第32話

 洞窟の内部は、まさにゲームに登場する盗賊のアジトって感じだった。

 壁面には照明が取り付けられ、家具等も置かれている。

 大規模な盗賊団が根城として利用するだけあって、それなりに広さもあった。


 そんな洞窟内を俺とダークネスは突き進んでいく。

 しばらく進むと杯を手元に談笑していたであろう盗賊と遭遇した。

 その人数は3名。全てNPCだ。


「あん? 何だてめぇら──」


 足音で俺たちにすぐ気づいたようだったが、もう遅い。  


「【黒欲舞刀フレキスヴァルト】ッ!」


 俺の放った斬撃が盗賊の男を引き裂いた。

 光の粒子となって昇華していく様を見送る暇もなく、また別の盗賊へと斬りかかった。


「ひっ、なんだ……ぎゃッ⁉」

「げふッ⁉」


 仲間がやられて慌てふためくもう一人を横薙ぎで両断する。

 それと同タイミングでダークネスが最後の一人の胸を不可視の武器で貫いた。


「襲撃だッ‼ お前ら準備しろッ‼」

「急げッ‼ もう中に入り込んでやがるぞッ‼」


 盗賊たちを倒し終えたところで、洞窟の奥からそんな怒声が響き渡った。


「ちっ、もう気付かれたのか。やっぱプレイヤーがいると面倒くせぇ」


 恐らく見張り番をしていたプレイヤーが他の団員に連絡したのだろう。

 死亡したプレイヤーはデスペナルティで一定期間ログインできない。だが別にログインできなくてもメッセージアプリ等で連絡はできるからな。


「結構な数が迫って来ているな。はぁ、いったい何人いるんだよ……」


 洞窟内に響き渡る無数の足音。相当な数がこちらに向かって来ているようだ。

 これまで倒した奴らの事を考えると大して強くはないだろう。


(……無駄にMPを消費させられるのは厄介だな)


 たとえ雑魚でも、流石に多人数が相手ではスキルの使用は避けられない。

 INTステータスが低く、MPが低めの俺にとってはあまり好ましくない状況だ。

 ダークネス曰く、灰の牙にはランカーもいるらしいからな。

 できれば温存しておきたいところだ。


「くふっ、雑魚の相手はボクに任せて……ケイは身を隠して……スキを見て【瞬影】で抜け出せばいいよ……」


 俺の渋い顔を見て何かを察したのか、ダークネスがそんな提案をしてきた。


「……いいのか?」

「うん……ランカーの相手は、ボクよりケイの方が適任だから……」


 確かに先日の試合でマモンを覚醒させた俺のステータスは、彼女より遥かに高い。

 灰の牙にダークネス以上のランカーが所属しているなら賢明な判断だろう。


「わかった……雑魚の相手は頼む」

「くひひっ、任せて……トモダチだから……」


 雑魚の相手を彼女に任せる事にした俺は近くにあった木箱に身を潜めた。

 それから1分も経たないうちに盗賊たちがなだれ込んできた。

 NPCとプレイヤーが混在しているな。そこそこステータスが高い奴も多い。

 パッと見で数えて20人以上はいるが、ここはダークネスを信じるしかない。


(頼んだぜ……【瞬影シャドウブリンク】)


 盗賊たちが全員入ってきたのを見計らって俺はスキルを発動させた。



 ◇

Side:ダークネス


「いたぞッ‼」「取り囲めッ‼」


 松明の火に照らされた洞窟内に佇む黒尽くめの少女。

 その周囲を数十人の男たちが瞬く間に取り囲んだ。


「あははっ、クエストか何かで乗り込んで来たんだろーが残念だったな。ここは俺たち〝灰の牙〟の縄張りだ。金目のモンは全部落としていってもらうぜ」


 灰の牙に属するプレイヤーの一人は、下品な笑みをダークネスに向けた。

 それに続いて他のプレイヤーたちもゲラゲラと笑い出した。


「くひっ……」


 彼らが小馬鹿にするような態度を取るのも無理はない。

 単純な人数差だけ見れば、ダークネスが圧倒的に不利な状況なのだから。


「くひひひっ……」

 

 しかし、そんな圧倒的に不利な状況下でも少女は不気味に笑ってみせた。

 独特な彼女の笑い声に呼応するように背後の空間が揺らいだ。


「何だコイツ、気色悪い笑い方しやがって……」


 薄気味悪い反応をするダークネスを見た盗賊NPCの一人が若干引いたように言う。

 その刹那──が彼の首を刎ねた。

 頭部を失った男は、そのまま光の粒子となって天に昇っていく。


「「……は?」」


 一瞬、何が起きたのか理解できずに男たちは困惑の表情を見せた。


「ぎゃあッ⁉」


 だが、数秒経たずして今度はプレイヤーの一人が胸を刺し貫かれた。

 プレイヤーのため即死する事は無かったが、突如として発生した痛覚フィードバックに苦悶の声を響かせた。


「不可視の攻撃……まさか、この女……〝影剣〟……ッ⁉」

「なんでこんな所に……クソッ‼」


 そこで彼らはようやく気付いた。

 目の前に佇む薄気味悪い少女が、世界の上位100位に入る実力者であると。

 少なくとも雑兵である自分たちでは決して敵わぬ相手であると。


「くひひ、そっか……いつも顔を隠してるからサインを求められなかったんだ……くひっ」


 盗賊たちが血相を変えて武器を構える中、ダークネスは呑気にそんな事を呟いた。

 もはや目の前の男たちは彼女の眼中に無い。

 彼女は今、自分が犯した初歩的なミスを恥じており、その事で頭がいっぱいだ。


 嗚呼、影が薄いのを何とかしたくてPvPを始めたのに。

 そんな単純な事に気付かなかったなんて。すごく恥ずかしい。

 すぐさま頭部用の装備を変えなきゃ。


 そんな嘆きが彼女の思考を埋め尽くしていた。


「戦闘中に何をブツブツ言ってやがるッ‼ 余裕かましてんじゃねーぞ⁉ この陰キャ女ッ」


 仕掛けてくる様子も無く、ただ独り言を呟くダークネス。

 その様子を煽りプレイと捉えたプレイヤーの一人がいきり立った。

 手に持った棍棒を振り上げるが、


「──うるさいなぁ。今、新しい装備の事を考えてるんだから……邪魔しないで」


 ダークネスのそんな言葉と共に男は身体の至るところを貫かれた。

 男が光の粒子となったのを見届けたダークネスは、ため息混じりに呟いた。


「はぁ、面倒だから自律型オートにしよ……」


 彼女が告げると、その背後の空間がまたもや揺らいだ。

 その景色が滲み、歪むと、やがて彼女のソウルギアがその姿を見せる。


 彼女の不可視のソウルギアの正体──それは鎖に繋がれた4つの刃だった。

 それぞれの刃は宙に浮かび、まるで生きているかのように蠢いていた。


「──【影蛇剣ヒュドラ】」

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