第40話

「……ありゃ蜘蛛の巣か?」


 落下する最中、下に目を向けると巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 俺の身体はそのまま蜘蛛の巣によって受け止められる。


(……身動きが取れないな)


 粘着性の糸はもがけばもがくほど身体に絡まり、俺の動きが大きく制限された。

 なるほど。こうやって獲物を捕まえてんのか。


「ケイさん……っ!」


 冷静に状況を分析していると、アオイの声がした。

 声の方向に目を向けると、そこには糸でグルグル巻きにされた彼女の姿があった。


「アオイ、大丈夫か?」

「私は大丈夫です……それより気をつけてください! すぐにきます!」


 アオイが警告するように叫んだ。


『あら? 自分から飛び込んでくるなんて。クスクス……お馬鹿さんねぇ……』


 嘲笑と共に巣の上を這ってきたのは、やはり魔女蜘蛛アラクネアだ。

 ただし、その見た目は他の個体と大きく異なっていた。

 蜘蛛の半身は通常よりも一回り大きく、毒々しい色味をしていた。

 さらに上半身の人間部分は異形っぽさが抜け、他の魔女蜘蛛アラクネアより美しい見た目をしていた。


(こいつがボス……会話が出来るのか)


 俺は即座に【鑑定眼】を発動させた。


 種族名:女王蜘蛛クイーン・アラクネア

 個体名:〝美しき毒姫〟ラクアナ


 HP:5348 MP:2231

 STR:1422

 VIT:628

 DEX:897

 AGI:1152

 INT:952


「……っ⁉」


 表示された情報を見て、俺は思わず息を飲んだ。

 俺に匹敵する合計ステータスも驚きだが、一番はそこじゃない。

 何より驚きなのは、他と違ってコイツには個体名が存在するという事だ。


「ネームドモンスターだと……⁉」


 これまで倒した魔獣の中で個体名が存在していたのは、たった一匹しかいない。

 その魔獣の名は蒼鰐竜ラギラトスという。そして、この女王蜘蛛クイーン・アラクネアにも同じように個体名がついているのだ。

 つまり、こいつは──正真正銘のネームドモンスターである。


『あら、私の名前を知ってるのね。何かのスキルかしら……。でも残念ね。それを知ったところで、貴方の末路は何も変わらないのだから……うふふ』


 女王蜘蛛クイーン・アラクネア──ラクアナはゆっくりと俺に近づいてくる。

 既に絡め取った獲物だからか、その表情は余裕に満ちていた。


『──クエスト情報が更新されました』


<美しき毒姫>

 受注条件:特定のソウルギアを持つプレイヤーの参加

 達成条件:〝美しき毒姫〟ラクアナの討伐

 報酬:女王蜘蛛クイーン・アラクネアの上銀糸✕5

 説明:欲望の痕跡を得た女王蜘蛛クイーン・アラクネアは、より強く、より美しい肉体を手に入れた。彼女は糸を張り巡らせて獲物を待ち受ける。全ては己の欲望を満たすために。クエスト失敗時、マモンの強化段階が1段階低下します


