追悼小説 あの日

木村れい

渡辺さん

第1話 夕暮れ時

 11月、私の周辺で三人の方がお亡くなりになりました。


 同僚のお母様、ヘルプに来ていたスタッフの弟さん、そして、私の母の旧友の渡辺さんです。母は、入院していてお葬式にでられませんでした。

 

 渡辺さんは、養鶏所を経営していました。何十年も前に話は遡ります。

 「れい、卵を渡辺さんのとこに行ってもらってきなさい」

 冬の寒さで指がかじかむ夕暮れ時に私の母が僕にそう言った。

 「寒いから、やだよ」

 「れいも、お手伝いせんとねぇ、お母さん忙しいんだわね」

 「さほが行けばいいじゃん」

 さほは、2つ年上の姉である。

 「さあちゃんは女の子だわね」

 「卵を買うのに、男も女も関係ないでしょ」

 「さあちゃんは勉強してるわね」

 「じゃあ僕も勉強する」

 「…100円お釣りあげるわね」

 「……わかった」

 僕は、薄暗い寒寒しい玄関でスノーシューズを履く。靴中は、少し湿っていて冷たかった。

 外に出ると、空は薄暗くどんよりと曇っていた。スノーシューズでアスファルトを踏みしめると「バリリ、バリリ」と音がした。  

 

 残雪が溶けて氷になり道路に微かに、こびりついて残る。その氷の道を踏み進める度にに鳴る音はいつもそんな独特の響きだった。

 

 冬の靴中の足は常に冷たい。それを堪えながら歩いた。


 渡辺さんの自宅は我が家から、歩いて15分くらいの場所にある。

 大人の足ならもう少し速くなるだろう他愛もない距離なのに、幼い僕には遠くて何か頼りない気持ちになるようなそんな距離だった。

 我が家は、通りの奥まった所にある。家を出て暫く歩くと突き当る。そこを一度右折して大きな道に出る。消火栓と書かれた赤い標識のある角を左折すると、まもなく渡辺さんの自宅があった。

 「バリリ、バリリ、ギシッ、ギシッ」

 硬いこわばった残雪を踏みしめる音が響いた。

 それから、渡辺さんの木造建築の玄関に立つと、軽い引き戸を勢いよく僕は滑らせる。

 ガラガラガラガラガラ

 「すいませ〜ん、卵くださ〜い」

 



 

 

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