恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

第1話 プロローグ

 ――結衣、ほら、お土産。


 そう言って、マーガレットのブローチを手渡してくれたのは、一体誰だったのだろう? レイチェルはふとそんなことを思う。これは夢の中での出来事だ。


 黒髪の彼はサングラスをかけていて、顔がよく分からない。プレゼントされたマーガレットのブローチは七宝焼きだと、夢の中の私はそう理解するけれど、そんな言葉をどこで聞いたのか、それもまた目を覚ませば不思議に思う。


 七宝焼き……ガラスの焼き物よね?

 意味は理解は出来るのに、一体どこでそんな知識を得たのか、レイチェルには分からなかった。夢の中の自分がいる部屋が病室だと理解出来るのもまた不思議だった。こんな部屋、見た事ないのに……。腕には点滴の管。薬を入れるチューブだとこれも理解出来る。


 夢の中の私は、彼からお土産としてプレゼントされた七宝焼きのブローチを、とてもとても大事にしていたと思うけれど、それも定かではない。

 だって夢だもの。

 なのに……


 ――レイチェル、ほら、お土産だ。


 幼い頃、そう言って父親が王都からのお土産を手渡してくれた時は、泣いてしまった。目にしたのは陶器製のマーガレットのブローチだったのだけれど、それは夢で見た七宝焼きのマーガレットのブローチによく似ていた。色合いもなにもかも……


 ――な、泣くほど嬉しかったのか?


 父親のベンは戸惑ったようだけれど、泣いてしまったレイチェル自身も戸惑った。嬉しい、懐かしい、会いたい……そんな感情がどっと溢れて止まらなかったのだ。


 ――ええ、感激しちゃったみたい。パパ、ありがとう。


 そう言うと、父親のベンは照れくさそうに笑った。喜んでもらえて嬉しいよ、と。

 夢の中の彼は、私を結衣と呼ぶ。

 私の名前はレイチェルだ。レイチェル・ホーリー、それが私の名前。でも、夢の中の私はいつだって、違和感なくその呼び名を受け入れている。結衣、そう呼ばれることが夢の中の私は嬉しいみたい。いつだって、彼の声を聞くと心が華やぐもの。


 もう一度彼に会いたい……

 そんな感触が夢から覚めると、いつだって残っている。


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