第四夜 『 呪詛共鳴 前編 』


 

 「 お前なんか死んでしまえ 」


 

 それは小学生でもわかる言ってはいけない言葉。


 その言葉が6年2組の担任の先生の机に書いてあった。



 担任の後藤先生は年配の女性だった。

 明るく、優しい性格で甲高い声が特徴的。

 真面目で丁寧なその授業は少し物足りなさを感じてしまうが、比較的、良い先生の部類だったと思う。

 

 だから、に目をつけられたのだ。

 

 理由はきっと、そんなこと。

 

 無邪気で残酷な――。

 子供の悪戯。

 

 その日以来、後藤先生は病欠となった。


 

 このクラスの女子にはいじめがある。

 

 創立63年の古びた四階建ての校舎。

 その四階、一番奥の閉鎖的な教室。

 暗く淀んだ空気が教室中を包みこむ。


 証拠はない……。

 

 だが、クラス全員が薄々、誰がやったのかを知っていた。

 それは女子の派閥、そのリーダー格の  が中心となり、クラス全体に共鳴していた。


 

 次の日の朝。

 突然、学年主任の上田先生が入ってくる。

 この先生は屈強な体育の男性教師で、生徒達からは”体操ゴリラ”というあだ名で忌み嫌われている存在。


 その怒気を帯びた声で粛々と朝礼を進ませていた。

 事の経緯、真相については一切触れない。

 

 しかし、クラスの皆が雰囲気で、それを察して――黙る。

 

 なぜなら、来週には修学旅行が控えているからだった。


 

 栃木県への一泊二日の修学旅行。

 その班決めは最悪だった。

 女子の派閥から溢れた私は、同じ境遇の者達と班を組むこととなった。

 

 その中に一人。

 

「うわぁ、……。」


 細身で長い黒髪が印象的な大人しそうな子。

 ……さんがいた。


 重野さんは普段から一人でいることの多い子で、友達のいない私と同類。

 昼休み時間は図書室で過ごすことが多い。

 委員会も図書委員に所属していて本好きなんだろうというくらいの印象だった。


 クラスの席順は離れていて、話したことはない……。


 では、なぜ私が彼女に嫌悪感を抱くのか?

 

 それは彼女の境遇、席順に問題があるのだ。


 幸いなことに私の席は教壇から見て一番奥の窓際。

 学校での私の視線は窓の外と机を行ったり来たりするだけの蚊帳の外の日常。


 ところが……。

 

 重野さんの席は――あの 薄井 の隣。

 

 しかも、四方八方に派閥の子に囲まれ、飛び交う会話の邪魔になっていた。


 そんな中を彼女はただ、空気のように読書をする。


 傍から見たら地獄絵図。


 そんな日々の中、次の標的になるのは時間の問題だった。


 最初は消しゴムのカスを投げられるくらいの軽い、ちょっかいだった。

 彼女もこのくらいだったら、と我慢をしていたのだと思う。

 

 しかし、彼女達は徐々にエスカレートする。

 

 ある日には、机に。

 また、ある日は教科書に。

 

 大きく書かれた「死ね」の文字。


 重野さんはそれでも耐え続け、何食わぬ顔していた。

 クラスもそれを見て見ぬふり、傍観者を決め込んでいたのだった。

 

 

 修学旅行旅行の当日、私はバスに乗り込む。


 今回の修学旅行には校長先生も同行することとなっていた。

 それだけでこのクラスの異変、異常が教師にも伝わっているのが分かる。


 車内、座席を確認し座ると……。

 重野さんが隣に座ってきて、黙ったまま本を開く。

 

 私もいつものように窓の外、流れる風景を眺めていた。

 

 発車したバスがどんどん都会から離れていき、次第に緑が多くなっていく……。

 

 そんな中。

 

「ん!」

 

 と、突然、重野さんがお菓子を渡してきた。

 

 これは、……友好の証なのだろうか……?

 それとも……修学旅行くらいは穏便に過ごしたいの……かな?

 

「……ありがとう……」

 

 と、私は戸惑いながらもお菓子を受け取り、お礼をした。

 

「……」

 

「……」

 

 そうして、会話もそこそこに、彼女はいつもの読書の世界へと戻っていったのだった。


 

 修学旅行は問題なく、進んでいく。

 栃木県の様々な観光地を巡り――。

 

 その後は、日光東照宮で班ごとの自由行動。

 

 その途中、私は妙な心の変化が感じていた。

 

 なんだろう……?

 肩の荷が下りたような?

 不思議な安息感がある。

 

「ねぇ、今度はこっち!みてみましょう!」

 

 班の一人が楽しそうに声を掛ける。

 それは、普段の教室とは違う、表情。

 

 その変化は私だけではなかったのであった。

 

 境内は雲一つない、青空が広がる。

 神聖な社殿や装飾の数々がより鮮明に輝いて視えていた。

 

 そんな空気の中……。

 

「あっ……」

 

 台無しになる出来事。

 

 それは 薄井 の班と鉢合わせてしまったことだった。


 彼女達には……。


 陽気に浮かれているゴミ共(私達)!

