黄金の戦士ダネカの過去回想 5

 肉焼き屋にメシを食いに行って、俺は思ってることをぶち撒けた。

 いいだろ別に。

 あんくらい言ったってよ。

 だってお前は、俺の相棒なんだぜ。


 肉を食って、肉を食って、肉を食って、肉を食って、くっちゃべった。


「俺が心臓で、お前が頭だ! 違うか? 違わねえだろ、キタ」


「……ダネカ」


「頭が欠けても心臓が欠けても死ぬだろ! そういうことを言ってんだよ」


「大袈裟……って言ったらもう君に失礼だな、うん。ありがとう」


「そしてこいつがヒクイドリの心臓焼きだ! 食え食え!」


「ホント鶏肉好きだな! ああ! 食うぞ食うぞ! 僕の金だけど!」


「肉の焼き加減はチョウにお任せください。最高に焼いてみせますよ」


 めちゃくちゃに食いながら話した。

 キタもめちゃくちゃに食いながら話してた。

 チョウはひたすら肉焼いてた。

 途中から俺とキタでひたすら肉焼いてチョウに食わせて、チョウをとことん甘やかしまくった。


「頼んだぜ。あのおっさんよりお前を選んだ俺が節穴じゃなかったことを、お前が証明してくれ。キタは最強になれなくたって最高だって、俺ぁ信じてるんだ」


「……ああ!」


「しっかしよー、追放だってよ! なあキタ、お前なら俺が何したら追放する!? ありえねえけど言ってみろよ、ケッケッケ」


「ええ~? どうしよっかな~? 僕なら何許せないんだろ~?」


「ダネカさまがチョウを殺したらキタさまは許しますか? 許しませんか?」


「なにしれっと食事時にするような話じゃないのぶっこんでくるの君は」

「アクセルベタ踏みで俺達を置いていくな」


「他人の天秤の中でのチョウの重さが知りたいのです、正確に」


「怖っ」

「怖っ」


 俺は俺の伝説に、俺と一緒に登場してくれるやつを選びてえ、そんだけだ。

 俺が好きなやつだけで俺の伝説を彩りてえんだ。

 ったく。

 俺の伝説に雑音が混ざろうとするんじゃないぜ。


「あ。ダネカ、鶏肉ばっか食べてないで野菜も食べるんだよ」


「おいおい、そんなこと言ってると俺の伝説まとめ本にかっこよく書いてもらえないぜ? いいのか? おい」


「野菜残すな」


「はい……」


「チョウはいいこなのでお肉もお野菜も全部食べますよ」


「チョウは偉いね。君はきっと大きくなったら美人になるよ」


「んっ……もっと褒めてください」


 俺の夢。

 俺の欲しい物。

 全部手に入れたくて、俺の心のどこかは常に飢えるように欲しがっていた。

 だけど。

 たまに、こういう時に、俺の心は何も欲しがらないくらい、満たされていた。


「キタさまとダネカさまに拾われたことが、チョウの幸せです」


 チョウが、なんかボソって言って。


 ああ、本当に良かったな、って思った。






 メシを食い終わって店を出た後、日が沈み始めてた。


 夕日が綺麗だ。


 今日の夕日は紫がかった金色で、最高の色合いをしてる。


「なあキタ、今よりもっとガキだった頃、夕日を追いかけたりしたもんだよな。俺から逃げる夕日を生意気に感じてよ、捕まえてやるって追いかけて、でも夕日の方が俺より足速えからよ、追いつけねえんだよな……へへっ」


「えっ……男の人達ってそんなことしてるんですか……? 可愛いですね」


「してねえ」


 夕日が眩しっ。


 って思ってたら、キタがなんか息を飲んで、俺を見つめていた。


「どした?」


「ああ、いや……夕日を背にしたダネカが、黄金の光に包まれてるみたいに……」


「おお? マジか。じゃあもっと包まれてやるぜ!」


「ではチョウも黄金に包まれます。目に焼き付けてください、キタさま」


 またわちゃわちゃしてきたな!

 キタから見たら、今の俺とチョウは、黄金に包まれて見えるんだろうか。

 黄金は永遠の輝き。永遠に価値が損なわれないもの。永遠の最上。


 こういう思い出が、キタの中に永遠の輝きとして残ったら、最高なんだけどな。

 俺は伝説の勇者になりたい男。

 いつだって他人の記憶の中に残っていたい男。

 できればゴールデンに。


 あ。

 そうだ、記憶だ。

 ちゃんとアレも覚えてるよな、キタ?


