2:08 起爆

 八月も半ばを過ぎたけど、まだまだ日差しは強く、やっぱり暑い。日本の都市部ほどじゃないとはいえ、さすがに日中の気温は30℃を超えた。

 コンクリートの路面を歩いていると、汗がだらだらと流れてくる。

 まあ、湿度は東海地方や関東よりずっと低いんで、汗もすぐ乾くんだけどね。まとわり付くような蒸し暑さじゃなく、肌をじりじりと焙られて痛むような暑さというか。


「あ゛つ゛ぅいぃ゛~~」

「こういうときはハイラスは楽ですねー」

「でモ、ステータス見るト、ハイラスの外装の一部ガ目玉焼き造れそーな温度になってルネ」

「あ゛~~、ハイラスの放熱は近くにいるとちょっときついかも」


 ハイラスのわき腹には内部の熱を放出するための開閉式スリットがあって、そこから熱風が吹き出てた。

 この気温でもハイラスの動作には支障ないようで、かなりうらやましい。残念ながら、ホムンクルスにはヒートシンクもファンもなく、冷却機構といえば自前の血液と汗、あと呼気しかない。

 暑さに辟易しながら、本日分の配給を受け取るために、七海ちゃんとマギーといっしょに食糧プラントを訪れた。


「あれ? 誰もいない?」


 今日の受け渡し担当はシンプソンさんのはずだけど、姿が見えなかった。いつもの棚には培養肉のパックが置かれているだけで、野菜類は見当たらない。

 なんだろう。急に予定の変更でも入ったのかしらん。


「ま、いっか」


 一応、冷蔵庫にはまだいくらか野菜も残ってたしね。小麦粉もある。

 わたしは培養肉だけ受け取って、プラントを出た。





開発基地デヴ・ベース02仮想世界 小会議室】

Aug.19 10:35


 仮想空間の会議室にいるのは、フォレスト司令とデュボア副司令、そしてマイヤール事業部長の三人だった。デュボアは転送する時間も惜しいということで、月面基地ムーンベースからの遠隔参加である。


『……事業部の作業効率低下は顕著に現れています。すでにスケジュールの見直しは必至です』


 議題は、事業部の作業進捗についてだった。デュボアが問題点を述べた。


「技能が足りず、作業がまごついているならば、それは習熟度を見誤った我々の落ち度とも言える。だが、問題は別のところにあるんじゃないのかね?」

「それは……」


 フォレストの指摘に、マイヤールは言葉を詰まらせた。


『……事業部の人員の稼働率をみると、人によって偏りが非常に大きいです。一部では作業を放棄して、一日の大半を祈祷に費やしている者もいるという報告があります』

「そ、それは、彼らはもう五年も信仰を否定されて不安がピークになってるからで、それを咎め立てするのは私にも……」

「難しいことは承知している。その上で方策を考えてもらいたい。作業時間外であれば、内輪でやってる分には非は問わないが、作業に影響が出てるとなれば話は別だ」

『……最悪の場合、動かない人員は凍結し、排除せざ……』


 デュボアが非常に厳しい処分を口にしかけたところで、不意に彼の姿が固まり、ブロックノイズがかかった。そして、映像がぐちゃっと派手に誤作動グリッチを起こしたかと思うと、ふっと姿が消失した。


