第7話 休日アテンション

「ねぇ君たちさ、僕のいない間に一体なにしてたの?」


 マスクを付けてた光善みつよしが、風莉かざりいつきに向けて言う。

 別に風邪を引きずっているわけではないが、病み上がりなので念の為に、マスクは付けているようだ。

 結局、光善は10月31日と11月1日と2日間休んでいた。

 どうせなら今日も休めば、明日は文化の日で休みになるのだが、熱は下がっているのに休むのは罪悪感があったらしい。


「樹さんの家に行ってました」

「え、えっ……ぇ?」

「それは土曜日の話だろ。光善が聞いてるのは昨日と一昨日の──」

「え? 本当に行ったの?」


 光善はメロンパンの袋を開けたところで静止し、手を止めてじっと樹の顔を見た。

 瞬き1つしない眼光。樹も思わず焼きそばパンの袋を開けたところで手を止めた。


「ええ? 僕だって呼ばれたことないのにぃ?」

「別にお前は家に来たいとか全然言ってないだろ」

「それは、樹はあまり人と深く関わらないようにしてそうだか──いや……そうだね」


 光善はそこで何かに納得する。


「こういうふうに、自分が1番だと思って自己満足な気遣いをして、足踏みばっかりしてたら横取りされるのは……王道、ではあるよね」

「何の話」

「ああ、病み上がりにこんな濃厚な破壊が待ってるなんて。苦しいなぁ……捗っちゃうよ」

「お前やべぇよ」

「久屋さんすみません。樹さんを取ってしまって」

「ぐっ……」

「楽しそうだな」


 光善は悶え苦しんでいるが、少しニヤついてるようにも見え、樹は呆れてしまう。

 風莉はよくわかっていない様子で、ゆっくりと弁当を食べている。


「久屋さんは2日も休みましたが、もう大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫だよ。今の方が具合悪いから」

「えっ、それは大丈夫なんですか?」


 その台詞に風莉も心配するが、光善は屈託のない笑顔をしてみせた。

 風莉の頭の上に疑問符が見えるほどの困惑っぷりが見て取れる。

 光善のおかしい趣味について説明する気も起きないので、とりあえず話を戻す。


「昨日も一昨日も特に変わったことはなかったぞ」

「本当に? でもさ──」

「あ、一昨日は2人でハロウィンしてましたよ」

「ほら! やっぱりあるじゃん!」


 風莉の不本意なアシストに頭を抱えた。


「『菓子よこせ』って言われたから買ってやっただけだ」

「語弊がありません? その言い方」

「とにかく、特に変わったことはしてないけど、光善は何が気になってるんだ」


 光善も何か知りたいことがあって質問してきたのだろう。

 その意図を知るべく、これ以上光善が狂う前に話を戻そうとする。


「いや、噂がね」

「噂?」

「君ら2人が付き合ってるんじゃないかって」

「は? なんだそれ」


 樹は怪訝そうな顔をするも、2人が噂されるのも無理はなかった。

 今までの誰とも関わらずにいた風莉に、急に仲が良い男が現れた。

 さらに皆の目から隠れるように、昼休みに人気のない場所で、2人だけで会っている。

 元々噂の絶えない風莉の、新しいネタとなれば、そんな噂が増えるのもおかしくはなかった。

 もしかしたら、一昨日の購買でのやり取りを見ていた人がいたかもしれない。

 あの時のことを思い出すと、樹は背中のあたりが痒くなる。


「そんな話がされているんですね」


 風莉は知らなかったようだが、噂されることも別に気にしていない様子。

 そんなことよりも、という様子で弁当を食べ進める。 


「……俺も知らなかったな」 


 言いつつ、樹の方は知っていた。

 ただ、『俺たち付き合ってるように見えるらしい』なんて、自分から言ったら気持ち悪い気がした。

 なので、知らないふりをした。


「ほんとに? まあいいや」


 光善が問いただそうとしてドキリとしたが、問いただすことに対した意味はないので、光善はスルーした。


「とりあえず現状を見て確認したいんだけどさあ……2人は付き合ってる訳では無い。の?」


 今の2人を見て光善も怪しく思ったのか、改めて確認する。


「ねぇよ」「ないですね」


 2人はほぼ同時に答えた。


「息ピッタリなんだけど」

「事実だし躊躇うことでもないから、そりゃな」

「ああ、そう」


 光善がつまらなそうな反応をして見せる。

 なんなんだこいつ。と、樹はため息をついた。

 風莉は弁当を食べ終わったようで、律儀に「ごちそうさまでした」と両手を合わせる。


「じゃあ1つ提案なんだけどさ、2人はここ以外でも喋らない? 教室とかでさ」

「なんで急に」

「なんでって、樹はイライラしてたじゃん。織咲さんがあることないこと言われてるの」

「それがどうした」


 確かに樹にとって、風莉の噂話はあまり聞いてて気分がいいものではなかった。

 けれども、今は本人が気にしていないというのがわかっている。というのと、風莉は自分が気遣われるのを嫌っている。

 樹が何かするべきなのだろうかと、ちらりと風莉の方に目を配る。

 赤い瞳がじっとこちらを見ていた。


「イライラしてたんですか?」

「えっ、いや……イライラというか、もやもやというか……」


 何故本人の前でバラしたのか、風莉の瞳から逃げるように、再び光善を睨みつけた。


「樹さんは優しいですね」


 その言葉にはどういう意味が込められているのだろう。

 今までの風莉の話を聞いていると、樹は少し警戒してしまう。


「僕としてはさ、織咲さんって結構話やすいし、みんなのイメージとは違う人だなって。だからさ、こういう他愛のない会話でも、皆のいるところでしてたら悪い噂も消えるんじゃないかって」


