第4話「ドキドキ修学旅行 その4」



「はい一抜け!」

「はっ、ずるいぞお前!」

「どこかだよ。正々堂々と勝負しただろ」


 男子共がトランプを始め、約30分が経過した。未だにやめる気配はない。長ぇな、いつまで起きてるつもりだよ……。このままでは楓を外に出すことができない。

 布団の中に楓を隠しているため、まだ動くわけにはいかない。端から見れば、俺は部屋のメンバーに内緒で女を連れ込んでいるヤバい奴だ。


「楓、すまんがもう少し我慢してくれ」


 布団を少しめくり、楓に小声で忠告する。本当に申し訳なさが苦しすぎるくらい胸を覆う。俺なんかと同じ布団に入ることになり、長時間密着した状態を維持しなければいけないなんて。

 部屋のメンバーは楓が隠れていることに気付く様子はない。しかし、少しでもベッドに近付かれでもしたら、布団の中にもう一人入っていることが発覚しかねない。発覚したら俺の男としての威厳が失くなる。いや、そんなものは端から存在しないのかもしれないが。


「う、うん……」


 とにかく、楓を隠すために、俺達はできるだけ密着しなければいけない。密着して布団の盛り上がりを少しでも抑え、違和感を失くすのだ。


「大丈夫か?」


 何やら楓の返事が弱々しくなってきた気がする。度々様子を確認してはいるが、少しずつ意識が曖昧になってきている。まぁ、長時間布団の中に潜るのは暑苦しいよな。汗まみれになっていく楓を眺めていると、罪悪感が更に加速していく。


「裕光君……私……もう……///」


 楓の様子が再び怪しくなる。頬が赤く染まっていき、ハァハァと息も荒くなっている。暑苦しい布団の中な上に、男と密着状態だなんて恥ずかしくて仕方ないことだろう。


「楓……///」


 な、何だこの胸の高鳴りは。いかん。俺までドキドキしてきた。楓の頬の火照りと、肌にしとしとと垂れる汗が色っぽい。こうして近くで見ると、楓もしっかり女なんだなぁと分かる。


 そういえば、この間の制服デートの時にも思ったが、楓の胸はとてつもなく大きい。正直さっき浴衣姿を見た時から……というか、修学旅行が始まってからずっと気になっていた。

 服の上からでも激しく主張するその膨らみ。マシュマロのように柔らかい弾力。今は密着した状態だからこそ、その大きさと柔らかさが俺の肌に直接伝わって……。


「ぐっ……///」


 ダメだダメだダメだ! やましいことを考えるな! 煩悩に支配されてどうする! 男にエロい妄想をされる楓の気持ちを考えろ! 俺は紳士だ……耐えろ……耐えろ……明石裕光!




 楓、可愛いな……///






 ガチャッ


「ゴラァ! お前らぁぁぁ!!!」

「ひっ!?」


 すると、突然担任の先生が豪快にドアを開け、再び部屋に入ってきた。


「何だこのカメラは!? 女子風呂の脱衣所から見つかったぞ!」

「なっ!? 全部回収したと思ってたのn……あ、やべっ」


 男子共が口を滑らせ、咄嗟に口元に手を当てる。小型の隠しカメラを使い、女子の裸を盗撮しようとしていたらしい。先生の手には、豆粒ほどの小さなカメラが握られていた。俺よりもっと煩悩に支配されていた奴らがいたようだ。


「お前ら……今日は日を跨いで指導だな……覚悟しとけ」

『ひぃぃぃぃ……』


 こうして、俺以外の部屋のメンバーは全員連行され、先生と共に廊下に出ていった。本当に馬鹿すぎる奴らだ。でも助かった。部屋からは誰もいなくなった。


「楓、今だ。部屋に戻れ」




 楓……?








「……」


 俺は楓を両腕で抱きかかえながら、明かりの消えた廊下を静かに歩く。予定なら担任の先生が見回りをして、夜這いする生徒がいないか監視する時間だ。しかし、今は別の不届き者の指導のために別室にいる。バレずに移動するなら今がチャンスだ。


「うーん……」


 楓が俺の腕の中で小さな寝返りをうつ。あんな状況の中で、彼女は眠りに落ちてしまった。仕方なく俺は楓を女子の部屋へと運ぶ。俗に言うお姫様抱っこの形で。一度メルヘンワンダーアイランドのスペシャル・クローゼットでやったことがあるため簡単だ。


「ハァ……」


 俺はため息を溢す。呑気に寝てやがる。まぁ、それほど疲れていたのだろう。楓の体は驚くほど軽い。腕も足も背丈も、何もかも小さい女。俺のような男とは違う。こいつは女なんだ。こんな小さない女の身なりで、俺のことを支えようと一生懸命頑張ってくれている。


 だからこそ、彼女のことを一層大事にしてやりたくなる。


「……///」


 俺は咄嗟に楓の浴衣の胸元を整える。ちらりと胸元の帯がズレて、下に着ているブラジャーが見えてしまっていた。小さいは小さいが、胸だけは例外だな……。


 あと、寝顔がめちゃくちゃ可愛い。




「あっ」


 部屋にたどり着く途中で、俺は休憩スペースを見つけた。壁一面が窓ガラスになっていおり、ご丁寧にソファーが設置されている。外から薄い藍色の光が差し込んでいた。いつの間にか雨は小降りになっていた。


