2:10 ヒトが負うべきもの
シンプソンが載っているとみられるドローンは『アラクニー』と呼ばれるタイプで、六本脚の昆虫のような胴体の前部から、二本の腕を供えた人型の上半身が生えてるという、半人半獣の姿をしている。ネーミングはギリシャ神話の蜘蛛の怪物アラクネーからだろう。ここでは車輌型ドローンに分類されてる。
保安部長の指示で、クズネツォフ保安副部長ほか二名で排除に向かうことになった。わたしもお願いして、そこに同行させてもらった。
そうして、基地の北東へと向かった。
『ショートレンジセンサーに反応。小型の物体……、これは「ピクシー」か? 識別信号が出てない。こちらに向かって移動してきてる』
ピクシーは宇宙空間作業用の小型ドローンで、プロセッサの容量が少ないため、リモートか単純自律AIで動作するタイプだ。
『距離、20m、15、10……』
あっという間に距離が詰まってくる。
暗闇の中なので、何も見えない。体を動かしたとき、一瞬だけ、ライトが照らし出す中で何かのシルエットが見えた。
と思ったら、それがいきなり爆発した。
『きゃあっ!?』
『うわっ!?』
『ぐああっ!?』
真空だと爆風の威力は伝わりにくいっていうけど、それでも至近距離だったせいか、わたしたちは吹き飛ばされてしまった。
『ミサイル代わりか!?』
『次、来ます!』
どうやら、ピクシーに爆薬を積んで、飛ばしてきたらしい。
一度に操作できるのは一台だけみたいだけど、次から次へと飛んできては爆発するため、なかなか接近できない。まだシンプソンまでの距離は100m以上ある。
『アレ、銃で撃ち落せないんですか?』
『小型で移動する目標となると、かなり厳しいですね。単発ですし、
元が中型~大型恐竜相手に比較的近距離から使うことを想定して設計されたため、センサーと連動して偏差射撃を行うような精密な射撃管制システムは不要と判断されたそうで。
しかし、FCSといえば、たしか〔投石〕スキルには簡略化されたのが組み込まれてたんじゃなかったっけ。
試しに投石スキルのターゲットに接近中のピクシーを設定してみると、なんかロックオンできた。気圧や重力の設定変更が必要だったけど、ターゲットの現在地より少し先を狙った弾道が表示された。これなら、ピクシーが急に予想外の機動を取らない限り、いけそうだ。
足元は砂が多く、転がってる石も脆そうなのが多い。手ごろそうな石をどうにか見つけて拾うと、わたしは前に進み出た。
『投石、試してみます』
『え?』
『投石?』
保安部員たちはあっけにとられたみたいだった。
ターゲットは30mほどの距離で、なおも接近中。
ダイナミックなフォームで、振りかぶって、投石。
低重力で空気抵抗もない中を、石はほとんどまっすぐに飛んでいった。そして衝突予想地点で見事ピクシーに激突した。いい具合にヒットしたようで、ピクシーは破片を撒き散らしながら、錐揉みして高度を落としていき、地面を転がったところで爆薬が起爆した。
『やった!』
『撃墜!』
『おみごと!』
保安部員から歓声があがった。活躍したのが彼らの銃じゃなく、もっとも原始的な石でってのがなんか微妙な気がしないでもないけど。
なんにせよ、効果はあった。続く三機もなんなく撃墜。
四機目を落としたところで、後続がこなくなった。
『……弾切れ、でしょうか?』
『少し接近しよう』
その時、地平線の端から太陽が昇ってきた。ちょうど昼の側に入ったらしい。大気による散乱がない分、明るさの変化は急激だった。
ほとんど真横からの光なので、影の部分はまだ大きい。けれど、シンプソンが隠れているとみられるちょっと大き目の岩塊は見えた。
『三手に分かれて、包囲しましょう。ミス・サトウ、面識あるんでしたよね。逃げられても困るので、なんかテキトーに話しかけて、ちょっとの間犯人の気を引くことはできますか?』
『やってみます』
クズネツォフさんの指示で他二名は回り込む位置へと移動していった。そして、わたしはシンプソンに話しかけることになった。
『シンプソン! 聞こえるか!』
通信なので怒鳴らなくてもいいんだけど、ここは雰囲気で。
『……サトウか』
しばらく間をおいて、反応があった。
『わたし自身は、あんたらが何考えてコレをやったのかというのには、まったく、これっぽっちも興味ないけどもね。一応形式として聞いておくわ。理由はなに?』
ものすごくムカついてるけれど、とりあえず抑えて、できる限り平静な声で問いかけた。
『……お前たちは、開拓団は、そして人類は、「罪」を犯したのだ』
『はっ? 罪ぃ? なんの?』
わたしの声が自然に一オクターブ下がった。それに対し、シンプソンはものすごい勢いで語りだした。