「デュボア?」


 フォレストは呼び掛けてみたが、返答はなかった。


「故障……でしょうか?」


 マイヤールもわけがわからず、首をかしげていた。

 その時、ふいぃーーいん、と呼び出しのアラームが鳴った。基地長からだった。


「フォレストだ」

『司令、月面基地とのコンタクトが途絶えました』

「どういうことだ?」

『月面基地からの信号が、予備回線含めてすべて停止しています。衛星その他との通信は正常なので、月面基地側で何らかのトラブルが発生したと思われます』

「予備回線までとは。わかった。復旧したら知らせてくれ」

『了解です。あ……、お待ちください。たった今、当基地のセンサーが極めて強い振動を検知しました』

「なに?」


 外で活動しているドローンや、複合現実環境だったら即座に気がついていただろうが、あいにく仮想空間の中では外界の異常が伝わりにくかった。

 ほとんど同時刻に離れた場所で起きた異常に、フォレストは嫌な予感がしだした。

 そして、予感は現実のものとなった。


『基地のプロセッサ群の四割が稼働を停止しました! 停止割合はなおも増加中、このままだと基地の機能に支障が出ます!』


 さらに、ほんの少しの間をおいて、別の報告が入った。


『司令、基地のデータセンターが半壊しています!』


 固定カメラの映像がモニターに映し出された。その惨状にフォレストたちは絶句した。

 だが、これはまだ序の口でしかなかった。





 食糧プラントを出て家に戻る途中、ちょうど診療所の前を通りかかった時だった。


 ボ、フゥウウウンッッンッッ……


 遠くから、エコーを伴った、腹に響く重低音が鳴り響いた。


「え?」


 音は開発基地02のある丘の方から聞こえてきた。そちらに目を向けると、基地の建物から灰色の巨大な煙の塊が立ち上っていた。よく見ると、大小様々な破片が宙を舞ってるのも見えた。


「な、何……?」

「爆発?」


 わたしたちが唖然として見ていると、


 ドンッ! ドォンッ!


 二回の爆発音が立て続けに鳴った。わりと近いところなのか、振動と風圧を感じた。


「あそこ、パワープラントがっ!」

「あアっ!? あっチ、防壁にッ!」


 見れば、パワープラントと、インシピット村を囲う防壁の東側の一角から煙が上がっていた。防壁は崩れてしまったのか、大穴が開いて向こう側が見えてた。

 その直後、診療所の建物の傍で何かが光って、わたしたちは吹き飛ばされた。





【インシピット村診療施設】

Aug.19 10:42


 ラクシャマナンは診療室でホムンクルスの記録をまとめていた時だった。

 何か遠雷のような音がして、ラクシャマナンは顔をあげた。

 しばらくして、不意に室内の明かりがふっと消えた。わずかなタイムラグをおいて、爆発音が明確に聞こえた。


「なんじゃ?」


 一秒もしないうちに天井は明かりを取り戻したが、通常より幾分暗い。

 そして、診療施設の異常を知らせるアラームが鳴った。

 施設のステータスをチェックしてみると、通常はパワープラントから供給されているはずの電力・魔力が途絶えており、非常用のバックアップ電源に切り替わっていた。

 設計上、短時間であればバックアップのみでも最小限の機能は維持されるはずだった。


 その時、突如診療室の壁が吹き飛んだ。弾丸のような勢いで飛んできた破片を浴びて、ラクシャマナンの載ったハイラスは床に転がされた。


「ぐわっ!?」


 圧し掛かってきた瓦礫を取り除け、立ち上がった。

 壁の方を見ると、もくもくと立ち込める煙の合間から、わずかに光が入ってきていた。


「壁が……!?」


 そして、先ほど再点灯したばかりの天井が暗くなっていた。


 ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ! 


〔緊急。すべての電源を喪失しました〕


 考える暇もないうちに、脳内で警報と通知ダイアログが浮かんだ。施設に重大な障害が起き、他に通知手段がない場合のための、いわば最悪の状況を想定して用意してあった脳内ダイアログ通知だった。


「バックアップも落ちたのか……? い、いかん! ハイヴが!」


 ラクシャマナンは三階へと駆け上がった。





開発基地デヴ・ベース02 敷地】

Aug.19 10:44


『基地内の人員、ドローンへの転送完了しました』

「よし、不要区画閉鎖」


 分散処理で辛うじてまだ機能はしていたものの、厳しい状態ではあった。

 負荷を軽減するため、基地の運用に必要な最小限の機能以外は閉鎖された。仮想空間もほとんどを停止させるため、その前に全員ドローンに退避させた。大体のことはリモートでも操作はできる。


「インシピットの状況は?」

『パワープラント、東側の防壁、それから診療所の順で爆発が起きたようです。火災は発生していませんが、建物の損傷がひどい状況です。それから、パワープラントの喪失により、他のバックアップのない施設も機能停止状態です』

