第二話 魔女と祝福


「おししょう。今日はおばあちゃんでいいの?」


 薄紅色の髪を風に流されるままにしながら、幼い少年は隣に座る老女に声をかけた。

「仕立て屋と薬師は、年寄りのほうが受けが良いのさ」

 老女はからからと笑って、しわのある手で馬車の手綱を握っている。

 

 老女と少年は、馬車に乗っていた。

 馬車は簡素で、座る場所は御者席のみ。ほろのかけられた荷台には、山ほど荷物が詰め込まれている。ふたりは、あきないに向かう途中だった。

 

 少年は首をひねり老女の横顔を見る。

 先日、宝石を売りに行った際には、老女は若い女の姿だった。だが、今回の商いでは老女の姿のままであることを、少年は不思議に思っていたのだ。

 

 そもそも、「老女が、若い女の姿になる」という事態のほうが「不思議な」ことなのであるが、この老女は、その「不思議な」ことを意図も容易く行えるので、少年にとっては不思議なことではなかった。

 老女は「不思議な」力を扱えた。同じ質量のものだったり、同じ年を経たものだったり――同等の価値があるものを代価として、無いものを生み出したり作り替えることができる。この「不可能を可能にできる」老女を、少年は親しみを込めて「魔女」と呼んでいた。

 

 そういった「不思議な」魔女の行いは、少年にとって憧れではあれど、疑問ではない。しかし、今回の商いに関しては、少し疑問を持っていた。魔女の姿に関してもだが、商いの道具にもだ。荷台に積まれている荷物は全て衣服や服飾品であった。それらは、以前の宝石のように「不思議な」力で作られたものではなく、魔女、いや、老女の仕立てた「普通」のものだ。

 

 今回は「普通」の商いをするのではないだろうか、と少年は推測を立て、魔女に問いかけた。

「今日は、『まじょ』のおしごとじゃないの?」

「『まじょ』の説明ができないのなら、質問を変えるんだね」

 少年から出た聞き慣れない言葉に、魔女は拗ねたように口を尖らせる。

「え、と……。今日、服、売る、だけ?」

 首を大きくひねって途切れ途切れに言葉を紡ぐ少年を見て、魔女は小さく吹き出した。そして少年の頭をそっと撫でると、薄紅髪を隠すように帽子を覆いかぶせた。

「あぁ、売るだけさ。以前にも一度頼まれていてね」

 羽織の内側から取り出した年季の入った羊皮紙を少年に見せる。書いてある文字が読めずに、少年は眉根を寄せ小首をかしげた。

「注文書だよ。数十年前のをそのまま使い回すのもどうかと思うけどね」

 魔女はひらひらと黄ばんだ紙を風に遊ばせる。

「それに、丁寧に保管してなかったんだろうね。せっかくの立派な羊皮紙もこんなぼろぼろになっちまって。だからこんな強い風にあたるとあっという間に――」

 ぼろっと紙の角が崩れたのを見て少年が大きく声を上げる。

「大丈夫大丈夫。もうこの羊皮紙もお役御免さ」

 しわだらけの手が羊皮紙を丸めるたびにぽろぽろとこぼれ落ちる。

 紙屑が、風に乗り舞い踊るのを少年は目で追った。

 

 


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