六話


 薬草採集の依頼を無事にこなしたシェイドたちは、冒険者ギルドでFランクの報酬を受け取ると、もうすっかり周囲が暗くなってきたということで修道院へと入った。


「あれ、シルル、もしかしてここで泊るの?」


「ですよ。少額寄付しないといけないですけど、食事もできますし何よりここのほうが安くつきますからっ」


「な、なるほど……」


 それから、二人が報酬の一部を寄付して食堂でパンとスープを食べていたところ、シルルがはっとした顔で立ち上がった。


「シェイドさん、早速私の部屋へ参りましょう」


「あ、うん」


 その際、シェイドはシルルの表情に明らかな変化があったことが気になっていた。


(シルル、一体どうしたんだろう。いきなり思い詰めた様子であんなに急いで。もしかして、ハイオークの一件を思い出しちゃった?)


「……あの、シェイドさん……」


「な、何かな?」


 通路を進んでいたとき、ふとシルルが何か思い立った様子で立ち止まる。


「早く……してください」


「え? してくださいって、何をかな?」


「バ、バフを、早く!」


「な、なんのバフを!?」


「スピードアップを……あー、見付かっちゃいました」


「あっ……」


「「「「「わー!」」」」」


 二人の元へと走ってきたのは7歳から9歳くらいの幼い子供たちで、特にシェイドに興味を持ったのか彼の周囲をまたたく間に取り囲んでしまった。


「こらこら、それじゃ通れないですよ!」


「ねえねえ、シルル、このお兄さん、誰ー?」


「誰なの?」


「誰誰ー?」


「もしかしてシルルの恋人!?」


「ま、まさか……。この人はですねえ、シェイドさんっていう、これから私がお世話をする新入りの村人さんですよー」


「えー!? 新人さんが来てたんだー! シェイドお兄さん、よろしく!」


「よ、よろしく」


「ふーん、シルルがあなたの世話係なのね。でも、お兄さんのほうがおっきいのに、どうしてなの?」


「なんか頼りないからじゃ?」


「あ、そういえばそんな感じするー!」


「シルルの尻に敷かれてるっぽい!」


「こらこら、そんなこと言っちゃダメでしょ……うぷぷっ……」


「ははっ……」


 シルルにも笑われてるし、散々な言われようだとシェイドは苦笑いしつつ、彼女が自分のほうを見て目配せしてきたのでその意図に気付いた。


(なるほど、敵を騙すにはまず味方からか)


 そのあとシェイドがお互いにスピードアップのバフをかけ、隙を見て一気にシルルの部屋へ駆け込むとともに鍵をかけた。外からは二人が消えたと子供たちから驚きの声が上がる。


「ふう……。やっぱり、シェイドさんのバフって異常なほどスピードが上がりますね。あっという間でした!」


「ちょっとだけ心臓に悪かったけどね……」


「気を悪くしないでくださいね。いつもああいう感じですけど、みんな割りとお利口さんなんですよ。やっていいことと悪いことはちゃんとわかるんです」


「へえ。そういや、あの子たちって、親はいないのかな」


「それが、残念ながらいないんです。モンスターや盗賊に殺されちゃって。でも、毎日明るく暮らしてますよ」


「そうか……。親を殺した相手を恨まないの?」


「最初の頃は、やっつけてやるとか仇を取るんだとか、そういう物騒なことを口にしてた子もいましたけど、本当の意味で恨みとかは背負いきれないんだと思うんです。まだまだ小さいから」


「なるほどね。まあそりゃそうか……」


「じー……」


「ちょ、シルル? いつの間に顔近すぎ!」


「へへっ、これもスピードアップのバフのおかげです。またシェイドさんの顔に憂いが見えた気がして。何かあったならお姉さんが相談に乗りますよー?」


「だ、大丈夫。てか、お姉さんって……僕のほうがずっと年上なんだけど!?」


「コホンッ……あのですね。ここでは、世話をする人が格上、すなわちお姉さんなんです。勉強になりましたか?」


「はい、なりました……」


「よろしい」


 シルルは一見すると子供と変わらないような見た目だが、世話をするのが好きなんだろうとシェイドは思った。


 それに彼女なら子供たちと同じ目線で遊ぶこともできるし、きっとこの修道院にとってはなくてはならない存在なんだろうとも。


「ふふ、なんだか私だけ浮かれちゃってごめんなさい。でも、シェイドさんが来る前は、どんなに怖い人が来るかってドキドキしてたんですよ」


「え、なんで?」


「だって、今時こんな辺境に来るような人は罪人さんくらいだろうって思ってて。でも、全然イメージと違って、頼りなさそうな人だったので逆に安心しました」


「はは……頼りない人で悪かったね」


「全然よかったですよ。だって、いつも子供扱いされてる私がお姉さんみたいになれると思ったら嬉しくて……って、そうだ。シェイドさんはどうしてここへ来たんですか?」


「ん、僕はあれだよ。こんな感じで心身共に貧弱だから、こういう厳しい環境で寛ごう……じゃなくて、鍛えようって思って」


 本音がつい飛び出してしまったため、内心危なかったと思うシェイド。


「鍛えるためなんですか。意外ですけど、それはいい考えかもです。多分、ここほど危ないところはないと思いますからっ」


「いや、そこはドヤ顔で言うところじゃないと思うけど」


「えへへ」


「てか、シルルはなんでそんな危険なところに住んでるんだ?」


「それが、気付いたらここにいたんです。小さいときに私の親も誰かに殺されちゃったらしいんですけど、私って馬鹿だからよくわからなくて、物心がついたときには大人の人ならみんな親だから言うことを聞かなきゃいけないって思ってたみたいです……」


「ははっ……いかにもシルルらしいね」


「あ、バカにしましたね? 確かに頭はこの通りよくないですけど、私はお姉さんですから、しっかりお仕置きしますよ!?」


「そ、それは勘弁……」


「ふふ。あ、そろそろ寝ましょうか。眠くて眠くて……」


「そ、そうだね。それじゃまた明日」


「ですね。それじゃあ一緒に寝ましょうねえ」


「え、一緒にって……冗談だよね?」


「冗談じゃないですよ。だって、側で私が守らなきゃいけないからです。怖がらなくても大丈夫ですよぉ」


「い、いや、そういう問題じゃないし、こう見えて僕は一応男なんだけど……」


「…………」


「シルル?」


「くー……」


(ありゃ……もう寝ちゃってる。そんなに疲れてたのか。よく考えたら、スピードアップのバフで走り回ったからね。あれは気付かないうちに滅茶苦茶体力を消耗するんだ)


 シェイドはシルルの体にそっと毛布をかけると、お互いの睡眠のクオリティにバフをかけて床に横たわるのだった。

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