 光善の言うこともわからなくはない。

 高校の風莉は物静かなで他人を寄せ付けないが、中学の話を聞いているとそうでもないようにも思えてくる。

 実際、樹との会話で詰まるような素振りを見せないあたり、コミュニケーションが苦手という風には見えない。


「別に噂は気にしてませんけど、確かに……」


 顎に手を当てて少し考えた後、樹の顔を見る。


「確かに樹さんとは遠慮なく会話できたらいいかもしれませんね」

「……遠慮してるか?」


 既に大分おかしい距離感でいることに突っ込むべきか、樹は頭を抱える。


「あと久屋さんも」

「僕はついででいいよ。ついでがいい」

「『が』ってなんだ」


 実際、風莉は他人の目を気にしていないだろう。

 別に教室で話をする、なんてことは対してハードルの高さはない。

 何より、風莉は多少クラスメイトと仲良くしたいのではないだろうか……そんなことを考えてしまうが、心の片隅に留めておくだけにする。


「まあ、話すことがあったら話すけど」

「別に話すことなくてもいいでしょ、僕らだって特に理由もなく一緒にいたりするし」

「それもそうか」


 結局のところ、この話はそんなに難しいことを言っているわけではない。

 ただ、お互いに異性ということもあり、無意識のうちに人前に晒すことを避けていたところはあった。


「なるほど」


 風莉は何か納得したようだった。


「では明日からそうさせてもらいます」

「別に午後からでもいいんじゃないの?」

「お昼は眠いので動きたくないです」

「正直だね……」

「明日は休みだけどな」

「あ、そうでした。では樹さん、明日は一緒に遊びませんか?」

「ああ…………ああ?」


 風莉のあまりにも自然な勧誘に、樹は一瞬何を言われたのか理解できなかった。


「なんで今の流れでそうなった」

「遠慮しなくていいかなと思いまして、久屋さんもどうですか」

「僕も? いや、僕は遠慮しておこうかな」

「なんで?」


 断る光善を見て、また余計なことを考えてるのではないかと、樹は少し語気を強くして聞いた。


「いや、2日も休んだからねー……再来週には定期考査あるし、ちょっと遅れた分取り戻したいなーって」

「あー、そういえばあるな」

「ノート貸してくれない? 樹」

「ああ、別にいいけど」


 ふと風莉の方を見ると、一点を見つめて完全に静止していた。

 顔は少し青ざめて、何故か汗をかいている。


「定期考査……?」

「やめとくか? 遊ぶの」

「…………いえ、今のうちにシャバの空気を味わっておきたいです」

「シャバて」


 いつもの透き通った声がワントーン低くなって聞こえる。

 そういえば風莉の成績はどれほどのものか。

 樹はあまり他人の成績なんて気にしたことがなかったが、この反応を見るにもしかしたら酷いのかもしれない。


「まあ何するかわからないけど2人で楽しんできなよ。ナニするかわからないけど」

「なんで2回言った」

「なんでだろうねぇ」


 意味ありげに目を逸らした光善は「あ」と何か思い出す。


「それよりもさ。樹は織咲さんのことを下の名前で呼ばないの?」 

「は?」


 なんで急にそんなことを言い出したのだろう。

 樹が適当に誤魔化そうと言葉を選んでいたら、風莉はじっと樹を見ていた。

 期待の眼差しか、相変わらず表情の変化は少ないが、なんとなくわかるようになってきた。


「別にどう呼ぼうが勝手だろ」

「ふーん……」

「そーですか……」

「……仲いいなお前ら」

「特に理由がないのなら、別に『風莉』と呼んでくれてもいいのではないでしょうか」

「照れてるだけでしょー。やっぱり樹も男の子だからさー」

「めんどくせぇな! お前ら!」


 いつの間にか2人の息が通じ合っている。

 強引に煽って押してくる光善と、予測できない近距離攻撃を仕掛けてくる風莉。

 この2人の息が通じ合うと、樹は後手に回るしかない。

 観念したかのように樹は1つため息をついた。


「風莉……って呼べばいいんだろ」

「はい、よく言えました」

「馬鹿にしてんのか」

「樹さんなら信じてました」

「……というか、おり──風莉も敬語やめたらどうなんだ」


 今更ではあるが、風莉の喋り方はいささか丁寧過ぎる。

 同級生の樹達には敬語を使わなくても良いはずだ。風莉のコミュ力に対して、その言葉遣いを少し疑問に思った。


「タメ口の方がいいですか?」

「いや、どっちでもいいけど」

「じゃあこのままでお願いします」

「なにか織咲さんなりのこだわりがあるの?」

「いえ、人に合わせて喋り方を変えるのがめんどくさいので」

「そんな理由かよ」 


 思ってたよりも下らない理由に樹は肩を落とす。

 そろそろ昼休みも終わる時間なので、樹は立ち上がると伸びをした。


「じゃあ明日だな」

「はい。後でチャットを送ります」

「はいよ」


 そういえば連絡先を交換してから1度もやり取りをしていなかった。

 特に用もなくチャットを送る文化は、樹も風莉も馴染みがなかった。


「え、ちょっと待ってよ」


 慌てて光善が立ち上がる。

 目を見開いて樹と風莉の顔を交互に見て、樹の目を力強く見つめた。


「織咲さんは樹の連絡先も知っているの!? 僕は──!」

「いや、それはお前も知ってるだろ」


 何故か光善はまた具合の悪そうな顔をした。

 中庭のベンチに括り付けて置いていこうかと、樹は少し本気で悩んだ。

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