第47話 解放されたモンスターの行く先

 俺から放たれた光が久遠、グラエルに乗っ取られた久遠を包み込んでいく。

 

≪ぐうぅああぁぁ!≫

 

 グラエルが悲鳴を上げる。

 だろうな、俺はグラエルの存在を久遠の中に小さく小さく押しとどめているような状態なのだから。


≪いいのか! 俺様は必ず復活を果たし、久遠こいつの体を今度こそ全て乗っ取るぞォ!≫


 だがそれは、完全に浄化されるわけではない。

 グラエルという存在を出来る限り小さい状態にはするが、それでも久遠の中に残り続ける。


 分かりやすく言うなら、久遠はこれから、劇薬を常にポケットに入れて生活するようなものだろうか。


 これは俺としても本意ではない。

 だが現状、賢者の知識と力は得て間もない俺では、久遠とグラエルを完全に切り離すことは出来ない。


 こいつをどこかに封じておくためには最適な方法であるのは確かだ。

 それに。


「俺は久遠を信頼したからな。あいつは、お前に二度も負ける様な奴じゃない」


 悪魔が餌とするのは人の悪意。

 久遠が精神的に抑えていれば、こいつも復活することはできない。

 

 俺が前世から受け継いだこの賢者の力。

 それを完全にコントロール出来るようになるまでの期間ならば、久遠になら預けていられる。


 次会うのは、俺が完全に浄化できる魔法をコントロール出来るようになった時だ。


「次会った時は、完全に浄化してやるよ」


≪貴様あああぁぁぁ!≫


 悪あがきの叫びを最後に、グラエルは久遠の中に引っ込んだ。

 と同時に、久遠を包んでいたまばゆい光は消え、目は段々と周りの景色に慣れていく。


「……!」


 久遠の体から放たれていた異様なオーラがなくなり、久遠は力が抜けたようにその場でフラつく。


「「久遠!」」


 そこにひかりと二人で駆け寄り、倒れ込む前に久遠を支える。

 俺はすぐさま傷ついた久遠の体に『回復魔法』をかけると、久遠が俺の方を見て話しかけてくる。


「やってくれたんだね、賢人君……」

「ああ、すまなかった。俺の力不足でこうすることしかできなくて」

「なんだよ、僕が頼んだんじゃないか」


 久遠の言葉はどこか弱々しい。

 ダメージは回復したはず。

 つまり、精神的な疲れとった部分が大きいのだろう。


「賢人君が、どうもグラエルの対処に困っていたみたいだったから」

「どこまで見透みすかしてるんだよ」

「転校してきた時から君をずっと見てたから。羨ましくてね」

「男に言われても嬉しくないな」

「ははっ、ひどいな」


 久遠が変なことを言うからだ。

 こいつも、男が好きとかいうあれじゃないと思うし。


「久遠……本当に無事で良かったわ」

「ひかりに手を握られるとはね。これはこの役も悪くないかな」

「はあ。元気ならもう離すわよ」


 そう言うと、ひかりは久遠の手をぱっと離した。

 一応心配してか、肩は貸したままだったけど。


「じゃあとりあえず、任務を終わらせようか」

「そうだな」


 久遠が目を向けた先に、俺とひかりも目を向ける。


「クゥゥゥン……」

 

 『被毛会』がかくまっていたモンスター『フェンリル』。

 任務の内容はこいつの保護。


「なあ久遠。こいつの扱いってどうなると思う」

「……」


 横の凄腕エージェントに尋ねるも、返事は返ってこない。

 予想通りではあった。


「まずは保護される。それからは……研究対象になるとしか」

「だよな」


 研究対象。

 聞こえは良いが、待遇が良いかと言われると素直に首を縦に振る事は出来ない。


 この毛には様々な可能性が考えられるだろうし、エージェントは何も動物愛護団体というわけではない。


 人類の繁栄という正義をかざせば、割となんでも出来てしまう集団。

 俺はまだそんなイメージを持っている。

 

「賢人はどうしたいの?」


 ひかりの質問に、俺は自然に気持ちを吐露していた。


「俺、こいつを飼いたい」

「「……はああっ!?」」


 俺の言葉に、ひかりと久遠はやや反応を遅らせて驚いた。

 

「飼いたいって言ったんだよ」

「ちょっとそれは……どうなのよ、久遠」

「僕に尋ねないでくれよ」


 二人とも反応に困っているようだ。

 “モンスターを飼いたい”、本来ならモンスターを駆逐すべき立場の俺がそんなことを言うのだ、そういう反応にもなるだろう。


 でもさあ。


「こいつ、可愛くない?」

「クゥン」


 白くてふわふわ、もふもふな毛を持ったフェンリル。

 体長はかなり大きいが、恐怖はまるで感じない。


 俺はフェンリルを縛る鎖を全て断ち切り、鳥かごのようなものも破壊する。

 見るだけで痛々しい傷には、『回復魔法』も施してあげた。


「クゥン!」

「ほら可愛い!」


 元々人懐っこいのか、俺が怖い人間ではないと分かってからすぐに飛びついて来た。

 俺がこいつを解放するべく戦っていたのも、ここでずっと見ていてくれただろうしな。


 そんな時、この地下最下層施設の入口から、声がする。


「よくやった」

「「「!」」」


 十、二十……三十まではいかない、エージェントの集団だ。


「!」


 その中には見た事のある人もいる。


「月影さん!」

「君達、本当に無事だったんだね!」


 俺が呼び掛けることで、ひかりのお兄さん、月影さんは駆け寄ってくる。


「ほんといっつも遅いよね」

「こればかりはすまない」


 ひかりの苦言には素直に頭を下げた月影さん。

 

「それで、無事解放したんだね。その子」

「はい」


 月影さんが視線を上げて眺めたのは、もちろんフェンリルだ。


「では、一度こちらに渡して欲しい。色々と調べないといけないこともあるから」

「……あ」


 その言葉に、思わず声が詰まる。

 ふと見上げたフェンリルが、少し悲しそうな・・・・・顔をしていたからだ。


 そうか、お前は……。

 よし、まずは何事も伝えてみることからだ!


「月影さん」

「なんだい?」


 俺は覚悟を決め、月影さん、そして後ろのエージェントにも届くように声に出した。


「俺、こいつを飼いたいんです!」


「「「……」」」 


 一秒後、


「「「はああああっ!?」」」


 月影さん含むエージェントが一斉に声を上げた。

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