『平行宇宙などというものを創り、さらにはホムンクルス、新人類などという悍ましいものまで創ろうとしてる。これらは神の領域を踏みにじり、神を冒涜する行為だ! 万物の創造は神だけの特権だ! 人間がそれを侵すなど到底許されん! 大罪だ!! すでに悔い改める期間は過ぎた! だからこそ、神の審判が下ったのだ! 地球のゾンビ禍は神罰なのだ!! そして、私は、開拓団の野望を打ち砕くために、神によって遣わされたのだ!!』
これまでずっと溜め込んでた反動か、猛烈にエキサイトしてる。よくわからんけども、こいつが宗教野郎だということは確定らしい。
どうも一神教を過激に拡大解釈した異端のカルトのようだ。あいにく由来になった本来の教義がどういうものか、わたしは信者じゃないので大雑把な概念くらいしか知らない。けど、少なくとも、奴が信じてるものは相当に歪んでることだろう。
終末の地球でも、似たようなことを言ってた奴はそれなりにいたけどね。例外なく、回りも巻き込んで死をばら撒いて、迷惑極まりない存在だった。
てか、そんなのを罪として丸ごと滅ぼしにくるような神サマとか、よく崇める気になるもんだ。それ、どう考えても邪神でしょうに。理解できんし、したくもない。
『そんなもんが罪だって!? しかも、あんたらが殺したあのまだ生まれてもいない
『胎児!? あんなものが生命なものか! 生命とは神が創りだしたものだけだ! 神が決めたことは絶対だ!』
あんまりにも阿呆なことを言い出すので、わたしはブチ切れた。
『ふっ、ざっっ、けんなっ! あんたらの神なんぞ知るか! ここにゃあんたらの神はいねえっ!』
『なっ!?』
『神が決めた、だぁ!? ふざけんな! 罪とか勝手に決めんじゃないわよっ! しかも、あんたらで勝手に決めた罪で、悔い改めろだ!? いったいどこの因縁つけてくるヤクザ屋さんかよ!?
あんたら、なんでもかんでも神サマ任せ、神サマがどんな無茶言ってても疑問に思わずで、自分じゃ何も考えてないだろ! 責任まで神サマに丸投げしちゃってて、そんなだから「神の名のもとに」とか言って簡単に残虐行為やれるんだ! 無責任にもほどがあるでしょ!!』
この際だからと、なんとなくこれまで漠然と思ってたことを衝動的にブチまけた。暴言全開で、言葉遣いが大変汚くなってしまって、申し訳アリマセンねえ。
一般論としてみれば、少々暴言が過ぎたかな~という気はしないでもないけど、でも相手は狂信者のテロリストだし。反省はしていない。
『なっ、なに、を……? せ、責任……?』
シンプソンはだいぶ混乱して、しどろもどろになっていた。まあ、話が急に予想外の方向に飛んで、それまで考えたこともなかっただろうことを急にまくしたてられたから、そんなものかもしれない。
わたしが一番気に入らんのは、彼のような
彼らにそういう意識があるのか知らないが、彼らの神を欠片も信じていない異教徒のわたしから見れば、そういう風にしか見えない。そういう無責任な態度が、さまざまな宗教問題を引き起こしてきたんじゃないのか、とさえ思える。
――“神様はいつか救ってくれると約束してるし、神様が間違うはずないから、神様の言う通りに従ってればいい”
そういうのは楽かもしれないけど、自分で考えて決めるってことを止めちゃってる。そんなでは自立してるとは言えない。それが許されるのは幼年期の間だけだろう。
『いつまでも神サマのせいにしてんじゃねええっ! 神サマに言われたからとかじゃなく! 何が良くて何が悪いか、何をすべきかっ、
神サマを言い訳に使っている限り、人類は進歩しない。
それに、神サマに祈ってたって、何の問題も解決しない。現実世界では、都合よく神サマがサポートしてくれたりはしないから。
……チートでも授けてくれてたら、多少は楽できたかもしれないけどねえ。そんなのはないし。
人類が真に自立するには、誰かに言われたからではなく、自分たち自身の責任でもって、何をなすべきか決め、その結果をすべて背負うべきなのだ。
ときには失敗することもあるし、その結果は全部自分たちに跳ね返ってくる。取り返しの付かない汚点としてずっと残ってしまうかもしれない。そういうのが重くて、苦しくて、何かにすがりつきたくなることもあるかもしれない。
それでも、この先も人類が自分たちで道を切り開こうとするなら、それは絶対に必要なことだ。特にこの新しい平行宇宙では。
わたしはそう思う。
彼らは「人々の心の拠り所として『神』は必要だ」とか言うかもしれないけれど、だいじょぶ、心配ない。日本は彼らの言う『唯一の神』に頼ることなく、ずっとやってきた。八百万の神やご先祖様を信仰してはいても、そうそう頼れるようなものとも思ってはいないし。
まあ、わたしは宗教学者でも法学者でも社会学者でもない。素人の浅知恵とか言われればそれまでだし、地球が健在な頃にこんなこと言ったら、あっちこっちから非難Go!Go!Go!で大炎上だっただろうけどね!
