花火

「ねえ陸玖、そろそろ花火始まるんじゃないのかな」


 皓也の声で俺は我に返った。


「そうだね、戻るか」


 市の大規模な運動公園で行われる納涼祭では、割と大きい花火が何十発も打ち上げられる。俺たちは人ごみをかき分けながら公園の真ん中の方に戻ることにした。

途中でゴミ箱にりんご飴の串を捨て、公園の入り口から花火の会場に向かう。


 家族連れはビニールシートで場所取りをしている人が大半だった。見渡す限りの人、人、人。少しでも気を抜けば皓也を見失ってしまいそうだ。俺は皓也の浴衣の袖をつかんで歩いていく。


「この辺で良いんじゃない?」 


 皓也が足を止めたのは打ち上げる場所を取り囲むような人垣の密度が少し収まったところだった。といっても周りにはカップルや家族連れ、友達同士で来ている人たちが山のようにいる。


 ドオン


空気が揺れる音がして、一発目の花火が打ち上げられた。漆黒の夜空に咲いた光の花は、ひときわ明るく輝き音もなく散っていく。数多の観客から雨のように拍手が沸いた。


 ドオン


 夜空にちりばめられた点がだんだんと大きくなり、丸い光が色を変えている。赤、緑、黄色とパチパチ音を立てながら色が変わるたびに、拍手と歓声が沸いた。

 花火が散る前に次の一発が打ち上げられる。


 ドオン


 三番目は花火と聞いて最初に思い浮かべるであろう王道な形のものだった。しかし、違うのは一番外側の点がパチパチと音をさせながら銀色から青色に色を変えたところだ。

 大きい祭りだからか、凝った花火ばかりだった。

 それからも花火は上がり続けて俺と皓也は飽きることなく咲いては散り、咲いては散る光の花を見つめていた。


 ドオン ドオン ドオン――。


 最初の三発を皮切りに、いろいろな種類の花火が立て続けに十発ほど打ち上げられ、空は黄金色の花でいっぱいになった。

 ずっと上を向いていると首が痛くなってきて、俺は皓也の肩に頭をこてんと乗せた。

 最後の光が消えて余韻が残っているところに、またドオンと音がして花火が打ちあがる。周りの人も増えてきて、皓也は俺の肩を抱いて人垣から守ってくれた。


「きれいだね……」


 皓也がつぶやくのが聞こえる。彼の顔をちらりと見ると、なぜか目が合った。俺と目が合うと、皓也はふにゃりと目元を緩めて微笑んだ。


 それからも花火は上がり続け、二十時を回ったところでようやく納涼祭が終わった。近くまで迎えに来ているという母さんの車を探しながら、俺は皓也と並んで人がまばらな夜道を歩く。



「あ、あれ母さんの車だ」


 反対側の車線から車が走ってきた。相手もこちらを認めたのか、ハザードランプを点滅させながら速度を落とす。横断歩道を走って渡り、俺たちは母さんの車に乗り込んだ。


「ありがとうございます、迎えに来てくださって」


 皓也はシートベルトを締めながら言った。


「いえいえ、こちらこそ一緒に来てくれてありがとうね」


 母さんと皓也の会話を聞きながら、俺はどうしようもないほどの眠気に襲われていた。


「――は―――あ―――した――――」


 だんだんと声が遠くなってくる。思わず皓也の肩にもたれかかると全身から力が抜け、とうとう俺は意識を失った。


「――く」



 しばらくして、皓也の声で俺は目を覚ました。


「ん……」

「陸玖、着いたよ」


 母さんの声も聞こえる。ああ、もう着いたのか。皓也との時間は驚くほどあっという間だった。


「ね…む……」


 半分眠ったまま車から降りて、皓也に別れの挨拶もせずふらふらと玄関に向かう。当然鍵は空いていなくて、ドアを開けようとした俺は思い切り頭をぶつけた。本来感じるはずの痛みはどこか他人事のように感覚にもやがかかっている。


「まったく、何やってるのよ」 


 母さんはあきれたように言いながら解錠してドアを開けた。いきなり障害物が取り除かれ、俺は前につんのめりそうになりながら靴を脱いだ。

 そのまま自室へまっすぐに歩いていき、着替えもせずにベッドに倒れこむ。


 ――あ…ヤバいな、まだ歯磨きしてねえや……。


 そんなことが一瞬頭に浮かんだが、眠気の波に押し流されて俺は深い眠りに落ちて行った。

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