1:05 ドローン講習 (2)

「さて、皆さん、接続は終わったでしょうか? 接続した直後は、まだ皆さんの本体はこちらの基地のサーバーにいます。

 ここでドローンメニューの〔転送〕を使うと、仮想体がドローンに送られて、自律動作が可能になります」


 〔転送〕すると、その時点での仮想体の状態が自動的にサーバー側に保存セーブされてから、ドローンへと転送される。元に戻るときは、ドローン側にある仮想体の最新の状態と、保存してあった状態とをすり合わせて復帰するんだそうだ。なんかパソコンのファイル操作で似たような話を聞いたような気がする。

 ちなみに、保存せずにそのままサーバー上に残れば、ドローン側とサーバー側とで別々に行動できるんじゃないのかと思ったけど、仮想体それぞれに一意のIDが振られていて、重複するとあちこちで誤動作が発生するため、やれないようにしてあるそうだ。


 ただ、さっきの講義でもあったけど、ドローン側のプロセッサは容量が限られているため、記憶すべてを転送することはできないらしい。それで、身体動作や言語とか思考に関わる部分、人格形成に深く関わっているような重要な記憶など、頻繁にアクセスされる記憶が優先的に転送されるそうだ。一方、普段あまり意識しないような記憶は、必要になったときだけ抽出して転送されるらしい。つまり、思い出すのに時間がかかる、と。


 場合によっては、過去のトラウマの記憶とかをサーバーに置いてきてしまって、性格に影響が出るケースもあるそうだ。まあ、サーバーに戻ってくれば全部思い出して、元通りに戻るわけだけれど。

 でも、もし中二病の記憶を忘れて、ドローンに乗ってる間にいろいろやらかしてしまったらどうなるだろう。戻ってきた途端、羞恥まみれになりそうな気がする。黒歴史を量産しそうで怖いな。


 それはともかく。

 わたしはさっそく〔転送〕コマンドをぽちっとしてみた。

 すると、「ヴゥウウゥゥゥゥン」という腹に響くような図太い起動音と共に、周囲が真っ暗というか、真っ黒に染まった。


「もうここがドローン内の仮想空間になってるのかな?」


 一瞬だけ意識が遠くなったような気がしたけど、それ以外では、転送前と後とで何か変化があったようには感じられない。

 まっ黒な空間できょろきょろと周囲を見回していると、一拍遅れて、二畳ほどもありそうな大型のスクリーンと、操縦席となる座席が現れた。スクリーンにはドローンのカメラの映像が映っているようだ。

 手元にはワイヤレスコントローラが浮かんでいる。


「おー、出た。『仮想ゲーム機』のと同じだねえ」


 うちのホーム空間には、昔の据え置き型を再現した仮想ゲーム機が置いてあるけども、それで使ってるコントローラとまったく一緒だった。よくある二本のスティックに、十個のボタンがついているタイプ。

 飛行型や車両型なら、基本的な操作はこれだけでだいたいできるという。


『あ、でも、このスクリーン、見た目は平面ですけど、立体映像みたいですよ?』


 どこからともなく七海ちゃんの声が聞こえてきた。彼女は別の機体の仮想空間にいるからか、姿は見えない。

 どうやらドローンを介してだと、周囲の人の声は無線通信のように聞こえるらしい。スピーカーがどこにあるのかは不明。


「え? ほんとだ」

『へー、不思議な感じだねエ』


 スクリーンは単なる平面映像じゃなくて、三次元空間に開いた窓みたいだった。端っこから覗き込めば、正面からでは見えなかったその方向の景色が見えてる。奥行きもわかるし、視点位置によって見える範囲が変わるようだ。七海ちゃん、よくこんなの気がついたな。


 脳内メニューには機体の動作設定の項目があったので、その中の項目を適当にいじってたら、スクリーンがわたしを包み込むように球形に広がった。


「おろ? スクリーンが広がった? あー、これ、ドローンから見た全周囲スクリーンだ。すごい……」


 全周に格納庫の風景が映っていて、その中にぽつんとわたしと操縦席が存在している状態。アニメでこういうのを見たことがある。操縦桿とかはなくて、コントローラなのがいまいち締まらないけど。


『どうやったんですか?』

「ドローンメニューで、〔Optionオプション〕て項目の中に〔View表示〕ってのがあって、そこで〔Spherical球面 Projection投影〕に変更したらなった」

『あ、できました』

『Oh、なんかSci―Fiやねエ』


 わたしたちがはしゃいでると、砂田さんがやってきた。


『おや、もう設定までいじってますか。あぁ、そのままでけっこうですよ』


 勝手にやって怒られるかと思ったが、だいじょうぶだった。



『では、実際にドローンを動かしてみましょう。まずはロックを外しますね』


 ガチン、という音と共に機体を固定していたロックが外され、どこかから「しゅーっ」という空気が漏れるような音がした。同時に、機体が「」と浮き上がった。

 コントローラのボタン割り当てはコンフィグで変更できるけれど、前進後退/左右移動、上下移動、方位ヨー仰角ピッチ前後軸ロール回転ができるようになってる。概ね、スペースコンバットシム系のゲームと似たような操作系統だ。

