2:02 ホムンクルス(1)

 三月も中旬を過ぎて、日差しは柔らかくなってきたけど、開拓地の空気はまだまだ。鳥肌がたって、筋肉に力がこもってしまう。

 四度目の冬を越したわけだけども、ハーキュリーで活動してたときは、こんなに寒いとは思わなかった。まあ、一冬の間に5~15cmほどの積雪が二~四回ほどある程度で、体感的には東京あたりとそんなに変わらないかもしれない。

 とはいえ、寒いものは寒い。

 なにせ、今のわたしは機械の体ではなく、生身の肉体で現実世界にいるもんで。





 早いもので、わたしたちがこのニューホーツにやってきて、もうじき五年目を迎えようとしている。

 いまだに本命の新人類を作り出すところまではいけてないんだけど、そのための準備は進めてきた。

 いろいろ新しく出来上がったものもある。その中で一番目立つものといえば、今わたしがいる場所、『インシピット』と名づけられた村だろう。


 開発基地デヴ・ベース02のある丘の南西には平原があって、そこのおおよそ4Km四方を高くて頑丈な壁で囲って、土地を均して造成したところがインシピット村だ。

 村の南側は湾があり大海原が広がっていて、西側には安倍川と大井川の中間くらいの幅の川が流れてる。今のところ海運も漁業もないので、港などは造られてない。一応、洪水や波の対策として堤防を整備する計画はあるけども、それらはもう少し先の予定だ。

 村の北側の壁には二重に区切られた門があって、基地02に続く道へとつながっていた。


 ドローンを運用するために造られた開発基地と違って、ここは将来新人類が生活する場所となるべく造られてる。

 壁の内側はまだ空き地のほうが多いけど、いくつか割り振られた区画には新人類向けの家屋とか、食料や生活物資を生産する設備、試験農場の田畑なんかがある。ほかに上下水道や農業用水なんかも引かれてる。

 道路はコンクリートで舗装され、建物も鉄筋コンクリートになってる。ただ住むためだけの機能を最優先で造ってきたので、塗装やら装飾は一切なく、町並みとしては少々殺風景かもしれない。



 他に大きな変化といえば、何種類かドローンの新型機が登場したことかな。

 魔法を利用したジェット推進機構も実用化されて、飛行型ドローンに搭載されるようになった。


 新型の作業用人型ドローン『ハイラス』というのも開発された。これは操作のしやすさに重点を置いて設計されている。

 わたしの愛機といえるハーキュリーは、わたし含めて二人しか一体化コントロールモードを使いこなせていない。みんなパッド型仮想コントローラで操作してるんだけど、コントローラだとどうにも細かい操作がしにくくて評判が悪かった。

 それで、ハイラスでは新しく『全身マスタースレーブ方式』という操作方法が採用されてる。最初の頃のドローン講義でちらっと話に出ていたんだけど、最近になってようやく実用化された形だ。

 この方式では、仮想空間に機体の周囲の環境を再現して、その中で仮想体が動くと、現実世界の機体が同じように動くようになっている。ちょうど、VRプレイヤーが現実で体を動かすと仮想世界のアバターが動く、というのとまったく逆の形になる。

 演算負荷が高いのが欠点だけども、操作性を優先した形だ。


 残念ながら、新方式にはハーキュリーだとスペック的に対応できなくて、今やハーキュリーを使ってるのはわたしや保安部の人だけになってしまった。

 圧倒的なパワーが必要な場合に、ハーキュリーが必要とされるときもあるんだけどもねえ。わたしはすごくハーキュリーが気に入ってたし、馴染んでたんで、廃れるのはちょっと悲しい。


 とはいえ、わたしもとある任務ミッションのために、ここしばらくはハーキュリーに載る機会がなくなってしまってる。

 今のわたしは最新の機体、生体素材バイオマテリアルドローン『ホムンクルス』というのに載っている。生体素材の名が示すとおり、機体のほとんどが生身の人間でできてる。外見上は生前のわたしの姿そのまんまだ。

