1:17 捕獲

【月面基地仮想空間 小会議室】

Apr/26 11:40


「どういうことですかっ! こちらでもゾンビが出るなんて、聞いてませんよっ!」


 マイヤール女史のヒステリックな金切り声が、小会議室に響き渡った。


「落ち着いてください」

「これで落ち着いていられるわけないでしょうっ!? こちらは安全だ、というお話はどこにいってしまったんですか!?」


 デュボア副司令がなだめるが、まるで効果はなかった。

 各部長を集めて状況を説明した途端、コレだった。


「こんなとこで、新人類を育てられるわけないじゃないですかっ! 開拓は最初から失敗だったんだわ!!」


 その言葉に、それまで沈黙していたフォレストが口を開いた。


「マイヤール、静かにしたまえ」

「え……?」

「二度は言わん」

「う……」


 フォレストは眼光を鋭くし、低く静かに言った。普段あまり感情を表に出さないフォレストの本気の威圧に、マイヤールはたじろいだ。


「諦めるのは、我々がやれることをすべてやってからだ。何もしていないうちから諦めるのは認めん」


 フォレストはまだ投げ出してはいなかった。

 本音を言えば、地球でまだ生き残ってる人間を救うことについても、最後の最後まで足掻くべきだと思っている。最悪の状況への備えも必要とされ、こうして開拓団を率いる立場となってしまったため、残念ながら彼自身が地球側でやれることはないに等しかったが。

 ニューホーツにはまだ犠牲になる人間はいない。今のうちであれば、原因を究明して対策をとることも可能なのではないか。

 不毛なやり取りで時間を浪費している暇はなかった。


「あー、ひとついいかの? 恐竜のゾンビということじゃが、地球では人間以外の生物がゾンビ化したという話はまったくなかった。この点だけでも、重要な違いでないか?」


 場が落ち着いたところで、医療部のラクシャマナンが疑問を発した。次いで、保安部のアンダーソンも口を開いた。


「報告では、現場に魔竜の子供もいるようですが、そちらには一切関心を示していない模様です。この点でも、地球のゾンビとは違っている可能性が高いでしょう」


 地球のゾンビは、周囲に生きている者がいれば必ず襲ってきた。

 こちらのゾンビに同種以外襲わないという習性でもあれば話は別かもしれないが、調べてみる価値はあるだろう。

 地球と同様のオカルトならどうにもならないかもしれないが、そうでないなら何か方法はあるかもしれない。


「対象を捕獲できるかの?」

「完全に封印しておくだけなら、デヴ2のカーゴコンテナが使えるかもしれません。あれなら密閉も完全で、ちょっとやそっとの衝撃では破れないでしょうし」

「封印か。研究するとなると、それなりのは必要になるか」

「コンテナをどうやって移動させる?」

「道がないので地上からは無理ですね。空輸なら、複数の飛行型ドローンをリンクすればいけると思います」


 こうして、とりあえずまずはどうやって捕獲するかの検討が行われた。





『司令部だ。ハーク1、対象の様子はどうだ?』


 三〇分ほどして、司令部から直接連絡がきた。司令部もこんな事態想定してなかっただろうし、そうとうゴタゴタしていそう。


「えと、先ほどの場所から10mくらい? 移動してます。こちらには何の関心もないみたいで、普通に、葉っぱを、食べてますね……」

『腹部のほうはどうなっとるかね?』

「食べた葉っぱが、腸? というか胃? その、はみでた内臓から、食べたのがモリモリ零れ落ちてますが……」


 なんか、見てるだけでもキツいのに、それを描写しろってどんな拷問ですか。お食事中の人には、ごめんなさい。

 はたして、こいつの食欲ってどうなってるんだろう。いくら食べても満腹にならないから、永遠に食べ続けるんだろうか。

 というか、ゾンビ化してても草食のままなのかな。近くにいるタマにも無関心のようだ。ひたすら葉っぱを食べている。あるいは同種しか襲わないとか?

