第五話
南方御一流に由緒を持つ二王子が
「こんな任務が成功するわけがない」
「公儀(幕府)は御内書にかこつけて体よく我等を一掃してしまうつもりなのだ」
「左様。乗れば公儀や山名の思う壺だぞ」
そんな声が聞こえる。もっともだと思う。
中村弾正は瞑目しながら議論の行方に耳を傾けるだけだった。
嘉吉の変(嘉吉元年、一四四一)に端を発する一連の抗争事件の過程で、四職家の一つだった名門赤松惣領家は滅亡した。主家を失った赤松牢人は惣領家の血脈を唯一遺す赤松次郎法師(後の政則)に主家再興の夢を託し、これを公儀に願い出ること一再ではなかったが、主殺しの罪科が容易に赦免されるはずもなく、その目処はまったく立っていなかったのが当時の状況であった。
悪いことは重なる。在京の赤松牢人が山名被官人に襲撃される事件が相次いだのである。
山名といえば播磨支配権を巡って永年競合してきた、赤松にとって謂わば天敵であり、赤松滅亡後、播磨に入部した山名は、旧来施行されてきた赤松秩序を徹底的に破壊しながら山名流の在地支配を推進し、
帰るべき故郷を失い、収入がないまま浮き草のように京を漂う毎日。恐ろしいことに山名被官人は京のありとあらゆるところにはびこっており、このころの赤松旧臣にとっては、毎日がサバイバルだといっても過言ではなかった。
不遇をかこつ牢人衆に赤松再興の話が持ち込まれた。
「南方に逐電した一宮(梵勝)、二宮(梵仲)両名の殺害」
「神璽の奪還」
この二点が赤松再興の条件であった。
勅諚並びに御内書でもたらされた命令だから、任務を完遂しさえすれば主家再興は果たされたも同然といえたが、垂涎の再興話であったにも関わらず中村弾正は当初これを断っている。
至神金玉出現之儀者、罷入吉野山人数、二度不可帰洛之條
(神金玉出現の儀に至れば、吉野山に罷り入る人数、二度と帰洛すべからざるの條)
(井口陳敬氏所蔵『堀秀世上月満吉連署注進狀』「南方御退治條々」より抜粋)
一宮二宮が逃げ込んだ南山は難所であり、神璽を発見したところでそこからは脱出できず、二度と京に帰ってくることが出来ないだろうというのがその理由であった。
もしかしたら幕府は、赤松を根絶やしにすべく、主家再興をダシに困難な任務を押し付けているものとも解釈できる。
中村弾正が命令を断った判断は、ひとつの見識といえた。
一度断ったにも関わらず同じ命令が赤松旧臣に再度下された。二度目は
しかし石見が何度頼み込んでも中村弾正は首を縦に振ることはなかった。業を煮やした石見が言った。
「分かった。分かったぞ、そうまでして断る理由が。やはりあの噂は本当だったってことだな」
中村弾正が色をなして反論した。
「神璽を見付けたとしても持って帰ってくることなど出来ないから断っているだけだ。それ以外に理由などあるか。噂とはなんだ。人聞きの悪いことを言うな」
石見はいやらしくにやつきながら答えた。
「賊の乱入を禁裏に手引きしたのは赤松旧臣だったという噂よ! でなければここまで頑なに断る理由があるまい」
嘉吉三年(一四四三)、足利義勝の夭折に乗じて後南朝勢力が禁裏に乱入した禁闕の変については物語冒頭に記した。
乱入した主力は確かに後南朝勢力であったが、そのなかには日野家など北朝秩序に列していた人々もおり、嘉吉の変で公儀に対し遺恨を含む赤松旧臣が乱入に加わっていたとしても不思議ではない蓋然性があった。
「赤松旧臣が禁裏乱入を手引きした」
これが事実かどうか、いまとなっては分からないが、事件当時にそういった噂が流れたことは事実である。
「貴様言うに事欠いて!」
激昂する弾正に石見が告げた。
「言うに事欠いているのは中村殿でござろう。潔白を証明するにはどうすれば良いか。分からぬ中村殿でもございますまい。
では
主家再興の好餌に釣られなければ脅しに転じよ。
おおかたそのように言い含められて、石見は説得に来たのだろう。確かにここまで言われておきながらそれでもなお断れば噂を認めたことになる。
とはいえ任務自体が達成困難だという事情にはなんら変化がなかったわけだから、今回の談合でも衆議はやはり断る方向に流れつつあった。
弾正は閉じていた目を開いて言った。
「二度目も断ってしまうのは簡単だ。しかし三度目はあるまい。赤松家は主殺しだけでなく、二度までも主命を蹴った不忠の家として、汚名とともに歴史に埋もれるであろう。
任務は一宮二宮の頸と神璽奪還とされておるがそんなものは言わせておけば良い。たとえ任務に失敗したとしても、達成困難な命令を引き受けることで忠節を示しさえすれば此度の勅諚、赤松のためにまったく無意味とも言い切れん。一度は断った身ながら、前言を翻して引き受けようと思うがどうか」
静まり返る一同。
禁闕の変に赤松旧臣が絡んでいたという話はもう一〇年以上前に流れた噂であったが、石見太郎左衛門尉がこれを蒸し返してきた以上、たしかに放置はできなかった。
「南山は天下に知られた嶮であり、もとより成功は期しがたい。目的は一宮二宮の頸にあらず。神璽にも非ず。
赤松の忠節を証明するために死ぬ。これぞ真の任務と思い定められよ」
中村弾正がここまで言うと、もはや人々の口から反対する声は聞かれなかった。
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