Episode.5 始まりの祭典(3)

 シキの露店を後にしてしばらく歩いていると、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う一角にたどり着く。先程バーナードが「そっちはとってもお肉」と言われていた場所である。


「…いい匂い。なんだかお腹が空くわね」


「そうだね。それになんだか…ものすごい熱気」


 その熱気と焼け付くような日差しにあてられてしまったのか、アイラの顔色がほんの少しだけ悪くなる。それを目に止めて、バーナードが案じるように口を開いた。


「…大丈夫か、アイラ?」


「……ちょっと、暑いから…かも。しばらく日陰で休んでてもいい?」


 そんなアイラの言葉に、同い年の友人2人がやや大げさに心配の言葉をかける。


「それってどこかのお店に入らせてもらったほうがいいんじゃないの?大丈夫?」


「というか、今日はもう引き上げたほうが……」


「…大丈夫。ちょっと涼めばまだ行ける」


 アイラがそう言うなら、と言って、3人は日陰にアイラを残して近くの露店を巡り始めた。


 ――しばらく経った頃、アイラのもとに足音が近づいて来る。友人のうち誰かが戻ってきたのだと思って顔を上げたアイラの視界に映り込んだのは、リオレンタの制服とそれを着ている自分よりかなり身長の高い人物が作る影だった。


「その顔、アイラさんだよねぇー?」


 上を向いて影の主を確認しようとした時、聞き覚えのあるねっとりとした声がアイラの耳に届いた。その瞬間に全身が総毛立つのを感じながら、努めて冷静に返事をする。


「………だったら何、クライン」


 クライン・ドリクネス。アイラと同学年であり、何かとアイラをライバル視する人物である。やたらとアイラに突っかかるせいか「クラインがアイラのことを好いている」という噂も流れ、本人もそれを否定していないために学園中にその噂が広まり、アイラは甚だ迷惑していた。


「いや〜、せっかく見つけたから一緒にこの祭りを楽しもうと思ってね」


 アイラはまたこれか、とため息をついた。祭りの前日にも前々日にも同じ誘いを受け、再三断っているのだ。


「悪いけど、今日は友人と一緒に来てるの。邪魔しないでもらってもいい?」


 優しいアイラだが、わざと突き放すような言葉を選ぶ。こうして突き放せば普段は退いてくれるからだ。


 ……だが、今日はいつもと様子が違った。


「そんなこと言ったって、今は誰も一緒にいないだろ?うまいもん奢ってやるからさ……」


 ああ、これはだめだと思って目を閉じた時。少し遠くから女性の声が聞こえてきて再び目を開く。


「あらあら、いただけないわねぇ。格式高いリオレンタの生徒が、同校の生徒にナンパだなんて」


 クラインの後ろに立っていたのは、日傘を差した黒いドレスの女性だった。


「ナンパ?失礼だなぁ。僕はただ『友人』を誘っていただけだよ」


 あくまで食い下がろうとするクライン相手に、その女性はどこまでも冷静に真実を突きつける。


「でもその子、嫌がってるみたいじゃない。それとも、リオレンタはいつの間にか『女の子が嫌がっていても無理やり誘うべきだ』なんて教育がまかり通るようになってしまったのかしら?」


 薄ら笑いすら浮かべた女性のその言葉に、クラインは何も返せず悔しそうな顔を浮かべてその場から離れていった。その時、アイラの瞳が視界の端に映る3人の友人を捉える。


「あら、その顔はお友達が来たのね?…それじゃあお祭り、楽しんでちょうだいね」


 女性はそう言ってくすりと笑うと、白銀の長い髪の毛を揺らして人混みの中へ消えていった。礼を告げることも名前を訊くことも叶わぬまま風のように消えてしまった女性をしばし目で追ったあと、アイラは冷たい飲み物を買ってきてくれた友人の元へ駆け寄る。これを飲んで、お昼を食べに行こう。そんな誘いに頷いたアイラであった。時刻は昼前。祭りフィエスタ・デリシオーサはこれから盛り上がりを増していく。

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