「綺麗だ……」

「んん……ひろみ……君?」

「あっ、楓!」


 あまりの光の綺麗さに、思わず呟いてしまっていたらしい。俺の声を聞いて、楓が目を覚ました。


「きれ……い?」

「な、何でもない! 忘れてくれ……」


 別に楓のことを言ったわけじゃ……いや、楓も十分魅力的で綺麗だが。でも今のはそういうのじゃなくてだな……その……何と言うか……。


 ああもう! 綺麗だよ! 楓は!///


「あっ、ご、ごめん! 私、寝ちゃってて……はわわっ、だっ、抱っこ……///」

「おいおい、動くなって!」


 ようやく自分が寝落ちしており、お姫様抱っこをされていることに気付いた楓。恥ずかしさのあまり暴れ出す彼女を、俺は一旦ソファーに座らせてなだめる。


「本当にごめんね……迷惑かけてばっかりで……」

「迷惑だなんて思ってねぇよ。むしろこっちが世話になりっぱなしで申し訳ないくらいだ」

「そんな、私こそ裕光君のおかげで毎日楽しいんだから」


 邪魔者はいなくなった……と言ったら聞こえは悪いが、二人きりの特別な空気を感じたため、俺達はソファーに座って軽く談笑した。楓と共に修学旅行を振り返る。とはいえ、まだ半分残ってるがな。


 それでも、彼女と一緒に過ごしただけで、まるで世界一周旅行を終えたような充実感が漂う。


「今日だけで色々大変だったね……」

「あぁ、こんな刺激的な一日は初めてだ……」

「本当にありがとね。裕光君のおかげで楽しい修学旅行になったよ♪」


 だからまだ半分残ってるっての。だが、楓はとても満足しきった素敵な笑顔を、俺に向ける。なんて明るい笑顔なんだ。彼女の笑顔を見ただけで、人生丸々救われたような幸せな気分になれる。




 そんな彼女に、俺は一体いつになったら全ての感謝を返しきれるのだろうか。


「……楓、実は渡したいものがあるんだ」

「渡したいもの?」

「これだ」

「それ、さっきの……」


 楓が台風の中で必死に探してくれたお土産。彼女へのプレゼントだ。俺としたことが、まだ探してくれたことへのお礼を言っていなかった。


「ありがとな、楓。見つけてくれて」

「大切なものなんでしょ? 当たり前だよ♪」

「あぁ、楓に贈ろうと思ってたものだからな」

「私に? 嬉しい♪ 私の方こそありがとう!」


 俺は小包を楓に手渡す。サンタからプレゼントをもらった子供のように喜ぶ彼女は、写真に撮って保存しておきたくなるくらいにいとおしい。


「開けてもいい?」

「あぁ」


 楓は小包から中身を取り出す。




「わぁ~、可愛い♪」


 中は赤いハイビスカスが刻印されたプラスチックキーホルダーだ。鞄や携帯に手軽に付けて楽しむことができる小物なら、実用的できっと楓も喜ぶだろうと考えた。


「楓、そういうの好きだろ? お前が気に入りそうなやつを頑張って選んだんだ」

「すごく嬉しい♪ 裕光君、本当にありがとう!」


 ただのキーホルダーに想像以上の反応だな。だが、星さんと七瀬さんの助言通り、楓のためを思って選んだプレゼントだ。彼女の笑顔がさらに花咲いて、俺も非常に嬉しい。




「これ、一生大事にするね!」


 楓はキーホルダーを抱きながら、満面の笑みを浮かべた。多くの者が易々と口にする「一生」という言葉。裏切られる恐れが常にまとわりつく呪いの言葉だ。俺は一生続くことがなかったものを、これまでたくさん見てきた。これ以上何かを失うことが怖い。


 それでも、俺は知っている。楓の言う一生は絶対だと。何気なく放たれたであろう「一生大事にする」という誓いを、楓はこれから本当に守ってくれることを。

 楓はそういう奴だ。俺の想像する何倍も優しくて、強くて、誠実な奴だ。絶対は存在しないという考えを、いとも簡単に吹き飛ばしてくれる凄い奴なんだ。この沖縄の海のように透き通った綺麗な心を持っている。いや、もはやそれ以上に……。


「楓、ほんと、ありがとな……」

「ふふっ♪」


 キーホルダーを大事に抱える楓。そんな彼女を、俺は澄みきった心で見つめる。彼女が干渉したことで、俺の人生はどれだけ救われたことだろう。

 きっと、今まで世話になった感謝を、俺は一生かけても全て返しきることはできない。俺の「一生」は彼女に比べたら全然弱い。それでも、これからも彼女と共に人生を生きて、少しでも彼女を支えられたら……。




 そんなことを思いながら、俺は残りの修学旅行を心行くまで満喫するのだった。










「明石君」

「……異性の部屋に来るのは禁止だぞ」


 翌日、俺はノックの音で起こされた。開けてみると、須未が部屋の前で真顔で立っており、意味深に手を伸ばしてきた。部屋に楓を連れ込んだ俺が言えたことではないが、正論で突き返す。


「慰謝料500万、今すぐ払いなさい!!!」

「何でだよ!」


 いきなり押し掛けてきたと思ったら、何を言い出すんだこの女は。つくづく楓の親友とは思えない。


「楓が風邪引いて寝込んだのよ!」

「え!?」

「全部あの子から聞いたわ! またあの子に風邪を引かせるなんて……しかも一緒の布団被って寝たんですって!? 許さない……よくも私達の楓を……」


 楓、昨夜のこと全部話したのか!? 何やってんだ……しかも須未に……。


「待て、誤解だ! いや、誤解……でもないな。本当に同じ布団被ってたし」

「は?」

「ヤベッ、あの、と、とにかく、これは……その……」

「こっ、このエロ光がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」


 須未は俺の首元を掴んで突っ掛かってきた。まったく、楓との日々は毎日刺激的で飽きないな。やはり俺は、まだまだ楓の世話になりそうだ。


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