 癪に障る……。


 そのように映ったのだろう。

 

 そんな表情していた。


 咄嗟にそれを察した重野さんが……。

 

「今度は宝物館のほうに行ってみましょう」

 

 と遮るように声を掛け、皆それに静かに同意した。


 私達は睨み付ける彼女の視線を背に、足早に退散する。


 それが火に油を注ぐ行為だと……。

 

 この時は気付けなかった。

 


 自由時間が終わり、宿泊施設に入る。

 そして、夕食を済ませた生徒一同は再び、バスに乗ることとなった。

 

 何をするんだろう……。

 

 生徒一同が、ざわざわと疑問を口にしていた。

 それは旅のしおりに書かれていない日程。


 肝試し――。

 それは、校長先生の粋な計らい、提案だった。

 今にして思えば、このクラスの事情を思い、良かれとやった――余興だった、と思う。


 バスは『K滝』と云う場所で停車。

 そこは全国でも有名な自殺名所だった。

 

 ルールは男女二人一組で遊歩道の階段を、ただ降りて、帰ってくる。

 そんなくだらない内容……。

 

 そして、バス内でくじ引きの結果――。


 えっ……!?


 私と重野さんがペアになった。


 そう、このクラスの男女の割合は男16人:女18人。


 当然、一組だけ女子と女子のペアが生まれる。


 ここでもか……。


 余りもの同士の似た者同士。


 まあ、あの 薄井 じゃないだけ、ましか……と。

 

 そうして、6年2組の肝試しがスタートする。


 一組、また一組と時間を置いて遊歩道へ入っていく。


 暗闇の中で先発組の絶叫だけが木霊していた。


 それはもう、「キャーキャー」と。


 なにもないはずなのに、何故こんなに盛り上がっているのか、というと……。


 それは、このスタート地点に付き添いでいるはずの校長先生がいないこと。

 それが――その答えだった。


「楽しんでんなぁ……。」


 次々と悲鳴が上がる。


 ふと、隣の重野さんを見ると……。


 彼女は分かりやすく、怯えていた。


「なーに?怖いの?」


「はぁ、誰が!」


 強がる彼女だったが、悲鳴が上がる度、ビクッと背中を震わせる。


 可愛いところあるな……、重野さん……、いや、みきちゃんは……。


 私は何だか少し、楽しくなっていた。


 そうこうしているうちに、次は最期の組――。


 私たちの番。


「どうするー?手でも繋ぐ?」


 と、私が言うと……。


「うっさい!」


 と、一喝されてしまった。

 

 私は緩む口元を隠しながら、遊歩道の階段を降りていく。

 

 すると、そこは……。

 

 薄暗かった入り口付近と違い、無数の黄色い電飾が施され、周囲を煌々と照らしている。

 その光は頑丈な手摺りに伝わって、下まで伸びており、注意しなくても充分、安全に歩けるくらい――明るい。

 

 私達は更に階段を降りていった。


 辺りは。


「ゴオオォォォォォー」


 と、滝の音。

 

 滝の飛沫がその電飾の光と相まって幻想的な風景を映し出す。

 夜霧が薄っすらとかかっていて、本当に妖精でも出て来るじゃないかという雰囲気だった。


 その時――。


 突如、肩を掴まれた――。


 ビクッ と驚き、振り向くと……。


 それは……。


 怖がり具合が頂点に達した。


 重野みきの姿だった。

 

「やっぱり、怖いの?手でも繋ごうかー?」


「……いいから、早く行って!」


 普段のクールな彼女からは想像もつかない反応。

 その可愛い様子をからかいながらも……。

 

 ふざけていた――瞬間。


「……ん?」


 ふと、下を覗くと……。


 あれは……なんだろう?


 暗闇の中に。


 白い……靄……?


 それが……。

 

 伸びてくる。


 そう、暗闇の奥からまっすぐ――。


 こちらへと……。


 伸びてきているのだ。


 だんだんと、はっきりと見えてきて……。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、………………と。


 形を成す。


 あれは……。


 の……。


 ――そう、白い――。


 だ。


 それが……。


 手摺りの隙間をすり抜け……。


 

 ――!!!!!!!!!!?


 

 ――それは重野さんの足首を掴もうとしていた。

 

 その瞬間、私は息を呑んだ。


 掴む。


 その無数の手が。


 掴む。


 その前に。


 私は彼女の手を引いたのだった。


 驚いた表情を見せる、重野さん。

 

 その戸惑う彼女を無視して……。


 私は足早に階段を登っていった。


 その瞬間――。


「――わあ”あぁぁぁぁぁぁ――!」


 と物陰から出てきた……。


 校長先生。


 そのサプライズも無視して、急いで階段を登って行ったのだった。


 その後。息を切らしながら私達は入り口まで無事に戻ってきた。

 私はすぐさま、バスに乗り込み、周囲の暗闇に目を凝らす。

 

 一秒でも早く、この滝から出たかった。


 バスが発車する間、キョロキョロと窓の外を警戒する私の姿は……。

 隣に座る重野さんからしたら、さぞ、様子がおかしかっただろう。


 そして……。

 

 プシュュュュ――――。

 

 と音を立て……。

 バスはその『K滝』から離れて行くのだった。

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