 その場でちょいちょいと動いてみる。


「おー、おおーーーぅ」

『わ、わ、動いた!?』

『おほォ!? ホーーッ!』


 わたしはその手のゲームもプレイしていたので、さほど違和感なく動かせた。マギーはともかく、七海ちゃんはこういうのは初めてかな。ちょっとふらふらしてる。


『デフォルトでは、機体にかかるGがそのままパイロットに体感として伝わるようになっています。

 普通の作業では問題ないですが、曲芸飛行とか極端な機動をするとものすごいGが発生します。まあ、仮想体では失神やブラックアウトは起きないんですが、辛いことは辛いですからね。そういう場合には、設定でGの伝達率を変えられるので、必要に応じて調整してください』


 なるほど、さっき「ふわっ」て感じたのはそれか。なんか体感ゲームみたいだ。

 浮いた状態で止まってるけど、弱いながらもほんのりと重力が感じられる。さっきから断続的に「ぷしゅっ」って音がしているのは、浮揚のためにスラスターから推進剤を噴射してる音っぽい。格納庫は真空になってるけど、機体内で発する振動を音として拾っているらしい。



『さて、今度はドローン一体化コントロールを試してみましょう。ドローン操作メニューのところで、〔Unified Control〕を選択してみてください』


 さっき言ってた、神経をつないで機体と一体化するモードか。

 業務用だからか、設定項目多いな。該当する項目を見つけて、ONにしてみた。


「わっ!?」


 痛みはないけど、急に体の感覚が変わった。なんとも表現しづらいけど、自分の体が、なんだか得体の知れない塊になってるような感じだ。体がバラバラになって、でろ~~んと伸びてしまったような気がするし、手足の感覚がわからない。部分的に、しこりのように凝り固まってるような気もする。

 視界も全周囲が一度に見えてて、気持ち悪い。

 なんじゃこりゃ、と思って体を動かそうとしたら、体の形は変わらずに、その代わりに何かお漏らしするようなイヤな感覚があって、急にGがかかった。


「ぅおおぉっ!?」


 機体が勝手に動き出して焦った。視覚が変なのでわかりにくいけれど、機体各所に付けられたスラスターがでたらめに噴射していて、そのせいででたらめに飛び回っていた。


『きゃっ』

『わわっ』

『どわわわわあっ!』

『ひゃああああっ!?』


 他の人たちも同様で、そこかしこから悲鳴があがった。


『最初はびっくりするでしょう。なにしろ、人間の体とはぜんぜん違う感覚になるんですからね。機体を安定させるのもおぼつかないと思います』


 なにかしら意識すると、機体が動き出すんだけど、どう動くのかまったく予測がつかない。


「うおっ!? わっ、ととっ! ひっ!」


 ふらついたと思ったら、ガツンッと地面に激突して、直後に猛烈な加速で浮かびあがった。


『きゃあああっ!』

『うッぎゃあア~~~!? とまっ、とまれぇえエエっ!』


 七海ちゃんの機体が縦に回転しながら飛び上がった。マギーの機体はぐるぐると変な回転をしながら飛んでいって、格納庫の壁でバウンドしてはまたどこかへ飛んでいった。


『まあ最初はみんなこうなりますね。感覚と挙動が一致するまで、相当時間がかかると思います。コツは心を静かに保つこと、ですかね。あと、自分が亀になって縮こまってるところをイメージしてみてください』


