第16話 魔法少女と悪魔と眠たい朝



「ミハ、起きろ。朝だぞ」


 ……瞼が重い。布団を引っ張り上げて潜り込む。ベリアルの声の方に背中をむける。やだー起きたくないー。

 今日の午前0時更新が熱すぎた。毎週水曜日は激アツで、毎回張り付いてるんだけどそれでも今日のエクソシスト面白すぎた。蝿の王最高。最悪だけど最高。

 これベリアルに言ったら怒られそうだから言わないでおこっと。

 それにしてもエクソシスト。微妙に身近になっちゃったのやだな。こういうの漫画だけにしてほしい。


「ミハ」


 まあベッドに潜り込んだ程度でベリアルは引き下がらない。せっかく背中を向けたのに顔の方にぱたぱたやってくる。

 

「起きろ」


「……OK ベリアル。後5分…………ぐう…………」


『了解しました。5分後にタイマーを設定します』


「……マンションの管理AIの呼称、紛らわしいから直しておけ。それに二度寝をするな。学校だろう?」


「大丈夫……ちゃんと起きるから……。……もうちょっと……もうちょっと」


「まったく……」


 ふよふよとベリアルが部屋から去っていった。これで朝のまどろみを味わえる……。昨日の更新を噛みしめる……。


『おはようございます。6時30分です』


「…………」


『おはようございます。おはようございます。おはようございます』


 しつこいくらいの管理AIの音声の後、穏やかなBGMと共に部屋の明かりがつく。ついでにカーテンも自動で開く。ついでとばかりにちゅんちゅんとどからか小鳥のさえずりまで聞こえてきた。


「ベリアルめ……!!」


 あの悪魔、最近うちの設備の扱いにも慣れてきている。おかげでこんなこともされる。現代社会に馴染みすぎでしょ。悪魔の癖に生意気だよ。


「分かった。分かったよ……起きるよ……」


 うー朝日が染みる〜〜。窓の向こうには青空。うん、今日は快晴。秋晴れ。


「いい天気」


 なんとかベッドの魔力を脱して、寝癖でうねる髪を整えて、顔を洗って、歯を磨いて。パジャマを脱ぎ捨てて制服に腕を通して、後は朝ごはん──今日はなんだろう。


「やっと出てきたな」


「ベリアル、すっかりこなれてきたね」


 とか思ってリビングに出ると食卓には、湯気をたてる白米、卵焼き、ウインナー、ほうれん草のおひたしとお味噌汁のできたて朝食セットがあった。うーんいい匂い。これにはお腹も思わずくうっと鳴る。


「悪魔だからな。推しの健康を支えたい。そういう一途な思いだ。料理を習っておいてよかった……」


「悪魔関係あるかなそれ。いただきます」


 椅子に腰掛けて手を合わせた。箸をとって、卵焼きを一切れ口に運ぶ。卵と砂糖の甘みと醤油とか出汁とかが渾然一体となって……。


「うん、美味しい」


 お母さんの味付けとは違う、ベリアルの味だけどそれはそれとして美味しいのは間違いない。


「光栄の極み。後、これ今日の弁当。忘れないようにな」


 いつの間にか私が使ってるお弁当箱が傍に置かれていた。いたれりつくせり。自分でも作るけど今日みたいな日とかはベリアルが作ってくれる。ありがたい〜〜。


「おかずはなに?」


「昼までのお楽しみだ。それよりも忘れるんじゃないぞ」


「ベリアルも一緒に来るんだから大丈夫だよ」


 あーご飯が美味しい。誰かが自分のためにご飯を作ってくれるってとっても幸せなことだよ。

 名残惜しいけど今日の朝食はこのお味噌汁で終了。お椀の底に残らないくらいに丁寧に啜ったら両手を合わせて。


「ご馳走様です」


「お粗末様。洗い物をさくってやっておくから出かける準備をしておけ」

 

「はいはい」


 もうお母さんだよこれ。ありがたくお弁当を巾着袋に入れて、通学用に使ってるリュックにノートと筆箱、タブレット端末を押し込んで準備完了。


「それじゃあ、行ってくるね。お母さん、お父さん」


 いつものようにリビングの2人に挨拶。唯一残った2人の存在保証。私の両親が存在した確かな記録。当時の事故で壊れた私の端末からなんとか取り出せた画像を印刷して飾ってる。これのおかげで私は忘れずにいられてる。忘れたくない。覚えていたいから。


「ベリアル!」


「うむ」


「行ってきます!」


『行ってらっしゃいませ』


 誰も居ない部屋に声をかけ、管理AIに見送られながらベリアルを連れた私は部屋を出た。こうして私の今日は始まる。 

 

「といってもモノレールで座ると眠たくなっちゃうな……」


 私のマンション前の駅から学校まではモノレールで30分。部屋を出たのが7時半。駅は学校の目の前だから朝のホームルームには余裕で間に合う。

 くあ……とあくびが出る。うー寝たり無い。SNSを眺めるとかサイト巡回とかそういうことをする気にならない。


「寝過ごさなければな」


「起こしてよ」


 ベリアルが意地悪なことを言うから小声で唇を尖らせた。


「問題ない」


「? 何が?」

 

「俺が起こさなくても問題ないということだ」


 浮かべた疑問符がブレーキの慣性に引っ張られて転がっていった。モノレールが駅に停車して、ドアが開くと見慣れた顔がモノレールに入ってきた。


「おはよう、ミハ」


「おはよ、ココ」


 丸い印象のあるショートボブの毛先を揺らしながら同じ制服姿のココは、隣に腰をかけると私の方を見て察したような顔をした。


「眠そうだね」


「あ、分かる?」


「まあ、顔を見れば。どうせ夜、漫画読んでたんでしょ?」


「0時更新なんだからしょうがない」


「……しょうがないの?」


「……推し活は止まらない。止めらられない。推しの健康を守りたいが推しの推し活も止められない……難しいな」


「推し活かあ……そっかあ……」


「ベリアル、ココに変な話しないでよ」


 神妙な顔してるベリアルはまあ言ってることはいつもと同じだけどココまで悟った顔してどうしたのよ。


「なんでもないよー。私は昨日、オンラインでぼっこぼこにされたから萎えて早く寝ちゃったからとっても目が冴えてるんだよね」


「うん、あっ……そういう?」


「そういうこと。肩貸してあげる」


「ありがたい〜〜」


 ぽすんとココの肩に頭を預ける。ココ、なんかいい匂いする。香水、シャンプー、リンス、なんだろ。まあいっか。暖かい。


「おやすみ」

 

「うん」


「尊い……」


 ……ベリアルうるさいよ。

 

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