 脳みそ以外の神経も人間そのものなので、こうも寒いとガタガタ震えてしまう。まあ、そういうのも生身で現実世界にいるからこそなんだろうけども。





 わたしがこのホムンクルスに関わることになったのは、まだ企画段階だったおよそ一年くらい前のことだった。


 その日、わたしはフォレスト司令から呼び出されていた。

 司令とは開拓団に入るときに面談したくらいで、後はハーキュリーで活動中に通信でやり取りしたことがある程度しかなかった。何かあれば、普通は部長や班長らを通して伝わってくるので、ほとんど接点なんてないのだ。なので、いきなり司令からの直接呼出しっていうのは、『猫耳にミミズ』『転生の辟易』というくらいにびっくりした。


 いったい何事だろう。生活態度がよろしくないため、説教とか? いや、もしかしたら、ハーキュリーでいろいろやらかしたせいだろうか? 最近何か怒られるようなことしたっけか? と、内心でドキドキしてた。

 そういえば、このところ一部の団員のダレてる姿が目に付くようになってきてて、ちょっと不穏な感じはしてたんだけどもねえ。一応わたしは作業時間内はきっちりやってるつもりだったけれど、傍から見るとそうでもなかったんだろうか。


 月面基地内の指定された仮想小会議室に転送すると、そこには中央に大きなテーブルがあって、その三方にフォレスト司令にデュボア副司令、マイヤール事業部長、砂田技術部長、ラクシャマナン医療部長、アンダーソン保安部長、グローヴナー探査部長らが座っていた。(保安部長や探査部長とは直接会話したことはなくて、〔名前表示〕オプションで名前を知った)

 開拓団のトップらが集まって、マジでいったい何事? 今になってまさか圧迫面接の類だったりとか? と、ちょっと腰が引けた。


「やあ、ミス・サトウ。そこの席にかけてほしい。まあ、気を楽にして」

「は、はい……」


 柔らかい表情の司令に言われるまま、わたしはテーブルの一方にある席に座った。

 副司令がすっと近寄ってきて、無言でわたしの前にそっと仮想コーヒーを置いた。飲んでいいのかな、これ。日本だとマナーだなんだで諸説あったけれど、外人相手でも通用するんだろうか。

 でも、お説教会という雰囲気ではなさそうで、ちょっとだけ緊張レベルが下がった。全員の目がこちらを向いていて、なんとも居心地は悪かったけど。

 司令から近況とか聞かれたり、軽い雑談をした後、本題に入った。


「今日はちょっと君に相談したいことがあってね」

「わたしに、ですか?」

「君はドローンの操作について最も優秀だと聞いている。それで、現在計画中の新型ドローンの操作を任せられないか、という話が出ている」


 これまでも新型ドローンが出てくるたびにテストに加わっていたので、別段目新しい話でもない。けど、そういう話なら、なぜトップの人たちが集まってるんだろう。これまでは現場で話がついていたことなので、なおさら不可解だった。


「これまでのドローンと違って、新型は構造から運用まで含めて、極めて特殊で異質なものだ」

「特殊?」

「新型は、ほとんど生身の人間そのものでね。『生体素材ドローン』と言う新しいカテゴリーのドローンで、『ホムンクルス』という通称で呼ばれている」


 司令はそう言って、テーブルの上に小さなマネキンのような人体モデルを表示した。ぱっと見は人体そのもので、これまでのドローンのようなメカメカしさはまったくない。


「これは単純に言えば、生身の人体を合成して、その脳の部分だけをコンピュータに置き換え、仮想体から操作できるようにするものだ。サイボーグが脳以外の人体を機械に置き換える、あるいは付加するのに対し、ホムンクルスはその逆の発想と言える」


