納受の愛

智琉誠。

【プロローグ】飢え


「ねえ…、もっと俺を受け入れて…」


荒い呼吸の合間から聞こえるその言葉と共に、私の首筋に小さな灼熱が押しつけられる。経験したことのない人間には想像出来ない高温が、白い肌を焼いていく。

熱いなんて言葉じゃ足りない。もはや、激痛にも似た感覚が私の心を犯した。彼は私の肌を焼くたびに、満足そうだが少し切ない笑みを浮かべる。


彼が言う「受け入れる」とは、何を意味しているんだろう。焼かれた肌がジクジクと熱を持って痛むなか、ふと疑問に思った。


「…殺したい」


かろうじで聞こえる声量で彼は呟いた。全身が泡立つかのように鳥肌が全身を覆う。

光の無い鋭い眼差しが私の目を見据える。この目つきに、私は何故だか惹かれてしまう。きっと、他人が見たら恐怖心を抱く眼差しなんだろう。でも、私はこの眼差しから逃れられない。


だって、もう私は彼を受け入れる運命なのだから。



「沙夜ちゃん、今日もお疲れ様~。はい、これ今日のお給料!」


いつも無駄にテンションが高い店長が茶封筒を手渡してくる。今日は本指名で3組入ったこともあって、いつもより稼げた。正直、私にとってここで得る金銭なんて興味はないのだけれど。


「…ありがとうございます」


不愛想に封筒を受け取ると、私は足早に店を後にした。私がこの仕事を続けている理由は金銭的なものなんかじゃない。いつか私の飢えが満たされるかもしれないからだ。まあ、あまり期待はしていないけれど。


「はぁ…」


今日も疲れた。帰宅後、私は衣服を全て脱ぎ捨てた。殺風景なワンルームに置かれた姿見の前に裸で立つ。これは毎日の習慣だ。姿見の中の私の裸体には、ミミズの様な赤い痕が這いまわっている。


「足りない。私が欲しいのはこんなものじゃない」


意図せず溜息が漏れた。いつになったら、この飢えから抜け出せるのだろう。


沙夜は本当の名前ではない、あくまで店にいる時だけの名前だ。

私、佐野 愛はいつも飢えている。いつからだろうか、記憶に残っている限りでは物心ついた頃から、ずっと飢えていた気がする。何に対する飢えなのか、あえて言語化するとしたら「苦痛」への飢えだ。


本来人間という生き物は、苦痛など避けて生きていきたいだろう。でも私は絶えず苦痛を求めている。それが何故なのかは自分でも分からない。私が職場に秘密でSMクラブのM嬢をしているのも、飢えているからだ。


裸のままベッドに仰向けになる。ベッドサイドのテーブルに乱雑に置かれた薬のシートを手に取り、適当に数錠の睡眠導入剤を手にした。水も用意せずに錠剤を口に放り込み、奥歯で嚙み砕く。20分ほど経っただろうか。意識がぼんやりと曖昧になり、硬いはずのベッドが柔らかいマシュマロの様になり、そこに体が沈んでいく様な感覚に包まれる。

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