魔女と薄紅

月山朝稀

第一話 魔女と薄紅


 空の明るい夜だった。

 

 老女がひとり、静かな森を歩いている。乾いた落ち葉を踏み鳴らし進む足がぴたりと止まった。顔を上げ、空をじっと見る。

 目に映るのは、強い光。明るい夜の中、一際輝く光が空から一筋差し込んでいた。光は森に落ちている。老女は何かに導かれるように、光のもとを目指した。

 

 乾いた足音は、次第に湿り気を帯びた土の音になる。服の裾に泥が跳ねようと、老女は構わず、ずんずん進む。腰まである青い草地を、しわの刻まれた手でかき分け、光に向かってただ進む。

 

 ようやく、老女の目が光を捉える。光のもとは、青い若葉に覆われていた。こんもりと山のように盛り上がり発光する若葉は、薄緑のまゆのようだった。老女はゆっくり近づき、葉の山をそっと崩す。

 すると、そこから現れたのは、人間の赤ん坊だった。

 目をつぶりじっと動かぬ姿に、老女は一瞬眉をひそめる。しかし、赤子の体を覆う若葉が、一定の間隔で動いているのを見て、ふっと息を吐いた。

 

――生きている。


 赤子に触れぬよう丁寧に葉を退かせば、あらわになったその姿に、老女は息をのんだ。

 空から降る光に照らされ、煌々こうこうと輝く陶磁器のような肌。その美しさよりも老女の目に留まったのは、薄紅うすべに色の髪だった。

「なんと珍しい……」

 ほう、と吐息をもらし、眠る赤ん坊にゆっくりと手を伸ばす。節くれ立った指が、赤らんだ頬に触れようかという時、赤子がぱちりと目を開けた。老女も目を見張らせ、その手を止める。

 赤ん坊は、若葉色の目をまんまるにして、つややかな唇をぽかんとひらいた。

「わ……」

 赤子の血色の良い唇から、音が漏れる。鈴の震えるような声だ。老女は引き寄せられるように赤子に近づく。

 老女の眼前で、赤子は目を瞬かせる。

 次第に赤子の口角がゆるゆると上がり、ぱかりと大きな口を開けて――。


 

「――しわくちゃの……まじょだ……」



 

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