 そいえば、地球では動物がゾンビ化したなんて話は聞いた覚えがない。人間を喰うために襲ってたわけじゃないらしいし。

 地球の、人間のゾンビとは何か性質が違うんだろうか。



『ハーク1、赤外線映像を送ってくれ』

「赤外線……ええっと、これか、はい」


 普段使わないんで、スイッチが脳内メニューのどこにあるか思い出すのにちょっと手間取ってしまった。

 わたしの目には通常の視覚と赤外線映像とが重なって見えてるけども、混じりあってるわけじゃなく、区別はつくようになってる。感覚的に別レイヤーを見分けてるというか。


「映像見えます? えーと、どうも周囲に溶け込んじゃって、ほとんどステルスですねえ」


 太陽光の当たってるとこや、筋肉を動かしてる部分などがほんのり暖かくなってるっぽいけど、大部分は周囲の温度と差がない。

 でも、たしかこの種類の恐竜って、元々変温動物だったような。

 漫画とかで、ゾンビかどうかを体温で見分ける話があったけど、生きてても死んでてもあんまり違いがないのでは、ここでのゾンビの判別には使えないんじゃないかな。


『問題ない、それがわかっただけでも収穫だ』


 これで収穫って、どういうことだろう。と、疑問に思ってたら、七海ちゃんが教えてくれた。


『地球のゾンビって気温よりもずっと体温が低くて、ほとんど冷たいくらいだったそうですよ』

「へ? そなの?」

『ええ。なぜそうなるのか、理由は不明なままですけど』


 地球のゾンビは熱帯夜でも体温が10℃前後と、あからさまに周囲より低かったそうだ。

 なるほど。そういう違いがあるのか。

 まあ、地球のと同じじゃないからといって、それですぐに解決方法が見つかるわけじゃないだろうけど。



『ハーク1には対象を捕獲する作業をしてもらうことになる。今、デヴ2の方で隔離用のケージを用意してるんで、それが来るまで待機しててくれ』

「了解です」


 十分ほどすると、複数の大型飛行ドローンに吊るされた大きな貨物コンテナがやってきた。

 ぱっと見、コンテナは資材運搬用に使われてるものそのまんまだった。


「ケージってコレなんですか?」

『ああ、現状、貨物コンテナを流用するしかなかった。宇宙空間でも使用してるモノなので、閉じれば気密は保たれてるはずだ。それと、消毒液も運ばせてるんで、捕獲したらコンテナの外側とハーキュリーの洗浄をしてほしい』

「了解です」


 とはいうものの、消毒液でどうにかなるもんなのかな。それと、こいつが通ってきた場所のほうはどうするんだろう。なんかいろいろ垂れ流されてたんですが。


『経路の特定と消毒は別班にやってもらうことになってて、そっちは手配中だ。

 ただ、屋外での洗浄は気休めにしかならんかもしれん。最悪、基地内に汚染物質を持ち込まないようにだけ注意してくれればいい』

「了解です」



 捕獲作業として、まずはスタンロッドでコンテナに追い立ててみることになった。

 でも、なんかこいつ、わたしらがこれだけ近くにいても、まるで関心を示していない。というか、神経あるのかな? 電気流しても、痛みを感じたりするんだろうか。


「タマ、危ないから下がっててね」


 一応、身振り手振りを加えながら、タマに下がるように言ってみた。


「にゃあ~~」


 すると、タマは一声鳴いてから、後ろに下がった。ジェスチャーで意味が通じたんだろうか。まさかこっちの言葉を理解してるわけじゃないだろうし。空気読んだだけ? いやまあ、空気読めるだけでも結構な知能がありそうだけど。


「これからスタンロッドを使用してみます」

『了解』


 スタンロッドを装備して近寄った。

 そーっと、スタンロッドを伸ばし、先端を押し当てた。バチっと音がして、一瞬、そいつはビクっとした。

 だが、反応はそれだけで、数秒もすると再び葉っぱを食べ始めた。

 念のため、もう一度やってみるが、やはり効果はなかった。


「効果ないようです。一瞬だけ硬直しますが、痛がったり、嫌がるそぶりもないです。こちらにもまったく反応せず、ひたすら食べ続けてます」

『了解。ハーク1、そいつを抱えて持ち上げることは可能か?』

「どうでしょう? デカいですしねえ」


 なんせ、全長8mもあるんで、どこを掴めばいいんだろう。うぅ、あんまり触りたくない……。ハーキュリーに感染するようなことはないけども、生理的にはちょっと。感圧センサーで、感触がばっちり伝わってきちゃうだろうし。


