第7話

 ジンが表の仕事で忙しいので裏で待機――狙い通り。支部の活動部分である建物の奥に一人で進む。迷いに迷って更衣室に足を向けた。適当にロッカーを物色してエージェント用の身分証明書のカートを一枚拝借すれば――

「あっれーー。ヒメさん、どうしたんですかー」

 廊下の先にいたあすみが、まるで大好きな骨をくわえた柴犬みたいな笑顔を浮かべてぱたぱたと駆け寄ってくる。

 紺色のセーラー服姿のあすみと薬品臭さと目に痛い白い床、どれもちぐだ。

「お早いですね! やる気なんですねっ」

 ヒメは視線を逸らした。ものすごく気まずい。

 個人的な要件でIDを盗みに入りました、とは言えない。

「うん。まぁ、あれ、あすみちゃん、学校は?」

「私、学校はいってないですよ。あ、これ、以前、潜入捜査のために用意してくれたものっす。かわいくて~」

「そっか、似合ってる」

「えへへ。よかったら一緒にパトロールしましょうか! はやくジャームを見つけないとっ」

 いきいきと声をあげるあすみにヒメは苦笑いした。

「いいけどアタシ、戦闘苦手なのよね」

「そうなんですか?」

 意外そうにあすみが見つめてくる。

「そ。バロールの力しかないせいか、戦うの苦手なの」

「つまりサポートエージェントさんなんですね」

「そういうところねー」

 前線で戦うのが戦闘エージェント。それを助けるサポートエージェント。基本的に二人ひと組でペアになって組むのが一般的だ。

 支部によっては戦闘特化や守り特化など支部長の方針によって伸ばす能力にも特徴がある。

 そういえば、ジンはどういうタイプなのだろう。

 あのイケメンが戦うの? 見た限り後ろで指揮をとるように見えるが、この街はジャームの出現率がかなり抑えられていると聞いた。

「どうしたんですか?」

 黙り込むヒメに心配そうにあすみが聞いてくる。

「あ、いや、この支部って戦闘とかどうしてるの?」

「ばっちりできますよ! 支部長も戦いますよっ。積極的に!」

「え、あのイケメンが、どうやって」

 思わず素で聞いていた。

「えっと、確か、斧じゃなかったですっけ? 私もちゃんと見たことないけど、支部員さんが教えてくれましたよ」

「は?」

「斧です! 支部長、武器を持って戦ってたはずですから」

「……」

 イケメンには斧がよく似合う。いや、ちがう。

 どこのホラー映画だよ。

 そもそもどうして、斧なんだ。

 つっこみやら混乱やらが頭をいっぱいにする。

 今手に入れた情報については横に置いておくことにした。

「支部長のこと聞くなんて、どうかしたんですか?」

「え、あ」

 探られていると知られるわけにはいかないので慌てて話題を変えた。

「あすみちゃんの元の支部もこんなかんじ?」

「え? ああ、うーん、あっちはもうちょっとこじんまりとしてましたよ」

 ふふっとあすみは笑う。強引に話題を変えたが、気にした様子はない。

「支部長と、私と幼なじみ三人、あとは大人のエージェントさんですね。支部長は私の幼なじみのお姉さんで、みんな、家族みたいに暮してました。学校には行ってませんが、訓練とか任務をがんばってました」

 あすみの懐かしげな声には、その日々こそが彼女の日常なのだと理解する。

 人々が平穏に暮らす裏で、過酷な任務を引き受け、命を賭けて戦う。

 ちぐはぐな日々を確かに日常として愛しんでいた。

「けど、みんな、死んじゃった」

 ぽつりとあすみは口にする。笑ったまま。

「日常を守るために」

「あすみちゃん、ごめんなさい、いやなことを聞いて」

「いえ! 気にしないでください! いきなりどうしたんですか、支部長のこととか聞いて」

 実は個人的に気になってますなんて言えないため、言い訳を探すのにあすみは何か感じ取ったのか真剣な顔つきになる。

「ヒメさんって本部からの派遣だから、私たちみたいな下っ端に言えないこととかあるんですよね」

「それは大げさ、大げさよ」

「いいですよ、隠さなくても! あ、隠さなくちゃだめなのか」

 目の前の純粋無垢な少女が勘違いする程度には自分の態度は意味深だったらしい。

「実は一つ気にかかっていて」

「なにかしら」

 真剣に思い詰めた顔であすみは、ヒメを見上げてくる。

「どうしようか迷っていて、ヒメさんならなんとかしてくれますよね!」

 期待と不安が混じった瞳であすみがヒメを見つめてくる。

「実は、ジン支部長はダブルクロスかもしれないんですよ」

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