9 Monsters.

Simple Plan

 ――セントラルタワー コートヤード級選手控室――


「その銃、弾はちゃんとサンダーボルトを入れましたか?」

「あぁ、ちゃんと入っているさ。それに残弾も十分にある。何度も確認したって」

「それはちゃんと“リゼッタ”の店で買ったものなのでしょうね?」

「リゼッタの店で買った物だよ。大体こんな弾、他の店なんかじゃそう滅多に手に入るもんじゃないだろう」

「ならば剣は? この間は聞きそびれましたが、その剣、どこのメーカーの物なのですか?」

「メーカーは……分からないが。だが、二百八十万の剣なんだぞ。普段使っているあの鉄屑よりはずっと上等な物の筈だろう? 細かいことを言うなって」

「またそうやって、素性の分からない武器を買ってきて。それに、他に予備の武器や暗器の類は用意したのでしょうね。銃以外に、それらしき物が見当たりませんが」

「そんな物、俺は端から持ち歩いちゃいねぇよ。お前じゃないんだから」

「ではせめてボディーアーマーは――」

「本ッ当にしつこいな! 残弾は何度も確認したし、剣も防具も普段よりずっと上等な物を用意したって言っているだろ! お前は俺の母親かよ⁉」

「相手はあのエラなのですよ。どれだけ準備をしたとして、し過ぎた、ということはありませんわ」

「ったく、別に殺し合いをしようって言うんじゃないんだぞ。こんなものはただの遊びだよ、遊び」

「まさか、エラも貴方と同じように考えているとでも?」

「…………、分かった、だったら戦車でも戦艦でも好きなように用意して来いよ。それでお前の気が済むのならな」

「戦車や戦艦で済むのなら、そんなに楽なことはありませんわ」

「フッ……あぁ、そいつは違いない」


 パトリシアさんとの戦いから数日後。ついにバレルさんとエラさんの対決の日となってしまった。の、だけれど、対戦するバレルさんよりも、何故かシャロの方がずっと落ち着かない様子だ。


 普段はいつも冷静で、どんな状況でも、誰に対しても斜に構えるような態度を取っているというのに、なんだか珍しい。


 またバレルさんもシャロに散々念を押されたからとは言え、普段よりも明らかに、しっかりと装備を整えているようだ。


 二人がここまで警戒するエラさんって、一体どれだけ危険な人物なんだろう。


 実際に私がエラさんの戦うのを見たのは、この間のパトリシアさんとのクラスマスター防衛戦のみ。ただそのときの光景を思い返してみても、試合中、エラさんはまるで対戦対手のパトリシアさんを気遣いながら戦っていたようにしか思えず、とても実力を伺い知れるようなものではなかった。


「エラさんって、やっぱり、その……凄く強いんですよね?」

「そりゃあ少なくとも、戦車や戦艦と比べられるくらいにはな」

「あぁ……冗談じゃなかったんですね、それ……」

「私に言わせればもっと厄介ですわ。以前クレアと空で戦ったことがありましたが、あのときもしもこちら側の輸送艦にエラが乗っていたのなら、加減を誤って向こうの戦艦を撃墜してしまっていたことでしょう」

「…………、ならバレルさん、そんな人といったいどうやって戦うんですか?」

「さあ、どうしたもんか。ズルや小細工が通用するような相手でもないしな。ま、シンプルにやるさ」

「シンプルにって、それは、どういう……」

「そいつは見てからのお楽しみってやつだ。さぁそろそろ時間だ。行こうか」


 そう言って立ち上がると、バレルさんは入場口の方へ歩いて行く。


 控え室を出てから通路を歩いていると、徐々に歓声に近付いて行くのが分かる。今日の試合で戦うのはバレルさんなのに、観客の声が大きくなって行く度、何故か自分の試合のときよりもずっと緊張しているようだった。


 薄暗い通路を声のする方へ歩いていると、視界の先に眩い光を放つ入場口の姿を見つける。この一ヵ月の間に十回も潜った筈のそのゲートは、なんだかいつもと違って見えて――。



 ***



『さぁ‼ やって来たぞ‼ アリーナコロシアム最大のビッグイベント‼ クラスマスター防衛戦‼ 一年と半年に亘ってクラスマスターの地位を防衛し続けたパトリシア・ハンバートをあっという間に降し、今日まで挑戦して来た数々の闘技者たちをことごとく返り討ちにし続けたこの女‼ 動き出したら誰にも止められない‼ 触れるなかれ‼ 触れた者は火傷では済まされないぞ‼ コートヤードのバルカン砲‼ エラドゥーラ・バルカニコぉぉぉぉ‼』