「腰の部分を持ち上げてみます」


 内臓が無いぞう、ってなってる腹の部分は避けて、腰のあたりに抱きついてみた。

 あ゛~……、そいつの皮膚の感触がモロに伝わってきた。猛烈に気色悪い。鳥肌が立ちそう。機械の装甲にそんなものないけど。

 嗅覚が備わってなくて良かった。どう見ても、臭いがひどいことになってそうだし。


「腰の部分だけを持ち上げるのは可能みたいですが、他の部分がだらんと垂れ下がっちゃいますねえ」


 たぶん引きずっていくのは可能だろうけども、検体がボロボロになりそうってことでボツになった。よかった。


 さらにいろいろ検討した結果、複数の飛行型ドローンからワイヤーロープで吊り上げて運ぶことになった。

 ロープを引っ掛けるのは、人型してるわたしが一番やりやすいだろうってことで、やっぱりわたしの役割となった。


 首の付け根、胴体の前脚のすぐ後ろ、後脚の手前、尻尾の付け根、計四箇所にワイヤーをくくりつけた。ワイヤー一本の両端を二機のドローンで担当して、七海ちゃんたちほか計八機のドローンで連携して持ち上げるのだ。彼女らもこういう運搬の訓練はしてる。

 作業中も、そいつはまったく反応せず、ひたすら食べていた。


「OK、くくりつけました」

『よし、では始めるぞ』


 合図とともにドローンがゆっくりと浮かび上がる。ついでワイヤーロープがぴんと張って、ゾンビ恐竜の体が持ち上がった。

 脚が地面から離れても、まだそいつは葉っぱを食べていた。それどころか、木から離されてもまだ首を伸ばして食べようとしていた。

 食事を邪魔されたらどうなるのかなーと思ってたけど、特に暴れることもなく、ただ名残惜しそうに木のほうに首を伸ばすだけだった。


 コンテナの上面が開いていて、あとはそこに降ろすだけ。

 しかし、もうちょっとで入りきるってところで、そいつが大きく身を捩った。


『きゃあっ!?』

『ひャ!?』

『うわっ!?』


 不意に引っ張られたドローン同士がぶつかり合った。その拍子に、ゾンビ恐竜がコンテナの中にドスンと落下した。

 ドローン同士のローターが接触してガチっと派手な音がしたけど、幸い、それで飛行不能になるほどでもなかった。


『ワイヤーを外せっ!』


 振り回されることを危惧して、即座にドローン側のフックからワイヤーが外された。

 ゾンビ恐竜が暴れてぶつかったのか、コンテナの側面からガツンと大きな音がした。

 どうなることかと見守っていたけど、それ以降は静かだった。


 一瞬ヒヤっとしたけれど、どうにかゾンビ恐竜の捕獲は成功したようだ。ワイヤーロープをゾンビ恐竜から外すのは後でもいいってことになって、とりあえずコンテナ内に投げ入れた。そうしてコンテナの上部を閉じれば一応は完了だ。


「おつかれ~」

『『『『おつかれさま~』』』』

『『『『おつかれ~』』』』


 ドローン八機は互いにマニピュレータで器用に伸ばしてハイタッチしてた。わたしも混ざろうとしたら、


『きりこさん、あれを触ってましたよね?』

『キリコ、えんがチョー』

「ええぇっ!?」


 引かれた。そりゃ、まだ消毒もしてないから、汚れてるといえばそうなんだけども。メカだから感染はしないとはいえ、あんなもの触れたくないのはわかるし。しょうがないと言えばしょうがないけども。しょうがないけども。

 あんまりだ。

 まあ、このままだとタマにも触れられないし。


「ううぅぅ……」


 わたしは泣きながら一人、ハーキュリーのボディで消毒液のシャワーを浴びた。


 ゾンビの臭いが移ってしまったのか、それとも消毒液の臭いが気になるのか、その後しばらくタマは近づいてくれなかった。

 あんまりだ。





 その後、コンテナは空輸されて、基地の敷地の外側に置かれた。

 念のため、ハーキュリーも基地の外でスリープ状態にして、そのまま屋外で徹底した洗浄とメンテをすることになった。

 わたしのハーキュリーが夜露で濡れてしまう。いろいろ散々な日だった。


 もっとも、この後の騒ぎに比べれば、これくらいはまだまだ序の口だったのだろうけれども。

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