「なあ、キタ。俺達のPT『明日への靴』の名前の由来、覚えてっか?」


「覚えてるよ、忘れるわけがないじゃないか」


「へへっ」


 チョウが首を傾げた。


 そうだな、お前は知らねえよな。


 俺達ははじまりの街が襲撃されたあの日から、『明日への靴』なんだ。


 壊れた街を見ながら、俺がそう決めて、キタが一緒に誓ってくれたんだ。


「俺達を含めて、誰もが明日へ歩いていこうとする」


「だけど僕達が歩いていく道は、ほとんどが足を傷付ける茨の道だ」


「未来に進んでいく途中で、誰もが傷付いちまう。俺達はそいつが許せない」


「だから、守る。今も、明日も、その先も。その人を、その足を」


「『明日へと歩いていく人達の靴になる』。俺達二人で誓った、最初の誓いだ」


「僕らは剣でもなく」


「盾でもなく」


「靴になる。明日へと歩いていく人達を守る、そのために」


 それが、俺達の誓い。

 揺らがない誓い。

 絶対に失われない誓いだ。


「「前に進もうとする人達が、どうか少しでも、傷付かないで行けるように」」


 俺とキタで、二人の拳を軽く打ち合わせる。


 二人で二ッと笑った。悪ガキみたいに。


「今は君もだ、チョウ」


「はい。チョウがんばりますよ。超がんばります」


「真面目なのか不真面目なのか分からんやつめ」


 俺とキタとチョウで、三人の拳を軽く打ち合わせる。


 三人で二ッと笑った。悪ガキみたいに。


「ね、ダネカ」


「お、なんだ」


「僕がここまで来れたのは、全部ダネカのおかげだよ。返しきれないくらいの恩があると思ってる。それでも、『恩返しをしよう』って気にならないのは……貸し借りの数が気にならないのは……やっぱり、これが親友ってやつなのかも」


「……ま、そうだな! 親友、相棒、仲間! トリプルなのが俺達だ!」


 打ち合わせた拳を、もっと打ち合わせた。


 本でよく見た、気心知れた親友みたいに。


 本のことを思い出してると、ふと、キタが腰から吊り下げてた本───冒険の書が目に入った。


「冒険の書は、これまでのお前を全部ずっと記録してくれてるんだっけか」


「原理的にはそんな感じするよね。僕のこれまでと今を記録してくれてるから、副作用として精神面が強靭になって、精神に干渉する力を全て弾く……みたいな」


「お前の楽しかった思い出も、全部記録されてる本ってわけだ」


「そうだね。使い所はそんな多くないって感じするけど」


「お前の人生の記録だな、キタ」


「あ。本当ですね。キタさまの人生が事あるごとに記録セーブされている?」


「……まあ、そういう見方もできるかなぁ」


「丸々写してチョウに一冊くださいませ、家宝にします」


「子孫代々さらし者にするってこと!?」


「そういう意図はないのですが……」


「はははっ!」


 俺が黄金好きなのは、黄金の輝きは永遠だって、そういうフレーズがあるから。


 俺にとっての黄金は。

 俺にとっての永遠は。

 俺にとっての輝きは。

 なあ。











「なあ、キタ。忘れるなよ。迷った時は思い出せ」


「お前の原点である勇者の娘のことを。お前が街で出会った人達のことを。俺達と冒険してきたことを。見てきた景色を。楽しかった時間を。悲しかった時間も。お前の『これまでの時間』全部を思い出して、何を守りたいか思い出せ」


「記録されて消えなくなったお前の記憶が、お前の時間なんだ」


「お前の時間は、お前の味方だ。お前の時間は、お前を裏切らない」


「お前が挫けそうになった時、お前の時間が、お前を勇者にしてくれる」


「時間がお前に勇気をくれる」


「たとえ、何かが変わって、何かが失われて、何かともう会えなくなっても」


「お前が過ごした時間を、お前が覚えてさえいれば」


「お前は俺なんかよりずっと、正しい選択をしてくれるって、信じてる」


「頼むぜ、キタ」


「お前だけは、いつまでも、かっこいいヤツのままで居てくれよ」




 俺とお前が出会ってから、今日までの日々全部が、俺にとって永遠の黄金だ。











 そうしてキタは、どんなにかわいそうな悪が相手でも戦わねばならない理由を、どんなに苦しくてもこの世界を守らねばならない理由を、思い出した。


「ダネ、カ……! 痛っ……!」


「動かないで! 岩に叩きつけられた傷なんです、今治療します!」


 誰かが、キタの治療をしている。


 キタは、ダネカの夢を見た。

 そして、思い出した。

 ダネカの言葉を。

 ダネカに教わったことを。

 ダネカに貰った強さを。


 過去の時間きおくが、キタに立ち上がる力をくれる。


 一瞬でも『倒したくない』と思ってしまった絶滅存在ヴィミラニエに立ち向かう力をくれる。


 意識が覚醒したキタは、体を起こし、そして見た。


 九年前の、まだ子供の黄金の戦士ダネカが、倒れたキタを未来のキタであると知らぬまま、ルビーの魔人から守ろうとし、戦っているのを。


───お前がずっとお前のままでいたら、いつかきっと、『かわいそうな悪いやつ』がお前の敵になる。そしたらお前は手加減しちまうかもしれん。そういう時はな、俺が代わりに『かわいそうな悪いやつ』をぶっ飛ばしてやんよ!


 あの日の、約束の通りに。


「……ダネカ」


 ダネカに追放され、無能と蔑まれ、憎悪の瞳を向けられ、殴り飛ばされ、そのまま袋叩きにされ、ゴミのように捨てられてもなお、キタはダネカのことを嫌いになんてなれなかった。

 初日の夜、カイニはそんなキタに反論していたが、キタの中には、ダネカと過ごした黄金の日々の思い出があったから。


 黄金の戦士ダネカは、ただのキタを守ってくれる。

 命を掛けて。

 かわいそうな悪いやつから、ただのキタを守ってくれている。

 今在るそれは、ただの偶然でしかないのだけれども。


 ただそれだけのことが、キタにとっては、泣いてしまいそうなほど嬉しかった。


「立て、『明日への靴』のキタっ……!」


 キタは双剣を握り、立ち上がった。


 もう戻らない日々という虚無を、支えの杖にするようにして。

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