 クエスト内容がラクアナの討伐に更新された。

 何だ、このクソみたいなクエストは。

 報酬は変わらないのに、クエスト失敗時のペナルティが追加されてんじゃねーか。


『うふふ、怖くて声も出ないのかしら……それとも諦めがついた?』

「ケ、ケイさん……!」


 身動きの取れない俺にラクアナが覆い被さる。

 そして、蜘蛛の下半身から鋭い鋏角を剥き出した。


「勘違いすんな。更新されたクエスト情報を確認してただけだ」

『……?』


 一人盛り上がるラクアナに、俺は淡々と答えた。

 それから続く言葉でスキルを発動させる。


「──【瞬影シャドウブリンク】」


 一瞬でラクアナの頭上へと移動する俺。

 手足を絡め取っていた糸は転移対象に含まれておらず、動きに支障はない。


「【黒欲舞刀フレキスヴァルト】ッ‼」


 俺はマモンを鞘から抜くと、落下しながら振り抜いた。

 いくつもの黒の斬撃が、ラクアナの背中を目掛けて放たれる。


『チッ……瞬間移動ブリンクね……!』


 俺の座標が変わったのを即座に察知したラクアナは、蜘蛛の足で俺の斬撃を弾いた。

 流石はネームドモンスターだ。この程度の攻撃には対応してくるか。


『どろどろに溶かしてあげるッ!』


 ラクアナが蜘蛛側の口腔から緑色の毒液を吐き出した。

 まだ【瞬影】のクールタイムが明けていない俺は、スキルで応戦する事にした。


「【滅雷】ッ!」


 生成した雷球から雷撃を放ち、毒液を焼き焦がした。

 その後、【瞬影】を発動して今度はアオイの元へ転移。彼女を吊す蜘蛛糸を切断すると、そのまま彼女を抱えて地面に着地した。


「少しジッとしててくれ」


 彼女を降ろすと、俺はすかさず刀剣で糸を断ち切った。

 硬化した糸は粘性が無いようで、アオイはすんなりと解放された。


「あ、ありがとうございます……!」

「礼は後で大丈夫だ。それより気をつけろよ。あの女王蜘蛛クイーン・アラクネアはステータスがかなり高い。まともに攻撃を受けると今のアオイのステータスじゃ即死だ」

「……が、頑張ります!」

「いや、無理に戦闘に参加しなくても大丈夫だぞ……?」

「いえ、たとえダメージにならなくても妨害には長けてますから……! それにこれは私のクエストですから……!」


 緊張した表情ではあるが、それでも戦闘に参加する意志を見せるアオイ。


「そうか……なら状態異常多めで頼む。敵対値ヘイトは俺が稼ぐからよ」


 そう返してから、俺は瞬間移動ブリンクでラクアナ近くの岩場へと転移した。


「まずはお家から引きずり落とさないとな──【黒欲舞刀フレキスヴァルト】ッ‼」


 俺はマモンを振るって無数の斬撃を放った。

 ただし、その狙いはラクアナ本体ではない。現状だと攻撃手段が限定されると判断した俺は、まずは彼女が伝う蜘蛛の巣を破壊する事にしたのだ。

 蜘蛛糸にはラクアナほどの耐久力はなく、スキルを使えば切断は容易だった。


『……小賢しい男ねッ!』


 激高したラクアナが毒液を放つが、俺はそれを跳躍して回避した。

 お返しとばかりに【滅雷】を発動させ、さらに追加で巣を焼き払う。

 有機物である糸は可燃性が高く、一度火が付けば燃え広がるのは早かった。


『くっ……⁉』


 巣の崩壊を悟ったラクアナは、咄嗟に跳躍して地面に降り立つ。

 それから忌々しそうな表情を俺に向けた。


『私の巣を……絶対に許さないわよッ』


 そう言い放つ彼女の瞳は、燃え盛る炎を反射してオレンジ色に染まっていた。


『巣を破壊されたラクアナが憤怒しています。彼女の攻撃力と速度が大幅に上昇。攻撃パターンが変化します』


 律儀な事に彼女のパターン変化を告げるシステムログが流れた。

 どうやら巣を破壊してから倒すという攻略法は、事前に盛り込まれていた要素みたいだ。

 正直、これ以上強くなるのは御免だが仕方がない。

 こっちは巣を破壊せずにラクアナに有効打を与えられるようなパーティーじゃないからな。


『死になさい! 【劇毒針ポイズンニードル】ッ!』


 ラクアナの半身に生える蜘蛛の体毛。

 怒りで逆立ったそれを彼女はマシンガンのように撃ち放ってきた。

 俺はそれを回避してから、スキルを発動させつつ彼女に接近を試みた。


「【黒欲烈閃ファヴニル】ッ!」

『甘いわねッ!』


 俺を接近させまいと、ラクアナが口腔から毒液を放った。

 単調な攻撃だったので回避自体は簡単だった。


「は……⁉」


 だが、回避行動に注意を取られた刹那の間にラクアナの姿が視界から消え失せた。


『馬鹿ッ! 上だ!』


 マモンに言われて咄嗟に目を向けると、落下しながら硬い甲殻に包まれた前足をギロチンのように振り上げるラクアナの姿が。その下半身からは糸が伸び、天井へと繋がっていた。

 驚くことに彼女は吐き出した糸を駆使して、瞬時に跳躍していたのだ。


『ズタズタに引き裂いてあげるわッ……!』

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