第10話

 色々とイレギュラーな出来事はあったものの、無事に初クエストを終えたその翌日。

 朝早くから俺はソウルブレイドにログインしていた。

 アルバイト? んなもん辞めちまったよ。

 あんな薄給で働いてても、俺が借りたブラックマネーは一生返せねぇよ。


 そもそも俺は、このソウルブレイドで稼ぐつもりでマモンに投資したんだ。

 だったらソウルブレイドでしっかり回収しねぇとな。


『着いたぜ。ここが取引所だ』


 そんなわけで自ら背水の陣をいた俺は、街にある大型取引所を訪れた。

 そう、MMO経験者なら感覚的にわかるであろう、あの取引所だ。

 ここはアイテムを登録するだけで、全世界のプレイヤーに向けて販売することができる画期的な施設だ。

 モノが売れた後は、その売上金をNPCから受け取るだけ。NPCを介しているから詐欺の心配もなく、便利なことこの上ない。


『しかしよぉ、アイテムなんて後からまとめて売ればいいじゃねぇか。手に入れる度にここに来るのも面倒だろ』


 不満そうに吐露するマモン。はぁ、こいつは何もわかっちゃいねぇな。

 手元に金が無いことで、昨晩の俺がどれほどの苦渋を味わったか。


「マモン……俺は昨日ウルちんにいくら投げたと思う?」

『……は? いったい何の話をしてるんだ?』

「正解はな、0円だッ‼」

『いや、聞けよ……』


 マモンの呆れ声も厭わず、俺は感情のままに吐露する。


「いいかッ⁉ 昨晩の俺はな、たった1円ですらスパチャできてねぇんだよッ⁉ 1円もだぞ!?」

『お、おう……? と、とりあえず落ち着けよ?』

「これが落ち着いてられるかッ‼ ウルちんが画面の向こうで頑張ってるってのによ……俺は、俺はウルちんに何にもしてやれなかった……‼ ううっ……」


 昨晩の心境を思い返すだけで、自然と涙が零れ落ちた。


「だからよぉ、俺はアイテム売って換金してぇんだ! 昨日スパチャできなかった分、今宵は派手にいかねぇと!」


 そう、俺にはすぐに使える金が必要なのだ。

 今宵、愛しき彼女に捧げる赤スパ用の資金が。


『……こいつは重症だな』


 おい、お前の声はがっつり俺の耳に届いてんだよ。


 ……はぁ、しかたねぇな、全くよ。


 いくら知性があるとはいえ、所詮こいつはただの刀剣。

 人間ほど豊かな感性は持ち合わせてないんだろう。

 ウルちんを推す幸せを理解できないなんて、むしろ可哀想に思えてくるぜ。


『おい、お前。俺様を小馬鹿にしてるだろう⁉ 不愉快な思念を感じたぞ!』

「さぁな。何のことだか。さてと、奪ったアイテムの相場を見るか」


 カタカタと喚くマモンを無視して、俺は館内に設置された掲示板に近付いた。

 専用のインターフェースを操作して過去の取引履歴を表示した。

 なぜ履歴から確認するかというと、入手したアイテムの相場を知るためだ。

 ユーザーが多いゲームは相場の変動が激しいからな。

 常に最新の情報を手に入れた方が良いだろう。


「おぉ……高いじゃねーか」


 まず一番高かったのは『耐熱の外套』だった。

 直近で1200ゴールド前後で取引されているようだ。

 恐らくだが、オプションに【熱耐性】スキルが付いているからだろう。


 このゲームにおける強さはソウルギアに依存している。

 自分のソウルギアに備わっていない能力は、いくら強化しても手に入らない。

 そのため、新たな耐性スキルを獲得できる装飾アイテムは非常に重宝されるのだ。


 次に高いのは『力の指輪』と『背徳の指輪』だ。それぞれSTRとDEXを上昇させるステータス効果を持っていて150ゴールドから200ゴールドで取引されていた。


『得物が決まっている以上、ビルド差別化に繋がる装飾装備は重宝されんのさ』

「なるほどな」


