第四幕 死闘

第十八話・新たな武器


「──船が増えてる」


 右江田うえだの言う通り、港には今朝にはなかった漁船が一隻増えていた。しかも、自分たちの乗ってきた小型の自動車運搬船の真横に。このまままっすぐ船まで戻るのは危険だ。


 山頂にいたのは数人の見張りだけ。この島を任された敵方の責任者はいなかった。あの漁船で物資の補給か何かの用事で出掛けていたのだろう。

 一応見張りに許可を得て停泊させてもらっているていだが、問題はそこではない。

 港からも見える山頂の爆発。部外者が島に入った後にこうなった。つまり、地対艦ミサイルを破壊した実行犯が誰か一目瞭然ということだ。


「……とりあえず港から離れたほうがいいわよね」

「わ、分かりました」

「了解です!」


 動揺の隠せない様子の右江田に代わり、三ノ瀬みのせが指示を出し、さとる達はそれに従った。あまりエンジンをふかせないように注意を払いながら車をじわじわと後退させていく。


 堤防や港の敷地付近に人影は見えない。

 いつ漁船が着いたのか。

 何人乗っているのか。

 敵か、ただの釣り人か。

 何も分からない以上警戒する他ない。


 その時、三ノ瀬が声を上げた。



「待って待って。真栄島まえじまさんから電話きた! てか、電波戻ってたんだ〜!」

「マジですか、なんて?」


 先ほどまでは日本全土を覆う大規模な電波障害が発生しており、携帯電話や無線での連絡は取れなくなっていた。これは敵方に本国や本隊との連携をさせないための措置である。

 この島は現在無人で、携帯会社の中継局は機能していない。故に、三ノ瀬が所持しているのは作戦に参加する勧誘員に支給された衛星電話だ。電波障害の影響でずっと使えずにいた。

 何故このタイミングで復旧したかは分からないが、真栄島とコンタクトが取れたことで、全員の不安が少しだけ和らいだ。


「役場跡地の辺りにいるって。あ、切れた」

「三ノ瀬センパイ、どこっすかそれ!」

「分かんなぁい」


 別行動中の真栄島からの連絡に、右江田は心底ホッとしたが、すぐにまた不安げな表情に戻った。島のどこに何があるかまでは把握しておらず、役場跡地の場所が分からないからだ。三ノ瀬も同じだ。

 そこに、ゆきえが声を上げた。


「あの、私、場所分かります」

「うそっ、堂山どうやまさん知ってるの?」

「ええ。全部暗記してますから」


 ゆきえは船にいる間に島の地図を全て暗記していた。それは大まかな道だけではなく、住宅街の建物の配置や小さな抜け道までも。目的地の小学校跡地以外にも、役場や郵便局、商店などは特に正確に覚えている。


「道順、教えてください」

「この道の港を過ぎたところにある交差点を左に折れて直進、その突き当たりです」


 さとるの車が先に出て、他の二台は後ろから付いて走ることになった。しかし、住宅街の中心部にある役場跡地に向かうには港の真ん前を通るルートしかない。

 港付近の道路は開けていて建物などの遮蔽物がない。遠くからでも見つかってしまう。港には倉庫のような建物が幾つもあり、何者かが潜んでいる可能性もある。


「どうせ私たちがいることはバレてるんだし、的にされないよう一気に走り抜けましょ!」

「うわあ……まあ、それしかないですよね」

「分かりました!」


 真栄島と合流するため、三台の車はアクセル全開で走り出した。


 見通しの良い、遮蔽物がほとんどない港の前の通りを三台の車が駆け抜ける。先頭はさとるとゆきえが乗る軽自動車。その後ろに三ノ瀬の軽自動車、最後に右江田と多奈辺たなべが乗るオフロード車が続く。


 港を通り過ぎる直前、連続して発砲音が響いた。狙撃されたようだ。銃弾は全てオフロード車のボディに命中した。

 もう少し走行速度が遅ければ前を走る軽自動車の側面の窓を撃ち抜いていただろう。ドア部分には鉄板が仕込まれているから貫通はしないが、窓は防弾ガラスではない。銃弾が当たれば簡単に砕けてしまう。


 先ほどの狙撃は港側からだった。

 敵がいるのは明らか。しかも、撃った弾は全て命中している。山頂にいた見張りとは違い、無駄に撃ちまくることもなかった。今度の相手は素人ではない。

 ぞっとしながらも、右江田はアクセルを更に踏み込んで加速した。


「とにかく、真栄島さんに指示もらわねーと」

「……」


 焦ったような小さな呟きを、後部座席に座る多奈辺は黙って聞いていた。


 右江田は強面こわもてで身体が大きく、運動能力も高いが、三人の勧誘員達の中では一番年下である。故に上からの指示が無ければ動けない傾向にある。これが普通の仕事ならば『自分で考えろ』と突き放すことも出来るが、このような状況では経験豊富な人間でも冷静に判断することは難しい。仲間の命がかかっているのだから、権限がない者や序列の低い者は自分で決断を下すことを避けたがる。


 多奈辺にも権限はない。単なる協力者の一人。今は自分の車を失い、右江田に乗せてもらっている立場。武器は拳銃一丁、弾はあと四発のみ。山頂では敵が背を向けていたから当てることが出来たが、身を隠して狙撃してくるような相手には分が悪い。

 勝ち目はないと分かっているのに、また撃ちたいという気持ちが湧き上がり、じわじわと思考が染められていく。


「……武器が足りませんよね」

「あ、えっ? そうっすね」


 急に多奈辺から話し掛けられ、右江田は驚いた。

 山頂で車に乗せて以来、多奈辺が口を開いたのは今が初めてだったからだ。


 確かに武器はない。車に積んだ無反動砲ロケットランチャーは撃ってしまったし、手榴弾も使い果たした。もし敵が目の前に現れたとしても、車で突っ込むくらいしか反撃の方法がない。

 運転しながら右江田は頭を悩ませた。そして、何か思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そーいやトランクになんかあった気が……俺には警棒があるからいーやと思って忘れてた」


 それを聞いた多奈辺は後ろを振り返り、座席越しにトランクを覗き込んだ。すると、そこには布に包まれた細長い形状の何かが置かれていた。

 すぐさまシートベルトを外し、座席の背もたれを乗り越えてトランク部分に移動する。


「ちょお、多奈辺さん! 危ないっすよ!」

「すみません、早く確認したくて」

「んも〜勘弁してくださいよぉ……」


 走行中の車内である。突然の行動に右江田は仰天した。バックミラーで後方を見て多奈辺の無事を確認し、大きく息を吐き出す。

 巻かれた布を剥ぐ。気ばかりがいて、指がもつれて上手く出来ない。やっとのことで包まれていたものを取り出せた時、多奈辺は目を細めた。


「これは……」


 布に包まれていたのは少し古びた小銃ライフルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る