「基地の保安部員五名をインシピットの応援にまわしてくれ。ああ、あと、こことインシピットに勤務する者、全員の所在を確認しろ」

『了解』


 フォレストは部下に指示を出していった。


「他の開発基地はどうなってる?」

『現在のところ異常はありません。念のため、不審物がないかチェックさせています』

「被害があったのはここと月面基地か。グローヴナー、衛星からの光学観測はどうなった?」


 グローヴナー探査部長には、衛星を使って月面基地の状態を確認するよう指示していた。


『現在、月面基地は夜の領域にあって、全容は確認できませんが、異常な赤外線の放射があります』

「爆発によるものか?」

『熱の拡散具合やスペクトルから、爆発によるガスの可能性は低いと見られます。何か別の、超高温の熱源によるものです』


 いったい何が起きているのか。

 ただ一つ明らかなのは、これは人為的なものであることだ。


『司令、診療所にて医療部長が大至急バッテリーパック二〇本の追加を要請しています』

「半数だけでも揃ったら、先に飛行型ドローンで運ばせろ」

『了解』


 パワープラントと診療所の爆発、そしてバッテリーパックの要請。

 現状、パワー喪失で診療所が緊急を要するところといえば、一つしかない。


「くそっ」


 フォレストは悪態をついた。

 コンクリートの建物が半壊し、ちょっとしたクレーターができるほどの爆発だった。

 事故ではない。爆薬による、人為的なものだ。月面基地の異常も偶然ではないだろう。


 ニューホーツには開拓団の人間しかいない。必然的に、犯人も三六七名いる団員の中の誰かだ。


 開拓の方向性の違いなどが元となって、団員の間で諍いが起きる可能性までは考慮していた。

 だが、開拓団の目標がとん挫しかねないほどの破壊活動サボタージュを行うとまでは予想していなかった。爆発の規模からしても、生半可なものではない。

 見通しが甘すぎたとも言える。


「絶対に、許さん」


 現時点では、目的は不明だ。だが、必ず犯人を突き止め、絶対に罪を償わせる。





 頭がくらくらする。


「っ!」


 体を起こそうとして、脇腹がズキっと痛んだ。何かと思って見てみると、脇腹が抉れて、血がどくどくとこぼれていた。飛んできた破片が当たったんだろう。突き刺さったままになっていなかっただけ、マシかもしれない。他にも小さな傷がそこら中にできてる。

 わたしは道路から10mほど離れた位置に転がっていた。爆風でここまで吹き飛ばされたらしい。重量の違いからか、七海ちゃんたちはその半分くらいしか飛んでいなかった。

 診療所のある建物に目を向けると、爆発のあった側の壁が崩れていて、フロアの中身が露出していた。三階のシリンダーが並んでいる部屋も。


「あ……っ!」


 見てるうちに、人工子宮のシリンダーの一つがぐらついて、地上に向けて落下していった。

 未使用のシリンダーじゃない。中が人工羊水で満たされているものだ。それはつまり、中にはか弱い未熟な生命が収まっているはずで。

 シリンダーは地面に衝突して、ガシャンと音を立てて割れた。


「あ……あ…………、ああぁ……」


 頭が真っ白になった。起こったことを理解したくなかった。


「ハイヴが……」


 だが、硬直していたのは数秒のこと。七海ちゃんのつぶやきではっとなって、わたしは猛ダッシュで三階への階段を駆け上った。

 厳重なエアロックも、壁が崩れて大穴が開いていれば意味がなかった。


「先生!」


 部屋の中では、ラクシャマナン先生の載るハイラスが横たわっていた。


「お、おぉ? みす、さとう、か」


 ハイラスはほんの少しだけ首を起こした。


「だ、大丈夫ですか、先生!」

「あ、あぁ。今、省電力、モードで、の」


 別にどこか損傷を受けたわけじゃなくて、単純にプロセッサに使うパワーを極端に節約してるため、反応が遅くなってるらしい。

 先生のハイラスは腹部の外装がはずされていて、その内部から伸びたケーブルが壁際に並ぶシリンダーの基部へとつながっていた。


「バックアップ、電源、切れ、ハイラス、代用」


 ここの非常用の電源も切れたため、人工子宮の機能を維持するためにハイラスの電源で代用しているということらしい。

 見れば、一個は地上に落下し、一五個残ってる人工子宮のうち六個は、シリンダーの根元にあるパイロットランプが消えていた。正常であれば、緑色に点灯してるはずなんだけど。