 心を静かに、静かに……。

 わたしは亀……わたしは亀……。

 ……。

 ……。


 機体のふらつきが止まった。ちょっと意識してみると、機体がゆっくりと向きを変える。

 やり方がつかめたかもしれない。

 下方向に力をこめるようなつもりで意識してみると、高度がゆっくり落ちていく。急にやると床に激突するんで、慎重に。

 1mほどのところで停止。その場で右に回転して、5mほど進んでみる。


「ん、できた?」


 なんか、動けるようになったみたいだ。なんとなく、体のイメージも涌いてきた。足がものすごく短くなって固定されてて、あと腕が変なとこについてるような気がする。

 視界も、意識を前方に集中すると、他の方向の視界は入ってこなくなるみたいだ。必要がなければ全周囲は見えないほうがよさそう。

 移動だけじゃなく、マニピュレータの操作もできそうな気がしたので、ちょっと動かしてみよう。

 折りたたまれていた腕が、にゅるりと伸びて広がる。うん、おk。指先もなんとか動かせそうだ。


『えーーん、たすけてくださいーー……』


 ふと見ると、傍らでは七海ちゃんの機体が床の上でひっくりかえって、ズリズリと這い回っていた。

 わたしは側に行って、七海ちゃんの機体を掴んで引っ張り上げてみた。


「七海ちゃん、落ち着いて」

『え? あれ?』

「焦るとまた大変だからね。ゆっくり」

『ひゃあ!?』


 背中をさするようなつもりで機体の上側を撫でたら、七海ちゃんが変な声を上げた。同時に、七海ちゃんの機体がビクっと跳ね上がった。


「どしたの?」

『いえ、なんか、お腹? どこだかよくわからないんですが、もぞもぞ触られたみたいな感じがして……』

「ありゃ。機体のガワと神経つながってるのかな。感圧センサーかなんかで」

『ひゃっ!? だ、だめですっ!』

「ごめんごめん、つい」


 調子に乗って七海ちゃんをすりすりしてしまった。

 なんか変なところに、高度な技術が使われてるような気がする。

 ちょっとしたゴミが乗ったら痒くなったりするんだろうか。背中をマニピュレータで掻くドローンって、ちょっとシュールかも。

 場所によってはものすごくデリケートな部位だったりして、困るかもしれない。ちょっと他の機体を触るときは注意しないと。


 驚いたのもあってか、七海ちゃんはおとなしくしていた。心を落ち着かせて、じっとしていようと思えば機体が変に動いたりはしないようだ。


『きりこさん、もう動けるようなったんですか?』

「そうみたい」

『すごい……』

『おや、もう自由に動かせるようになった人がいましたか。えーと、九班の佐藤さんですか』

「はいー」


 わたしは機体を砂田さんの方に振り向かせて、マニピュレータで挙手して答えた。ついでに腕をパタパタ振ってみる。まだ感覚的な気持ち悪さが残ってるけど、動かす分には問題なくて、だんだん自分の腕としか思えなくなってきた。


『ああ、もしかして、田中さんが言ってた人かな』

「田中さんて、PAN社の?」

『そうです。田中さんとは仮想体技術の導入についてやりとりしてたんですが、その時にちらりと、適応性が非常に高い人がいるって言ってまして。その通りのようで、素晴らしい』


 ピックマンPickmanアイオンAeonネットワークNetwork社というのは仮想体技術を開発した企業で、そこの社員である田中さんは仮想体になった人のサポートみたいな仕事をしていた。わたしが仮想体になったときも、田中さんにはずいぶんお世話になった。

 意外と狭い業界なのか。いや、仮想体の専門家なら、開拓団と深い関わりがあってもおかしくないか。


 適応性っていうのは、仮想体につなぐインターフェイスが変わっても柔軟に対応できる能力で、これが高いとドローンに限らず、いろんな機械を直接操れるそうだ。

 そういえば、田中さんもそんなようなことを言ってた気がする。

 小説ラノベで言うところの、特殊スキルとか固有スキルみたいなものだろーか。わたしには人より優れたものとか特別なものなんて何もないと思ってたので、ちょっとうれしかったり。


『もしかしたら、技術部で新型機造るときに、テストパイロットを依頼するかもしれないんで、よろしくお願いしますね』

「あ、はい。こちらこそ」


 わたしはお辞儀しようとしたけど、この機体には首も腰もないので、機体全体を前に軽く傾けた。





『では、基地の外に出てみましょう。一体化コントロールは解除していいです。私の後に付いて来てください』


 わたし以外の受講者はみんな、コントローラ操作に戻したようだ。わたしはあえて一体化のままでやってみる。


 砂田さんのドローンが先導して、それに付いて行く形でわたしたちは格納庫から外へと続く通路を進んでいった。

 ゲートを潜った先は、灰色の岩と砂の荒野が広がっていた。大気がないため、遥か遠くまでかすむことなくくっきりと見えている。モノトーンでコントラストの高い、無音の世界。


「うわぁ……」

『すごい……』

『ほんとに、月面ネ……』


 眼前にはテレビや映画などで見た、月面の映像そのままの光景が広がっている。

 ここは、惑星『ニューホーツ』の周囲を廻る月、『セリーン』の地表だ。先ほどまでいた格納庫は、月面に建造された月面基地ムーンベースの一部である。


 地平線の向こうには、見たことないくらいに無数の星々が散りばめられた漆黒の宇宙を背景に、ギラギラと眩しい光を放つ太陽が浮かんでいた。カメラを通しての視覚だから眩しさは多少は抑えられてるんじゃないかと思うけど、それでもまっすぐ見つめるには眩しすぎた。

 そして、太陽から目を逸らそうと視線を上に向けたら、それが視界に入ってきた。


「あ……」


 色彩のない世界の中で、ぽつんと中天に浮かんでるただ一つの蒼い領域。

 古典的なCGの陰影シェーディング技法のごとく、太陽光源との位置関係から三割ほど欠けて見えるそれは、紛れもなく球体であることを示している。


 なんというか、他がモノクロの世界だけに、その蒼い球体は存在感が圧倒的だ。あんまりにも強烈すぎて、一目見ただけで他の一切のことが頭の中から追い出されて、何も考えられなくなって硬直してしまうというか。


 あれが、あそここそが、『ソラーティア』星系・第三惑星『ニューホーツ』。わたしたちが開拓しようとしている星だ。

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