 ちなみに中級強化石は1個50ゴールドほどで売られていた。

 これはソウルギアを強化するのに必要な素材アイテムである。

 ソウルギアの強化がプレイヤーの強さに直結する本作では需要が減らないのだろう。

 その証拠に、過去の取引記録を見ても価格変動がほとんど見受けられない。


「それにしても初日からPKプレイヤーキラーに遭遇したのはラッキーだったぜ。装飾品を全部売れば約1600ゴールド。100ゴールドがリアルマネー換算で1万円だから……16万か。やっぱ先駆者からレアアイテムを奪うのは効率がいいな……うへへへっ!」


 俺の月給とほぼ同じ金額が、たった一日で稼げてしまった。

 仮に15万円を借金返済と生活費に充てたとしても、2万円は残るのだ。

 それを自由に投げ銭に使えると思うと、ニヤケ顔が止まらなかった。


『気持ち悪いヤツだな……くだらないことに金を使うなら俺様に寄越せよ』

じゃねぇ。溶かしてくず鉄にすんぞ」

『目が本気じゃねーか……』

「つか、強化なら中級強化石があるじゃねぇか」


 PK野郎から奪い取った中級強化石は5個。

 リアルマネー換算で2万5千円相当の強化アイテムを手に入れたんだから、使わない手はないだろう。

 そんな俺の考えをあざ笑うかのように、マモンがカチャカチャと震えた。


『アッハッハッ! 何言ってんだ? そんな玩具でこの俺様が強化できるわけないだろう』

「は? どういう事だよ?」

『俺様の強化画面を見てみな』


 マモンに促され、俺はソウルギアの詳細画面から強化のタブを選択する。

 そこに表示されたメッセージを見て俺は絶句した。


『マモンは。追加課金することで、マモンの能力を解放できます。ただし、最低課金額を満たす必要があります』


『最低課金額・・・¥1,000,000』


 ふーん、そうかそうか。

 普通の強化はできないのかー。

 え? たった100万課金すりゃ、素材無しで強化可能?

 わー! 素材収集しなくて楽ちんだー! 便利ー!


「ってなるわけねーだろッ⁉ ふざけんなッ‼」


 怒りのあまり、俺はマモンを床に叩きつけた。


『おい⁉ 俺様を粗雑に扱うんじゃねぇ! 草刈りの件といい……主だからってやっていいことと悪いことがあるだろ⁉』

「うるせー! 文句はお前をクソみたいな仕様にしたシステムAIにでも言え!」


 マモンがガチャガチャと文句を吐いてくるが、文句を言いたいのはこっちだ。

 いくら強くなるつったって、流石に100万はキツすぎるだろ⁉


『ったく、仕方のないヤツだな』

「誰のせいだと思ってんだっ⁉」

「まぁ、これを見ろ」


 憤慨する俺の前にマモンが浮かび上がり、ウインドウが表示された。

 そこには次回の強化で得られる能力について書かれていた。


 次回獲得予定スキル:【貪欲な鉤爪】

 黄金に魅入られし悪竜の加護により、高額報酬クエストの発生率が高まります。

 さらにクエストやドロップでの獲得通貨が二倍になり、魔獣、ダンジョン報酬のレアドロップ率を大幅に上昇します。


「こ、これは……!」


 驚くことに、それはドロップ率に干渉するスキルだった。

 とにかく金を稼ぎたい俺にとっては、喉から手が出るほど欲しいスキル。


 これさえあれば……。

 これさえあれば俺はもっとウルちんに……!


『──また借りてきたらどうだ? どうせすぐに元は取れるんだ。みたいなもんだろ?』


 俺が生唾を飲んだのを見計らって、マモンが刀装具を打ち鳴らした。

『借りれば』『すぐに元は取れる』『実質無課金』

 小気味良い音に混じった甘い言葉の数々が、俺をいけない方向へと誘う。

 それはまるで、悪魔の囁きのようだった。

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