第4話 第1回家族会議

 金曜日の夜。今日は珍しく残業のなかった父が早めに帰宅し、夕食のテーブルは4人が揃って座っていた。


「父さん今日は早く帰ってきたんだな」

「ん? ああ、僕が早く帰らなきゃ部下が帰りづらいって怒られてね」

「ふーん」


 樹が素朴な疑問を聞くと、父の片頼かたらい荘司そうじは苦笑いして答える。

 背の高い黒髪の男性。曇1つない眼鏡を掛けた、いかにも真面目そうな荘司は、樹からは仕事好きの変人として見られていた。


「樹、何かあったの?」

「いや、なんでも……」


 何かを察した母の片頼かたらいはるかが、今度は樹に質問する。

 長い栗色の髪を後ろでまとめた年齢よりも若く見える女性。普段から美容に気を遣っているので、樹と荘司はだらしなくすると、怒られることがある。

 母親のこういう察しの良さは思春期には逆に嫌になるが、親に対する尊敬の念が強い樹は観念して、今日の昼休みでの出来事を打ち明けることにする。


「明日、なんだけどさ……が家に来るんだけどさ」

「友達? もしかして女の子?」

「まさか」


 この母の勘の良さが本当に嫌になるが、樹は気取られないように冷静に対処する。とはいえ、結局言わなければいけないので、あとで2人になった時に言うつもりだ。


「兄貴さ、それ女でしょ」

「…………そうっすね」

「やっぱり!」


 遥の顔がぱあっと明るくなるのとは対照的に、樹は深いため息をついた。

 樹は嘘をつくのが苦手だ。問い詰められるとすぐに白状してしまう。

 妹の片頼かたらい木花こはなはそれを見抜いている。いや、もしかしたら両親も見抜いているかもしれない。

 木花は遙と同じ栗色の髪をしており、こちらは顎下までの長さで、穏やかな遥とは違って、気の強そうな吊り目だ。


「兄貴さっきからもじもじして気持ち悪かったし」

「もじもじとかしたねーしー」

「噛んでますよーお兄様」


 隣に座る木花を横目で睨みつけるも、木花は気にせず鮭の切り身を綺麗にほぐして食べる。


「で、どんな娘なの?」

「どんな……なんというか、面白い奴?」

「面白い?」


 織咲おりさき風莉かざりを一言で表すことが出来なく、そんなことを答える。

 彼女の変わった容姿について言うべきだ。

 でもそれ以上に彼女の性格が樹は気に入っている。

 だが、ここで言うと長くなりそうなので言わないでおくことにする。


「それで? お母さん達は居ないほうがいいのかしら?」 

「いや、母さんには居てくれないと困る」

「あら!」

「そういうんじゃなくて、なんというか……」

「じゃあ父さんも……僕も居たほうがよさそうかな」

「居なくていい」

「……そうか」


 容赦のない言葉に荘司の顔に影が差す。

 仕事好きではあるが、子供達のことも好きなので、頼られたい思いがあるのだろう。

 物静かな人だが、冷酷なわけではない。


「『将を射んと欲すれば先ずママを射よ』というものね」

「馬な」


 テンションがかなり上がってしまった遥を見て、ため息を吐いた。樹はこれからの日々に予想される質問攻めを覚悟し、今日の昼休みでの出来事を遥に話した。


「うちの卵焼きが食べたい?」

「変わってるね。兄貴の女」

「女って言うな」

「私も明日友達と遊びにいくから家にはいないよ」

「ああ、そう……」


 しかし、樹は思った。

 卵焼きが食べたい……というよりかは、正確にはどういうふうに作っているかを、学びたいわけだが、その場合……


「俺もいなくてよくね?」


 実際必要とされているのは、卵焼きを作れる遥なのだから。


「は? 殴るよ兄貴」

「樹! 私はそんな子に育てた覚えはないわ!」


 当然ながら総批判をくらった。


「樹の友達なんだから、樹はいないとダメだろ?」

「いや、まあそうだよな」


 荘司の正論に観念する。

 本気で言ったつもりではなかったが、樹の逃げの姿勢が思わず声に出たのだ。

 

「俺が悪かった」

「じゃあ僕も明日は出掛けることにするよ」

「そうしてくれると……なんか恥ずかしいんだよな」

「わかるよ。僕も遙さんを初めて家に招いたときなんか──」

「その話はいいや」

「そうか……」


 とりあえず明日は無難にやり過ごせそうだ。

 家族の人達には言わず勝手に決めてしまったことなので、少し申し訳なさを感じる。

 連絡先でも知っておけば確認を取った後で風莉に教えられたが、昼休みは完全に流されるまま流されてしまった。


「ごちそうさま。ってか家近いの?」


 食べ終わった木花が聞いてくる。


「ん、ああ」

「じゃあ知ってる人?」

「いや、知らないだろ。小学校も中学校も俺たちとは違うし」

「ふーん」


 他に聞きたいことはないようで、木花は立ち上がって食器を流し台まで持っていく。

 風莉から聞いた話では、今は母親の実家で暮らしているとのことで、高校もそこから近い所になったらしい。

 それを聞いた時、樹は頭の中で妙な詮索をしてしまった。

 火傷の痕、中学校での出来事……それらが要因となっているのではないかと。

 考えた頭を掻いて思考を振り払った。

 それは風莉の嫌がっていた事だ。

 樹は忘れるように既に少し冷めている夕飯をかき込むことにする。


「明日は楽しみにしてるわね」


 やけに楽しそうな遙の顔に、樹は少し不安な気持ちになった。

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