第5話 山吹の助六、京藤の千歳、そして


 ボクが御空さんから手を離すと、御空さんは金髪の男に視線を向けた。ずっと金髪だと思っていたけれど、他の場所みたいなオレンジの明かりとは違う、蛍光灯の下で見ると実際は金というよりクリーム色に近い気がする。



「はいはい、次僕ね」



 金髪の男はヘラりと笑ってボクと視線を合わせる。じっと見つめ返すと、瞳の色素も薄くて茶色っぽい。まあ、さすがにボクほど金に近い色ではないけれど。



「僕は山吹助六。千歳以外からは助って呼ばれているから、サクちゃんもそう呼んでくれると嬉しいな。こんなちょっとチャラそうな見た目してるけど、根は真面目だから安心してね?」


「確かに。真面目でピュアだな」


「琥珀、口挟まない」


「ごめん」



 御空さんに注意された琥珀さんはついつい、といった様子で頭を搔いて少し小さくなった。助六さんは苦笑いを浮かべていたけれど、御空さんに視線で促されて咳払いをした。



「コホン。えぇっと、そうそう、仕事はアイチューバー、って言って分かる?」



 少し考えたけれど、聞いたことのない言葉に首を振る。



「そっか。まず、ネット上にはアイチューブっていう動画投稿サイトがあるんだけどね? そこで動画を投稿して、広告料でお金をもらったりしてるんだけど、理解できて……なさそうだね」



 どうしたものか、みたいな顔で笑う助さんにボクも困ってしまう。一応テレビとかネットとか、最低限のことは彩葉さんに教えてもらってはいた。けれど、ボクの部屋に電子機器なんてなかったから一生縁のないものだと思っていた。だからと言っては言い訳になるけれど、中身まではあまり知ろうとはしなかったことは事実だ。なるべく理解したいところだけど、どこまで理解できるだろうか。



「動画って、映像ですか?」


「うん、そうそう。自分で映像を作って、みんなに見てもらうんだ」


「なるほど」



 そう言われると分かりやすい。簡単には理解できた気がする。



「内容はかなり色々やっているから、興味があったら今度また教えるよ。家のことは、家の裏にある畑の管理を担当していて、ラベンダーもそこで育てているから、もし好きだったら後で案内してあげるよ。育てたものを使った料理は自分でやったりもするから、また今度楽しみにしててね」



 ニコニコ笑っている助さんは琥珀さんを挟んで奥に座っているから、身を乗り出してボクに握手を求める。その手を取ると上下にブンブンと振られてびっくりした。



「助六、サクラが驚いているだろう。程々にしてやれ」


「はぁい。ごめんね、サクちゃん」



 眉を下げて謝る助さんに大丈夫、と首を振ると、またニコニコと楽しそうに笑った。


 研究所にいた子ギツネたちに似ているかもしれない。無邪気で天真爛漫。


 あの子たちは、無事だろうか。ふと思い出すと不安になってしまって視線を落とす。



「サクラ?」



 隠し通路に押し込まれたときのことを思い出しかけていた。御空さんに呼ばれて顔を上げると、みんな不安そうな面持ちでボクを見ている。



「ごめんなさい。大丈夫ですから続けてください」



 ボクがニコリと笑うと、不安そうな表情のままではありつつもみんな頷いてくれた。


 自己紹介も最後の一人。男は他の三人よりも長くじっとボクを見ていたけれど、一度少し大きく呼吸をすると、元々伸びていた背筋をさらに美しく伸ばした。



「私は京藤千歳だ。仕事は写真家で、よく家の外に出て写真を撮っている。村で唯一専門的なカメラが使えるからということで、村の小中学校の行事に赴いて撮影を行ったり卒業アルバムの制作を手伝ったりしている。家のことは主に掃除を担当していて、あとは繕いものとかも私がやることが多いな。しっぽ穴付きの下着とズボンもすぐに用意してやるから」


「よろしくお願いします」



 千歳さんは握手を求めることはしないけど、頼もしい目で頷いてくれた。


 所作の一つ一つも気品に溢れていて無駄がない。存在感は琥珀さんの方が強いけれど、実はこの人が一番場を支配する力を持っていることは、なんとなくこれまでのやり取りから分かってきた。



「なあ、サクラも自己紹介をしてくれるか?」



 千歳さんのことを考えていたけれど、琥珀さんに呼ばれて一旦止める。そういえば、ボクはまだ名前くらいしか名乗っていなかった。



「分かりました。ボクは紺野サクラ、十六歳です。人間とキツネの遺伝子から人工的に生みだされた、普通に考えれば存在してはいけないものです」



 ボクの言葉に複雑そうな表情を浮かべる四人。きっと想定はしていたけれど認めたくなかったことが事実であったことで、情報を処理しきれていないのだろう。


 内容に関してはよく分からないけれども、ボクを敬っていたことから、彼らにとってボクは何かを望まれた存在であることは察している。


 であれば。下手に隠すよりは最低限の情報は与えてここに匿ってもらう方がボクにとっても彼らにとっても良いことなはずだ。



「現在、何者にかは分かりませんが追われておりまして、父に研究所から出て身を隠すように言われている状況です」



 正直に話した方が良いとは思った。けれどこの話を聞いて、そんなやつは置いておけないと追い出される可能性の方が高いと不安が強まる。


 それならそれで構わない。一人には、慣れている。



「ご迷惑をおかけしたくはありません。休ませていただいて、ご飯までいただいて、また動けそうですから……」


「出ていくなんて、言わないよな」


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