幸いにして、ここにはそんなツッコミを入れられる人間などいない。勢いで押し通せる。ニューホーツで過去の宗教を持ち出そうとするなら、全力でぶっ潰すまでだ。
奴が混乱してる隙を逃す手はない。
『クズネツォフさん、突っ込みますよっ! うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!』
『え? あ、ちょっと!?』
言うが早いか、わたしは全力で走り出した。
『ああっ、待っ! くそっ、カーター! ベンジャミン! 援護頼む!』
クズネツォフさんが慌てて立ち上がり、ダッシュで追従してくる。散開中だった保安部員たちからも援護の発砲があった。
シンプソンのいる岩場から爆薬の塊が飛んできたけど、適当に投げてるだけのようで、直撃するようなことはない。簡単なタイマーとセットにしただけの代物のようで、こちらのダメージは皆無だ。
そして、わたしは飛んできた爆薬のうちの一個を空中でキャッチして、〔投石〕スキルの応用で投げ返した。タイミングよく、爆薬はアラクニーの至近距離で爆発した。
わたしは勢いをつけてジャンプすると同時にスラスターを噴いて、ふらついてるアラクニーめがけて猛スピードで突っ込んでいった。
そして、両手で構えたスタンロッドをアラクニーの頭へと突き降ろした。
『どぉりゃああああ! 往ぅー生ぉーせいやぁああああ!』
昔観た
スタンロッドはアラクニーの脳天に深々と突き刺さり、内側で電力を全解放した。無音ながらバチバチっと火花がとぶ。
アラクニーはしばしピクピクと痙攣したあと、くたっと脱力して機能停止した。
念のため、斧を取り出して構えたけれど、アラクニーは沈黙したままだった。
『無茶なことしますねえ。あんな動き、私達には不可能ですよ』
クズネツォフさんがアラクニーの残骸や遺留品を検分しながら言った。たしかに一体化コントロールだからやれたことで、仮想パッドでの操作では無理かもしれない。
『なんか勝手に突っ走ってしまって、すみません』
『まあ、結果的にみれば特に損傷もなく、あっさり仕留められたからいいですけどね。次があったら、なるべく指示を尊重してほしいところです』
『次……、まあ、はい、気をつけますです』
そうそう頻繁に、保安部と行動をともにするような事態が起きてもらったら困るけどもね。
なんにせよ、これで、仇は討てたかな。
*
残った爆薬などもすべて回収して、わたしたちは月面基地へと戻った。
『ご苦労、よくやった、キリコ』
月面基地前では、司令が出迎えてくれた。
『君の説教、こちらでも聞かせてもらっていた』
『いや、あれはその、なんというか勢いで……』
あれ、全員に聞こえてたんだろうか。さすがにそれは恥ずかしい。
『神に言われたからではなく、ヒトが自分の意思で決め、その責も自分たちで負う、か。いい言葉だ。そして、重い言葉だ。無神論者になったつもりでいたが、私にはそういう視点はなかった。正直、虚を衝かれた思いだよ。あれは君たち日本人の倫理観なのかね?』
わたしが言わんとしてたことの意図は汲んでくれてたみたいだけど、こうも持ち上げられると非常に困る。
『いやその、あれはわたしの思いつきで言っちゃっただけです。日本人だって、お天道様が見てるとか、ご先祖様に顔向けできないとか、言ったりしますし。まあ、わりとユルユルでアバウトだったりしますけど』
たしか仏教にも不殺生の戒律とかあったような。意味合いは一神教のそれとはまったくの別物だけど。
『不思議だったのだ。「
『さすがにそこまではなんとも……』
無関係ってことはないかもしれないけどねえ。
あちらでは何かあるとすぐ、暴動とか略奪に発展するそうだけど。信仰が倫理観に直結しちゃってるから、信仰が揺らいだ途端に倫理観も狂うというのは、充分ありえそうな話、なのかな?
対して、日本人は日頃からそこまで神々というものに信を置いてないというか、敬ってはいるけれど、神様よりも周囲の人間の目のほうが大事、という感じはあるかな。
まあ、確かなことはわからないけどね。
『君の言葉は我々開拓団の理念とも合致する。今後の方針を考える上で、ぜひとも参考にさせてもらいたい』
『えーまあ、それくらいでしたら?』
『標語として、インシピットにでかでかと掲げようか』
『そ、それは勘弁してくださいっ』
半分冗談だったようで、その件はそこで終わりとなった。
話題を変えて、月面基地の状況を聞いてみた。
『生産設備や格納庫のドローンなどは概ね無事だが、サーバー関係の損害が大きい』
最小限の基地機能が復旧するまで、少なくとも二四時間は必要と見積もられてるそうだ。ただ、ハードウェアは修理すればいいけれど、様々なデータが失われている可能性があるという。
問題はそれだけじゃなかった。
『もう一点。備蓄してあったはずの破砕用爆薬20tが紛失している』
シンプソンが投げてきた爆薬もそれかな。けれど、あそこには20tなんて量はなかったはず。
『爆破に使われたわけではなく、紛失ですか?』
『恐らく、基地機能が喪失して無防備となった後に、例のシャトルに積んで持ち出したのだろう』
『シャトルに爆薬載せてどう……って、まさか』
『ああ。爆薬の量からみて、恐らくインシピットを更地にすることも可能だろう』
またもや頭に血が上った。仮想体でなかったら、脳の血管がブチ切れてるんじゃないだろうか。
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