第2話「ドキドキ修学旅行 その2」



 お土産を購入し終えた俺達は、タクシーに戻って残りの観光名所巡りを済ました。自分なりに下調べをしておいたため、楓に詳しい説明をしながら回ることができた。遊園地に行く度に楓にアトラクションやレストランの説明をしているため、案内は得意だ。


「裕光君、本物のガイドさんみたい♪」

「流石、遊園地で働いてるだけあるわね」

「ふんっ、何よ。楓の前で偉そうに」


 楓だけでなく桃果も俺のガイドに満足してくれている。唯一須未だけが不満を垂らしてくる。こいつは難攻不落の大要塞だな。いつまでも楓と仲良くすることを許さない。


「それにしても疲れた……」

「早くホテルで休みたいね」

「えぇ、ダラダラしたいわ」


 観光を終えた俺達は、今タクシーでホテルに向かっている。それなりに楽しめたが、歩き回った体は疲労感も一緒に付いてきている。南国のような暑い気候も相まって、体が鉛のように重い。


「部屋に戻ったらすぐ写真撮影だぞ」

「言われなくても分かってるわよ!」

「……」

「須未ちゃん!」


 須未の強い当たりには、まだまだ慣れそうにない。






「でけぇホテルだなぁ」

「うぉ~、綺麗な海!」

「海が近いっていいね」

「でも曇ってきてない?」


 ホテルに到着した俺達2年生は、全員で近くのビーチに集合する。部屋に荷物を運んだら、すぐクラスメイトと集まって写真撮影だ。旅行の思い出作りだとか何とか。


 まぁ、俺はクラスメイトとの思い出なんて無に等しいんだがな……。


「裕光君、隣、いいかな?」

「お、おう……」

「ありがとう♪」


 だが、楓は例外だ。彼女だけが俺に優しく接してくれる。彼女だけとなると、元の優しさも一際目立って感じられる。全員でカメラの前で列になって並ぶ中、わざわざ俺の隣までやって来た。


「3……2……1!」


 カメラマンが一眼レフのシャッターを押す。友達がいない中、修学旅行をどう乗り切るか、2年生になった当初から不安で仕方がなかった。しかし、楓がいてくれて本当によかったな。


「ふふっ、楽しいね♪」

「あぁ……」


 俺は彼女への恩を少しでも返したい。ズボンのポケットの中に突っ込んだプレゼントを、俺は大事に撫でた。




 ポタッ


「ひゃっ」

「ん?」


 頭に冷たい雫が落ちてきた。








「はい、一抜け」

「桃果ちゃん強すぎるよぉ……」

「ポーカーフェイスなら得意だから」

「あんたの場合はそもそも感情が無いんじゃないの?」


 桃果ちゃんが捨て場に最後のトランプのカードを投げ捨てる。記念写真を撮り終えた私達は、ホテルの部屋に逃げるように戻った。唐突に激しい雨が降り出して、夕方の予定は全部キャンセルとなった。


「そろそろババ抜き飽きてきた」

「そりゃ5連敗もしてたらね……」

「楓が負けて泣いちゃわないように、わざと私が負けてあげてんの!」

「そうなの? 須未ちゃん優しいね」


 私達は部屋にこもって、夕食までババ抜きで時間を潰している。雨が降ってなかったら、クラスのみんなとビーチでバーベキューだったのに。まぁ、こういう楽しみも旅行の醍醐味だ。


「それにしてもついてないわね、こんな時に台風なんて……」

「うん。あ、須未ちゃん今ババ引いたね」

「わざと! わざとだから! 楓のためよ!」

「ふふっ、ありがとう♪」


 さっきテレビを点けたら、小型の台風が沖縄本島に近付いていると報道されていた。沖縄付近を過ぎ去るのは明後日らしい。よって、明日のマリンスポーツ体験や海水浴もキャンセルとなるだろう。

 修学旅行に来る前から聞いてはいたけど、タイミングが悪すぎる。せっかくマリンスポーツ体験のために高いお金を払ったのに。海水浴のために水着も用意したのに。


「海水浴したかったなぁ……せっかく水着新調したのに……」

「そうだね」

「楓の可愛い可愛い水着も見たかった!」


 須未ちゃんが駄々をこねる。私も海水浴は楽しみにしていた。沖縄の綺麗な透き通った海で泳ぎたかった。そういうの、なんか青春っぽくて最高だ。台風のせいで楽しみが吹き飛ばされてしまったけど。


「もう、須未ちゃんったら、私の水着なんて水泳の授業で毎回見てるでしょ~」

「……え?」

「え?」


 私の手札からカードを引き抜こうとした須未ちゃんの手が、なぜか止まった。キャリーバッグの中の荷物を整理していた桃果ちゃんも、驚いてこちらに振り向いた。どうしたんだろう。


「まさか……」


 ガサッ

 突然桃果ちゃんが私のキャリーバッグに手を伸ばし、中を漁り始めた。中はダサい私服や下着が乱雑にしまわれているから、見られるのは恥ずかしいんだけど……。


 バサッ


「……やっぱり」

「か、楓! これスクール水着じゃない!」


 桃果ちゃんが引っ張り出した水着を見て、須未ちゃんが驚愕の声を上げた。私が持参したのは、普段学校の体育の水泳の授業で使用している紺色のスクール水着だ。海水浴のために持ってきた。


「え? う、うん……」

「楓……これ着て海水浴するつもりだったの?」

「そ、そうだよ?」

「ハァァァァァァァァァァ!?」


 須未ちゃんがトランプのカードをぶちまけて、私に迫ってきた。相当驚いた様子だ。で、でも、海水浴に水着を着ていくのはおかしなことじゃないよね? 何なに? 私、変なことした?