 全身を叩く観客の絶叫。この一ヵ月で幾度も体験したつもりだったけれど、今日のそれは今までのものとは比較にもならない。この間体験したパトリシアさんとの試合以上だ。


 会場は当然のように満員御礼。二人から聞いた話によると、今日の試合のチケットは立見席までもが即座に完売し、それを高額で売りさばいている人が出回る程だったのだとか。


『一方で、快進撃を続けてきた雫雨衣咲選手の影に隠れてはいたものの、先日の試合で頭角を現し、波乱の大決戦を演じて見せたダーディー&ダークホース‼ 敵の武器を奪い取り、その大口径は不意を衝くよう無慈悲に火を放つ‼ 無法な支配者バンディット・ルーラー‼ ダレン・バレットぉぉぉぉ‼』


 バレルさんにも観客席からエラさんに負けないだけの声援が送られる。どうやらこの間の試合でかなり知名度が上がり、ファンも出来たらしい。


 だけど当のバレルさんは今の紹介のされ方に不満があったようで、シャロの施したメイク越しにも不機嫌な顔をしているのが丸わかりだった。


 二人がステージの中央に寄り添うと、いつのもようにレフェリーがルールを説明する。しかし二人はそれを聞いている様子も無く、ただ黙ったまま、視線を交差させて向かい合っていた。


 ……。…………。


 最初に会ったときから思っていたけれど、こうして見ると、やっぱりエラさんって大きいんだ。背の高いバレルさんと向かい合っているのに、全く遜色そんしょくが無い。


 いや、と言うよりも、なんだかバレルさんの視線がやや上向きになっているような。


「ねぇシャロ、エラさんって、凄く大きいよね。一体どれくらいなのかな」

「エラのバストサイズはなんと脅威の百三十センチ越えですわ」

「いや、違っ……そうじゃなくて‼ 身長の話だってば‼」

「なんだ、身長のことですか。雫のことだから、どうせエラの胸にばかり目が行っていたのかと」

「な、なんでさ⁉ ……って、いやあの……百三十って……ほ、本当に……?」

「前に測った際にはそのくらいでした。とは言え非常に筋肉質で、あれは乳袋ちちぶくろというよりは大胸筋といった感じですね。正直触り心地は期待すべくもありませんが、そういうのが好きならば、試合が終わった後にでも頼んで触らせてもらえば良いですわ。多分、彼女は嫌な顔をしないでしょうし」

「へ、へぇ~……そう……。ふ、ふぅん……筋肉質、なんだ……。ってぇ‼ そうじゃなくて‼ 身長だよ‼ 身長‼」

「身長はバレルが百八十六、エラが百九十二ですわ」

「ひゃ、百九十二⁉ そんな、まさか……バレルさんよりも、七センチ・・・・も……」

「雫、六センチ差ですわ」

「…………、……ん、んん? あ、あぁ‼ な、七センチね‼」

「…………」

「ちょ、ちょっとシャロ‼ そんな目で見ないでよ‼ 違うもん‼ ちょっと計算を間違えただけなんだもん‼」

「……はぁ。本当に、雫は。そういうことを素でやってしまうのですから……」

「素って何さ⁉ また私を馬鹿にしてるんでしょう⁉ あぁ、もう! そ、それより、さっきバレルさんはシンプルにやるって言っていたけれど、いったいどうするつもりなんだろう」

「さぁ、どうするつもりなのでしょう。どうやったって、この状況でバレルが勝つ可能性は皆無ですが」

「か、皆無……?」

「えぇ、欠片ほどもありませんわ」

「それは……また何かのジョークか何かなんでしょう?」

「いいえ。至極、マジ、ですわ。この真剣な顔を見れば分かるでしょうが」


 そう言うと、シャロはずいっと私の方へ顔を寄せてくる。の、だけれど。


「……いや、いつもと違いが分からない、かな……?」

「それはそうでしょうね。何故なら私は生真面目で、いつも真剣な顔をしていますから」

「う~ん……そう、かなぁ……?」

「これはジョークですわ」

「…………」

「さて、雫を揶揄うのはこれくらいにするとして。ですが、バレルが勝てないというのは本当のことですわ。小細工ができる状況ならば細い可能性の一つも生まれもしますが。しかし真っ向勝負をせざるを得ないこの場所では、勝つなんてことはまず絶対に不可能です」

「ならもし、もしもシャロだったら、エラさんとどうやって戦うの?」

「戦いません。私なら早々にギブアップして、さっさと試合を捨てます。ただどうしても戦わねばならないのであれば、絶対に攻撃の届かない遥か上空から爆撃しますわ。しかし、それでも倒せるかどうかは五分五分でしょうが」

「そ、そんなに……?」

「見ていれば分かりますわ。ほら、もう始まりますよ」


 リングアナウンサーが観客を煽るようにマイクで言葉をまくし立て、会場の空気が最大限まで高まると、レフェリーが手を振り上げ――。


「――FIGHT‼」


 戦いの火蓋が切られた。

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