は村上咲紀(ムラカミ サキ)。



スレンダーな栞やメリハリ体型の渚に比べれば子供っぽくみられる事が多い。



けれどそれも個性の一つだし、可愛いと言われているのだと思えば嫌な気持ちにはならなかった。



栞と渚の隣に座り、課題を取り出す。



広い図書館の中にはあたしたちと同じような学生の姿が多く見られた。



みんな勉強熱心で感心してしまう。



「早く終わらせて海に行こうね」



課題を始めた直後、栞がそう呟いた。



「そうだね。海とお祭りは必須だよね」



渚も賛同する。



あたしは2人の意見に何度も頷いた。



その2つをコンプリートしなければ夏休みとは呼べない。



「浴衣着る?」



あたしは2人に聞いてみた。



「当たり前でしょ?」



「常識だよね」



やっぱり、そういう返事がきたか。



「実はあたし新しい浴衣買ったんだよね」



あたしはそう言い、白い生地に朝顔の絵が描かれている浴衣を思い出した。



少し地味かもしれないと思ったけれど、白い生地がとても眩しくて可愛く見えたんだ。



「なにそれ、ずるい」



栞がそう言って頬を膨らませた。



「あたしも新しい浴衣買おうかなぁ」



渚はそう呟いた。



さっきから少しも課題は進んでいないけれど、そんな事も気にならない。



3人そろえばどうしてもおしゃべりに花が咲いてしまうのだ。



「よし、じゃぁこの課題が終ったらみんなで浴衣を買いに行こうよ」



栞の提案に渚は目を輝かせた。



「いいね。そうしよう」



そう言うと同時に課題に視線を落とした。



栞もさっきよりも集中して課題に取り組んでいる。



「じゃぁあたしは水着を見ようかな」



すでに浴衣を持っているあたしがそう呟くと、2人同時に「ずるい」と、言われてしまったのだった。



オカルト部


勉強の後にお買い物が待っている。



その効果は絶大で、1時間ほどで今日持ち寄った課題を片付ける事ができてしまった。



わからない所は教えあったり、図書館の本で調べたりできたから余計にスムーズに進んでいったのだ。



「できたね」



こんなに早く課題が終るとは思ってなくて、あたしは目の前のノートを見て目を丸くしていた。



栞と渚も同じように驚いている。



「あたしたちって、実はやればできるんじゃないの?」



栞がそう言い、自分を指さした。



「そうかもしれないね」



渚はそう言い、ニカッと笑う。



答えがあっているかどうかは別として、ここまでできた達成感が体中を支配していた。



この調子で課題を終わらせていけば、一週間くらいですべて終わらせることができそうだ。



その後は夏休みの全部を満喫することができる!



そう思うと居ても立っても居られない。



浴衣や水着だけじゃなくて、山に行くための準備もしておかなくちゃ!



そう思ったときだった、人影が近づいてきて「あれ? 咲紀ちゃん?」と、呼ばれた。



あたしは驚いて振り向き、そして「あ、近藤先輩!」と、目を丸くした。



後ろに立っていたのは2年生の近藤聡(コンドウ サトシ)先輩だ。



背が高くて色黒で、一見スポーツマンタイプな近藤先輩は実はオカルト部という部活に所属していた。



そしてあたしたち3人も、そのオカルト部の部員なのだ。



近藤先輩の顔を見た瞬間、あたしたち3人は顔を見合わせた。



お祭りとか海とか山とかより、もっと行くべき場所があったみたいだ。



「課題やってたのか? 勉強熱心だなぁ」



テーブルの上に出しっぱなしの教科書とノートを見て、近藤先輩はそう言った。



「そんなんじゃないですよ。早く終わらせて夏休みを満喫したいんです」



栞がすかさずそう言った。



「なるほど? で、行く場所は決まったのか?」



近藤先輩はそう聞きながら、あたしたちの前に椅子に座った。



テーブルの上に心霊スポット特集と書かれた雑誌が置かれる。



やっぱり、夏でオカルト部と言えば心霊スポットだよね!



あたしは心の中で何度も頷いた。



生まれてから今まで幽霊なんて1度も見たことがない。



幽霊の存在を信じているかと言われれば返答に困るところで、全く信じていないというワケでもないし、信じているとも言えなかった。

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