「楓、普通こういう時はおしゃれな水着を買って来るものでしょ?」

「そ、そうなの? スクール水着じゃダメなの?」

「いや、ダメってわけじゃ……ううん、ダメ! ダメなのよ!」


 須未ちゃんが圧縮袋に詰め込まれた私のスクール水着を、手でパンパンと叩く。まるで大事なことを教える先生のように。どうやら私は、とんでもないことをやらかそうとしていたみたい。よく分からないけど。


「普段の水泳の授業を思い出してみて! あの体のラインを強調させるスク水で、一体どれだけ辱しめられたか……」


 それは分かる。私もそう思ってた。私は胸が比較的他の女の子より大きいから、毎回肩が凝るわ汗疹が溜まるわで、苦労が絶えない。水泳の授業の時は尚更だ。意図せず色気が溢れ出てしまう。

 体育は男女で別れるけど、一度水泳の授業を合同でやった時がある。その時は男の子の視線が怖くて、恥ずかしさのあまり集中できなかった。須未ちゃんや桃果ちゃん達の背中に隠してもらったっけ。


「……トイレ行ってくる///」


 ようやく私は理解した。事態の重大さを噛み締めた途端、どこからか羞恥心が込み上げてきて、部屋にいられなくなった。堂々とスクール水着姿を見られようとしていたなんて……なんで気付かなかったんだろう、私。


 海水浴、中止になってよかった……。






「……あ」

「あっ、裕光君」


 トイレに行く途中に横切る階段で、タイミング良く裕光君と鉢合わせした。彼の冷ややかな表情がこちらを振り向く。男の子の部屋は3階で、女の子の部屋は2階。どうやら彼は1階に行こうとしているらしい。


「どうしたの?」


 異性の部屋に行くのは禁止されているから、裕光君と話せるのは食事の時かホテルの外などに限られる。彼と一緒にいられないのは、少し寂しい。つい声をかけてしまった。


「ちょっと落とし物をしてな……」

「落とし物? どんなの?」

「班別行動の時に買ったお土産だ。ホテルのどっかに落としたらしい。参ったな、大切なものなのに……」


 裕光君は辺りを見渡しながら首筋を撫でる。大切なものなら、それは大変だ。ホテルはため息を溢すほど広い。一人で探すのは困難だ。私も手伝わなきゃ。


「私も探すの手伝うよ。どこまで持ってたか覚えてる?」

「えっ、あ、あぁ、写真撮影でビーチに行ったところまでは持ってたな……」


 一瞬断ろうかどうか迷った表情を見せた裕光君。しかし、すぐに諦めて落としたお土産の経路を回想し始める。迷惑をかけるわけにはいかないと思ったんだろうけど、どうせ私が引き下がらないことを悟ったみたい。


「どんなお土産?」

「これくらいの大きさで…………あっ」


 階段を下りながら話している最中、裕光君が何かを思い出したように立ち止まった。どうしたんだろう。


「どうしたの?」

「……悪ぃ、やっぱり俺一人で探す」


 突然裕光君が私の手助けを断ってきた。どうして? さっきは協力してもらう気満々だったのに。


「なんで? 私も手伝うよ」

「い、いや、これ以上楓に世話になりっぱなしは良くないだろ。俺一人で探すから、楓は部屋に戻ってろ」

「一人じゃ大変だよ。二人で一緒に探した方がいいって」


 あからさまに裕光君の態度が怪しくなる。私に頑なに手伝わせようとしない。お世話になりっぱなしで申し訳ないというのも本心だろうけど、この慌て様は絶対裏にある。私は裕光君にしつこく付いていった。




「あっ、明石、本山」


 すると、ホテルの玄関に担任の先生の姿を見つけた。びちゃびちゃに濡れたレインコートを纏っている。外はまだ雨風が激しいらしい。


「外に出ちゃダメだぞ。生徒は自室で待機してろ」

「あの、裕光君が落とし物をして……」

「そういうのはホテルに申し出ろ。ほら、行った行った」


 先生は外に出ようとする私達の背中を押し、自室へ戻るように促した。さっきの裕光君の話だと、ビーチに落としている可能性が高い。でも、外は生憎台風が近付いてきて出られそうにない。




 困ったなぁ。どうしよう……。


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