 なんというか、それはマッドサイエンスっぽいというか、医学とかの倫理的にどうなのか。気になって聞いてみたのだけども、


大破局カタストロフ以前の地球における生命医学倫理基準からしたら、完全にアウトなシロモノだな。宗教観的にも無理だっただろう。

 もっとも、それを言ったら、遺伝子から新人類を合成しようという我々の目標もアウトとなってしまうが」

「なるほど」

「どれほど冒涜的だろうとも、我々はやらねばならん」


 そこは百も承知の上らしい。

 『ホムンクルス』という名称についても、どこぞの一神教的には『神』とやらを冒涜する忌まわしきものという扱いらしくて、一部の信心深い団員から物言いが付いたらしいけど。

 まあ、たしかに今さらだねえ。わたしとしては納得するしかなかった。


「新人類を造る前に、これまで我々が造ってきた環境で、本当に生身の人間が生活できるのかどうか、このホムンクルスを使ってテストする予定だ。衣食住や医療など、不備がないかチェックすることになる。

 しかし、不備の内容によっては、大変な苦痛を伴うこともあり得る。また、生体素材ドローン自体が初の試みで、何かしら不具合が起きないとも限らない」


 ある意味、これは人柱と言ってもいいかもしれない。

 インシピット村では合成した農作物を試験的に栽培してるけど、もしそれらが何らかのエラーで毒性を持つようになってしまっていたら、それを食べるホムンクルスもダメージを受ける。また、何かの病気に掛かったり怪我をしたときに、薬や治療器具が用意されてなかったら大変なことになる。ここには未知の病気だってあるだろう。

 まあ、仮にホムンクルスが死ぬようなことになっても、仮想体のわたしには影響はないだろうけども。


「さらにもう一つ、ホムンクルスには重大な役割がある。新人類の子供たちを合成した後には、彼らの実質的な親代わりとなってもらいたい」


 世話だけならハーキュリーやハイラスなどの人型ドローンでもできる。けれど、情操教育の点で、子供たちに接するのが機械式ドローンのみで大丈夫なのか確証がない。より生身に近い者が必要なのではないか。

 そこで、ホムンクルスで親代わりとして振舞ってほしい、ということだった。


「えと、わたし、子育ての経験なんてないんですけど?」

「すべてを君一人でやらなければならないわけではない。他にも何人か、ホムンクルスの操作を打診してみる予定だし、重要でないところはハイラスなどで代替はできるだろう。そちらの人員も割り当てる。

 大変な役割になるが、引き受けてはくれないか?」

「……それなら、わかりました。やってみます」


 どう考えても重要なのは間違いないんで、わたしはわりとあっさり引き受けた。





 その後、医療部と技術部の担当者らと、具体的なホムンクルス製造計画についての打ち合わせがあった。技術部長の砂田さんや、仮想体インターフェイスの関係で田中さんの顔もあった。

 ラクシャマナン医療部長は浅黒い肌で、たぶんインド系? な感じの、恰幅のいいお爺さんだ。彼が計画の音頭を取ってる。


「さて、このホムンクルスはお前さんの遺伝子情報と、仮想体を作ったときのスキャン情報をベースにして造ることになる。ただ、設計段階でなら、身長やら体形とか顔立ちとかはある程度は修正できるようになっておってのう。それで、何か希望がれば聞いておきたいんじゃが」

「え……? 体形とかって……それじゃ、もしかして…………………………おっぱいをたっぷり盛ったりとかもっ!?」


「「ぶっふぉっ! げふっ、ごほっ!」」


 田中さんと砂田さんが、同時に飲んでいたコーヒーを盛大に噴いてむせていた。


「ちょっ、げほっ、佐藤さん、お、おっぱいって」

「げふっ、真っ先に聞くのが、それってのも、ぶふっ、なんか、佐藤さん、らしいっちゃ、ごほっ、らしいんだけども」

「あんたら小学生ですかいっ。いい歳こいて、『おっぱい』くらいで反応しないでほしいんですけど?」


 耐性がなさすぎるというか、なんとなくこの二人は草食系っぽい感じはしていたのだけど、もしかして、まさか、二人とも使なのだろうか。いや、まあ、わたしもそっちの経験なんてないのだけれども。喪女だし。