 人工子宮は普通の母体と同様に、人工胎盤を通して胎児のための酸素や栄養を供給してる。パワーが途絶えて機能が喪われれば、胎児にとって致命的となる。


「どうして……」

「すまない……。パワー、不足、全員は、無理……。生かす、ため、六人、停止、せざる、得なかっ……」


 どの子を見殺しにするか、ラクシャマナン先生にも苦渋の決断だったのだろう。けれども。


「じき……、追加、バッテリー、届く……。ミス、サトウ……、交換、頼む……」


 ラクシャマナン先生の言ったとおり、追加のバッテリーパックはすぐに届けられた。どうにか交換を終えて、とりあえず残り九つの命は保たれた。

 先生のハイラスはようやく駆けつけた医療部員に任せて、わたしは部屋を出た。



「きりこさん……」

「キリコ……」


 七海ちゃんとマギーがやってきて、わたしの肩をそっと抱いた。


「七人、だめだったよ……ひぐっ、うぅっ……」


 新人類として生まれてくるはずだった子供のうち、七人の生命があっという間に喪われてしまった。

 人類ヤバイってなってから、五年かけて準備してきて。

 ここまで順調にすくすく育ってきて、ときおり手足も動かしてる様子も見られたというのに。


 生きてさえいれば幸せだ、なんていうことを言うつもりはない。この世界、生まれてくる子供たちにとっては、決して楽な世界ではないだろう。ひょっとしたら、そんな世界に生み出されたことで、わたしたちは彼らから恨まれてしまうかもしれない。彼らを生み出したのは、わたしたちの、旧世界の人間のエゴでもあるのだから。

 でも、それでも、生きることに何らかの意味はあると思うのだ。わたしたちの目的がどうこうでなくて、彼らにとって。絶対に無意味ではない。無意味にしちゃいけない。

 だから、生きて、すくすくと育ってほしかった。


 血のつながりはないけど。子育ての経験もないけど。それでも、母親代わりをやる予定になってたから、すっかりそのつもりになってて。この子たちがどんな風に育つのか、なんてずっといろいろ考えてたから、余計にダメージは大きかった。


 いつの間にか、涙がこぼれてた。

 泣いたのは何年ぶりだろう。仮想体では涙腺が省略されてたので、どれほど辛いときであっても一滴の涙すら出なかったけれど、ホムンクルスではちゃんと機能するらしい。


 地上に降りて、しばらく悄然として座り込んでいると、ルクレツィアさんがやってきた。


「キリコ、泣いてる暇はないよ。上から連絡があって、すぐにハーキュリーに載って基地02に行くようにってさ」

「……はい? みんなは?」

「あたしらはこのままハイラスで、ここの復旧作業にあたるみたい。あと、あんたが抜けている間のホムンクルスはあたしらで面倒見ることになってるから、そっちの心配はいらないよ」


 そういう話なら無線などで直接伝えれば良さそうなことなんだけど、人を介したのは指揮系統の問題か。非常時であっちこっち混乱してるし。

 しかし、ホムンクルスじゃなくハーキュリーでって、どういうことだろう。ハイラスが主流となった今、あえてハーキュリーを持ち出す必要がある状況って、武力行使しか考えられないんですけど。

 まさか、まだ事態は終息してないんだろうか。


 ……だとすると、ひょっとしてこれは、犯人を直接ぶん殴るチャンスもアリ?


 どう見ても、これは事故じゃない。これを引き起こしたヤツがどっかにいる。

 そう思ったら、頭に血が上って、くらっと来た。ホムンクルスの脳みそはコンピュータなので、実際には血流が変化したわけじゃないだろうけども、血が上ったとしか表現のしようがない。

 わたしは生まれてから今日まで、これほどまでに激烈な怒りを覚えたことはなかった。まさに憤怒とか激情というやつだ。はらわたが煮えくり返ってる。


 犯人は絶対に許さない。必ず見つけ出して、宇宙の果てまでぶっとばす。

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