第8話

 豆、と一口に言ってもいろいろある。

 

 枝豆と言えばビールのお供のイメージだし、だだちゃ豆はずんだの原材料でスイーツに使われているイメージだ。ところが、世間ではだだちゃ豆もずんだも枝豆も大豆も区別がつかない人がいるらしい。なぜだ。


 だだちゃ豆は枝豆の一種で、枝豆をすりつぶしたものがずんだである、というのはだれもが子どものころに覚えることではないのか。枝豆はいわば大豆の子どものころだ。同じ植物だが収穫時期がちがうだけだ。ついでに言うと、枝豆は豆類ではなく野菜類に分類される。


 では、落花生とピーナッツのちがいは?

 これはサウザンドリーフの友人に聞いたからまちがいないと思うが、殻付きのものが落花生、薄皮まで剥いたものをピーナッツというそうだ。


 そんなピーナッツも、お酒のお供のイメージがある。ふだんはほとんど食べないが、年に一度だけ落花生をピーナッツにしてから食べる日がある。そう、暦の上では春になる日の前日のアレだ。地域によっては大豆をまくらしいが、その後の片付けや調理が大変じゃないかな。


 最近では恵方巻が幅を利かせてきて、母さんの説では、ピーナッツでは食事にならないけど、恵方巻は買ってきて食卓に並べれば終わりなので、家庭の食事係にとってはありがたい側面もあるらしい。なにしろ元々の風習では、恵方を向いて丸ごと食べるので、切る必要すらないから洗い物も少なくて済む。


 今年のその日は、仕事の呼び出しもないので、久しぶりに実家で過ごすことにした。我が家では、恵方巻はふつうに切って巻き寿司としていただく。食べ物をあんなふうに扱うのは好きじゃないし、ゆっくり味わいたい、という実利を優先する家族だから。


 縁起がどうのって?

 食べ物を粗末にする方がバチが当たるでしょ?


 せっかくなので、今年は自分たちで作ることにして、準備のために、久しぶりに実家近くのスーパーに、姉と二人で買い物にいくことした。お米は買い置きがそれはもうたくさんあるし、海苔と具材を適当に買うだけで済む。近所だし、今年は雪もなく、寒さもそれほどではないので歩いていく。

 

 「荒れた城のルナ」とかいう、有名な唱歌の作詞をした人のお墓のあるお寺の前を過ぎ、由緒あるだろう数々のお寺が並ぶ街並みを歩いていると、子どものころ、境内で悪さしてお坊さんに怒られたことを思い出す。いや、今は反省してるゾ?


 「ルナは恵方巻何キロ食べる?」

 またしても、単位の使い方がおかしい姉が聞いてくる。

 「年の数だけでいい?」

 豆かよ!


 「いや、キロはいらないでしょ。単位は『切れ』にして」

 「そんなじゃ足りないでしょ?にじゅうはぅっ!」


 久しぶりの正拳突きだったが、キレイに水月に入った。他人のいるところで年齢の話をすることは憲法で禁じられているはずだ。まちがっていたら憲法を変えよう。憲法というのは、変えられることを前提に作られているのだし。


 だいたい、食べ物の話をしているのに、どうしていつも単位がキロなのだ。こっちは、年齢×キロメートルを走るような人種じゃないんだ。DNAはおなじだけど。


 「買い物の都合があるんだよ。海苔の長さは1枚210ミリメートルだから、1キロメートルの巻きずしを作るのには48枚くらい必要でしょう? 3人で5キロメートル食べるとすると……」


 キログラムですらなかった。てか、その恵方巻はこの家に入るのか。こいつのお腹には入るんだろうな。


 とりあえず、年の数だけの枚数の海苔を用意した。それでも多すぎると思うのだが、わたしたちの年の数だけできあがった恵方巻は、わたしが一本、母さんが一本食べ終わるころにはすべて消えていた。どこいったんだ。

 

 「デザートはロールケーキにする?」

 しないよ。なんでも巻けばいいってものじゃあない。

 「じゃあ、ピーナッツにする?」

 年の数だけ、なら単位は「個」でお願いします。

 そういえば、おじいちゃんによると、単位が「ピーナッツ」だとまるで意味がちがうらしいね。


 姉がフライパンに砂糖と水を入れ煮詰めはじめる。小さな泡が立ち、その泡が消えるころ、砂糖の焦げた香りが漂いだす。そこにピーナッツを投入し、よく絡めると、この日の定番スイーツ、ピーナッツのキャラメリゼの完成だ。冷やして固めた後に容器に入れ、シャカシャカ振ると、固まりが砕けて食べやすくなる。これがコーヒーによく合う。

 

 マグカップに入れたコーヒーを二つ、姉が持ってきた。と思ったら、姉の分にはキャラメリゼが入っている。これ、飲み物だったのか。


 「ルナ、少し持って帰るでしょ」

 「単位はキログラムじゃないだろうね?」

 「やだなあ、年の数×百目くらいでいいでしょ?」


 百目とは?匁みたいな単位系か。

 1匁が3.75グラムだったか。似たようなもんかな。それならせいぜい100グラムくらいか。明日のおやつにちょうどいいかも。


 そして翌日、絶妙に持ちきれないほどではない、大量のキャラメリゼを持って帰る羽目になるとは、このときのわたしは知らなかったのだ。


 ※ 1百目=375グラム


 


 

 


 

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