「それと、『わたしらしい』っていったいどういう意味なのか、じっくりとお聞かせ願いたいですねえぇぇ」

「いあ、佐藤さん、なんかスマン。……てか、これって逆セクハラなんじゃね?」

「それ以前に砂田さん、俺ら、男として見られてないんじゃないですかね」

「そんな感じもなきにしもあらず」

「あら、イヤですわ。お二人とも『色んな意味で』立派な殿であると存じております。なんでしたら、お二人をガチで掛け合わせた濃厚な妄想を薄い本に描きあげて、進呈してさしあげてもよろしくてよ? わたくし、そちらの趣味も嗜んでおりますの。おほほほ」

「「腐ってやがるっ!?」」


 ニタリと黒い笑みを浮かべながら、使い慣れない怪しげな言葉遣いで申し上げたところ、二人は揃って猛烈な勢いでガタッと後ずさった。息が合っていらして、妄想が捗りそうですわ。

 そういえば、彼らとも付き合いが長くなったせいか、こういう砕けたお馬鹿なやり取りも多くなったかな。最初の頃はだいぶ他人行儀だったけど、開拓団の中で四十人近くいる日本人のコミュニティはなにかと集まって固まってることも多かったしね。これも日本人の習性なのだろうか。

 まあ、なんだか仲間としての意識が強いのもあってか、お友達以上の関係になりそうな気配はまったく微塵もないんだけども。


「話を戻すぞい。乳房の大きさについてはまあ調整はできるが、欲をかいてあまり大きくしすぎるのはお勧めできんのう。重量が大変じゃぞ」


 一説によると、Cカップでは両胸で500g、Eで1Kg、Gで2Kg、Hに至っては3Kgを超えるという。そんだけの重量が常時かかってたら、慢性的な肩こりに悩まされるというのもうなずける。

 元々、生前は身長167cmで81Bという程度だったわたしからすると、まさに想像を絶する脅威に満ちた世界と言えよう。胸囲だけに。

 さらに、現状ではブラジャーも生産されてないので、大きくしすぎると確実に自重で垂れる。三角の布に紐をつけただけの簡単なのなら、どうにか自前でも作れるかな。


「うーん……」

「佐藤さん、男からしても大きいのはロマンだけど、HとかIとかあんまりにも大きすぎると、それはそれで引く男も多いんじゃないかな。俺的にはFくらいがベストだと思うんだけど」

「待ちたまえ田中君、カップは絶対的な数値で定義されるが、体格とのバランスは相対的なものだ。問題は絶対的な大きさではない。形こそが重要だろう。そして、多少慎ましくとも、形さえ良ければ何の問題もないのだッ」


 魔法使いの二人は理想のおっぱい論について語り始めてしまった。小学生か。

 わたしは気にしないけど(むしろ気にしろと言われそうだけど)、以前の日本だったら、セクハラ全開で確実にアウトな会話だわ。


 まあ、たしかに体格に不釣合いなほどの大きさにするのも微妙か。

 一度は「足元が見えない」だとか「肩こりが大変よー」だとか「汗疹ができてイヤ」とかいったセリフを言ってみたかったんだけどもねえ。任務ミッションのことも考えると、そんなことも言ってられないか。


 結局、顔立ちや体格はそのままで、“E” くらいにしておこう、というところで話がまとまった。体格を鑑みれば、“E” でも充分 “巨” と言い張れそうだったので。字面も似てるし。

 期待に胸が膨らむ。たぶん、物理的にも。


 ちなみに、後日、違うサイズを体験してみたいという要望に応えるためとして、技術部のほうで仮想体の体形を一時的に修正エディットするアプリを開発することが正式に決まった。砂田さんは「『幻影』リスペクトな『おっぱいス○イダー』を実装する!」とかなんとか言ってたけど、どういう意味なんだろう。ネタがわからない。



 そんなやりとりを経て、ホムンクルス第一号の製造がスタートしたのだった。

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